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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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あれから日も明けず《《私用携帯電話》》に金沢中警察署から着信があった。折り返しその番号を押すと今度は久我と名乗る警察官で、穏やかな声色はこれまで接してきた竹村警部よりは幾らかマシだと思った。




12:50

金沢中警察署の来客用駐車場にリアウィンドに130とオレンジ色のシールを貼ったタクシーがバックで駐車した。ボディには北陸交通130とペイントされている車から降りたのは西村だ。事件後の西村は深夜勤務から降格、日勤ドライバーと同じ扱いで7:30から16:30の時間帯のみ営業することが許された。夜勤とは違って乗車する客は病院帰りの高齢者や百貨店からワンメーター程度の短距離ばかりで稼ぎも無ければ緊張感も無い。それでも度々警察署に呼び出される身でありながら自主退職も促されず、こうして働かせて貰えるだけ有難い。


大きなため息を吐いて見上げるベージュのタイル張りの四角い建物、その真正面には鈍く光る金色の旭日章。振り返れば赤色灯に白と黒のボディ、見るだけでも関わりたくない存在だ。




12:50

待ち合わせ場所の1階フロア受付には女性警察官が俺の到着を待っていた。何でも合同捜査本部での会議が長引いているとの事でその替わりに迎えに来たという。延長する会議、一体どんな話があの”合同捜査本部”で行われているのだろう。


実際、自分は太田を殺害しては居ない。

実際、朱音が太田を殺害したのか如何か定かでは無い。


それにも関わらず、心臓の音が西村の鼓膜にうるさい程に響く。



「こちらでお待ち下さい」




通されたのは前回と同じ捜査一課大部屋の片隅。グレースチールの机、2脚のパイプ椅子、そして「お前が殺ったんだろう」とでも言いたそうな目で見る強面の警察官たち。




(”合同捜査本部”と言っても警察官全員が参加する訳でも無いのか)




すると隣接する大会議室からガタガタと激しくパイプ椅子が動く音がして慌ただしく革靴が階段を駆け下りて行った。捜査一課の大部屋に飛び交う警察無線、それに混じり数名の警察官が出入りする気配。耳をそば立てて居ると廊下で激昂した声が周囲を一喝し、その気迫に西村の脈が跳ね上がった。




「何で確認出来ないんだ!他の防犯カメラはどうした!」

「それは、その。雨足が酷くて・・・不鮮明で」

「それをやるのがお前らの仕事だろう!出直して来い!クソが!」

「すみません!」

「もういい!」




コツコツと革靴の音を響かせ乍ら入室したその人物に対し、黒い世界に生きて居そうな面構えの警察官たちが敬語を使い会釈している。どんな強面がと身構えていると、現れたのは細身の長身、濃いグレーのスーツ、グレーのワイシャツ、黒いネクタイ、黒い革靴、オールバックの髪、笹の葉で切ったような目元、口元に笑みを称えた男性だった。




「お待たせしました。ご足労頂き有難うございます。久我、と申します」




一介の警察官の事情聴取かと気楽に階段を上った自分を悔いた。もしかしたら竹村警部よりも厄介な人物かもしれない。いや、大丈夫だ。乱暴な事情聴取をしない様にこの小部屋のドアを開けてあると竹村警部が話していた。大丈夫だ。すると久我という警察官はバインダーを左手に持ち脚を組んだ。




「お名前をお聞かせ願えますか?」

「西村裕人、です」

「ご住所を」




その瞬間、久我の表情が変わった。




「ご住所をお願いします」

「石川県金沢市西泉ダイアパレス金沢601号室です」

「お勤め先から近いんですね」

「はい」

「ドン・キホーテからも近いですね」

「は、はい」




西村は久我が何を言っているか意味が分からず戸惑っていたが、次の問いで頭の天辺を雷に打たれた様なショックを受け、膝がガクガクと震え出した。




「先日、私共、加賀市の山代温泉に行って来ました」




思わず視線が床に落ち、鼻腔がスゥと通る。




「西村さん。山代温泉にお知り合いの方、いらっしゃいますか?」

「え」

「いらっしゃいますよね」

「あ、その」

「牛丼 加茂店、ご存知ですよね。あの日も行かれた」

「あ、会えませんでした!」

「誰に?」




語るに堕ちるとはまさにこの事だった。西村は自分の軽すぎる口を後悔したが時すでに遅し、次に久我は一枚の紙をひらりとグレーの机の上に広げた。




「これは西村さんが運転するタクシーですか?」




そこに置かれたのは加茂交差点の牛丼屋の防犯カメラが捉えた画像をプリントアウトしたA3版のコピー用紙だった。タクシーのルーフには北陸交通の行灯、白いボディには北陸交通106とプリントされ、店舗アルミの窓枠、窓ガラスに貼られたポスターの隙間から自分の横顔が見て取れた。




「・・・・はい、お、私です」

「有難うございます、ではこの方はどなたでしょうか?」




次にテーブルの上に広げられたコピー用紙には、親しげに笑う自分の笑顔と、桜色した肩までのボブヘアー、青白い手足、華奢な身体を隠す赤いワンピースの後ろ姿、赤い靴。終わった、と思った。




