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「いいですね」
谷原が久次の絵を覗き込んできた。
「ちゃんと、ボトルだけじゃなくてラベルにも陰が入っている」
「ええ」
久次は谷原を見上げた。
「先生がデッサンの際におっしゃった、『陰は万物において平等である』という言葉を心掛けたんです」
久次は笑った。
「どんなに美しい物にも、平等に陰はできますもんね」
谷原は頷きながら顔を寄せてきた。
「じゃあ久次先生?あなたを国語の先生だと見込んでお聞きしますけど」
言いながら自分のスケッチブックの端にユニ鉛筆で漢字を書く。
「違いがわかりますか?」
久次はその文字を覗き込んだ。
「『陰』と……『影』ですか?」
「そう」
谷原が目を細める。
「ええと。影は下にできるもの……?で陰はモノにできるもの……?」
自分が発した解答の酷さに久次は頭を掻きながら笑った。
「……国語教師失格ですね」
「いえいえ。大体当たってますよ。さすがです」
谷原は笑いながら、さらさらとそこにペットボトルのコーラを描いた。
「光が遮られることで現れるのが『影』」
谷原がペットボトル脇に浮き上がった黒いペットボトルを指さす。
「光が当たらずに見えなくなったところが『陰』」
そしてペットボトルの陰を指さしながら谷原が微笑む。
「現れるのが影。見えなくなるのが陰……ってことですか?」
「そうです」
谷原はこちらを見つめた。
「でもどちらも光によって発生するというのは同じです」
「あ、そうですね」
久次の頬に谷原の指が触れる。
「光が強ければ強いほど、影も陰も黒く濃くなります」
「……はい」
「光はときに、残酷ですよね」
「…………」
言われている意味が分からず、久次は軽く首を傾げた。谷原はふっと笑い、また水彩紙に視線を戻した。
「陰はすごくいい感じに描けているので、それではいよいよ色を乗せていきましょう。ベースにする色はもう決まりましたか?」
「……はい」
久次も自分が描いたワインボトルに目を移し、小さく頷いた。
◇◇◇◇
時刻は8時半。
一緒にイーゼルを並べていた他の生徒たちはもうとっくに帰っていた。
「お待たせしました!出来上がりました!」
久次は額の汗を拭いながら、教室の後かたずけをしていた谷原を振り返った。
「おお、これは……」
描き上がったワインボトルを見て、谷原は微笑んだ。
「すごい。空が映りこんでる」
ワインボトルに自由に描いた青空を指でなぞりつつ、久次はきまり悪そうに笑った。
「すみません。最後だと思って、自由に遊んでしまいました」
「いや、いいんじゃないですか」
谷原が笑いながら久次の手を避ける。
「まあ空のパースは取れてないですけど」
「ですよね」
「でもまあ……」
谷原は水彩紙を視線まで上げた。
「まっすぐな久次先生らしくていいと思います」
「ありがとうございます」
谷原はパネルから水彩紙を丁寧に外すと、傍らに準備していた額縁に入れてくれた。
「こんな本格的な額に……」
久次が目を丸くすると、
「私からのささやかなプレゼントです」
谷原は柔和な