「わ、分かりません」

「いつも送迎されるお客様ですか?」

「はい」

「名前はご存知ない」

「はい」




久我はテーブルの上で両肘を突いて顎を乗せ、西村の心の中を見透かすように口元に笑みを浮かべたまま、次はA4版のコピー用紙を取り出した。




「ご覧になられた事はありますか?」




西村の目の前に置かれたコピー用紙にはシワと泥に塗れた一枚の名刺。色褪せて《《あの時》》とは似ても似つかないが、初めて《《金魚》》を山代温泉まで配車で送迎した日に124号車の北のじーさんが見せびらかしたデリバリーヘルスの名刺だった。


デリバリーヘルス、ユーユーランド、《《金魚》》と印刷されている。


(これは北のじーさんが持って居た。それが何故、警察に?)


「同僚から見せて貰いました」

「いつ?」

「6月か、7月の初め頃」

「誰が持って居ましたか?」

「・・・・・・北のじーさん、124号車の北さんです」

「有難うございます」




名刺を食い入るように見る西村の様子からして、太田が山下朱音の名刺を持っていた事は知らなかった様だ。久我はもう一度、牛丼加茂店の防犯カメラ映像をプリントアウトした2枚のコピー用紙を机の上に並べた。




「もう1度お尋ねします、この方のお名前は?」

「《《金魚》》」

「もう一度」

「《《金魚》》さんです」

「そうですか、ご本名はご存知ありませんか?」

「無いです」

「分かりました。思い出したら教えて下さい」

「はい」




久我は机の上のコピー用紙を3枚重ねると両手で持ち、トントンと端を揃えて背後の刑事に手渡した。それと引き換えに見覚えのある緑色のA4版のクリアファイルを広げてS Dカードの記録情報を指差すと西村の目が釘付けになり顔色がサッと青白く変わった。




「御社のSDカードではここ半月分程度の情報しか残って居ませんでしたが、この日とこの日、あとこの日、あぁここも、西村さんがご出勤されている晩は必ず《《金魚》》さんを迎えに加賀市に向かっていらっしゃる」

「は、はい」

「その日、必ず106号車のSDカードが”なんとなく”抜かれる」

「は、はい」

「偶然ですか」

「お、覚えて居ません」

「そうですか、思い出したら教えて下さいね」

「はい」




久我は一呼吸おくと緑色のA4版のクリアファイルをパタンと閉じた。それと同時に小部屋のドアの陰から竹村が顔を出し、ノートパソコンを久我に手渡した。起動音が響きパソコンのマウスをカチ、カチカチと鳴らしひとつの動画ファイルを開いて西村に向けた。




「これは106号車の車載カメラが”川北大橋”上で録画したものです」

「え?」




ドアを視界を遮る様に立ったままの竹村が緑色のファイルを机から取り上げるとGPS配車の記録のページを西村の目の前に突き付けた。




「西村さん、あんたここでSDカード入れただろう」

「あ」

「本社配車室に106号車の場所を知らせる為に西村さん、あなたは106号車にSDカードを挿入されましたか?」

「は」

「入れただろう」

「は、はい」




そうだ。運行管理者の山田に112号車の位置を確認させようと連絡したが112号車のSDカードが既に抜き去られて居て会社のGPSに反応しなかった。それで、それで自分の106号車のSDカードを106号車に《《差し込んだ》》。捜査一課の小部屋、グレーの机の上ではあの暴風雨の夜、106号車の車載カメラが捉え、SDカードに記録した場面が繰り広げられた。




「・・・あ、それ、は」




106号車のヘッドライトに白く浮かび上がる西村は、叩き付ける雨の中を携帯電話片手に右往左往している。音声は暴風で遮られ聞き取れない。次の瞬間、動作が止まり視線は水煙が上がる足元を注視している様にも見える。何かを恐る恐る拾い上げるとそれを手に、画面からフレームアウトした。




「西村さん、これは何をなさって居るんですか?」

「え」

「西村、何を拾った?これを何処にやった?」

「あ」

「何を拾った!」




竹村が声を荒げたがその場にいる誰もそれを止めなかった。これまで微笑んでいた様な久我の切れ長の目が薄っすらと開くと黒い三白眼が西村の目を見据えて口を開いた。




「西村さん、犯人隠避罪、ご存知ですか?」

「え」

「西村、犯人に心当たりがあるなら早いとこ思い出してくれや」

「犯人・・・隠避、罪」

「そうです、次回までに必ず思い出して下さいね」

「家族を泣かすんじゃねぇぞ」

「今日はお帰りになられても結構です」

「は、は・・はい」



久我は胸元のポケットから黒い牛革の名刺入れを取り出すとその中の1枚の裏にボールペンで数字を並べた。



「何か思い出したら、私の携帯電話番号です」

「あ、はい」

「ご苦労様でした」





その時、巡回中のパトカーから緊急無線が入った。

金魚のため息 欲望と偏愛の果てに

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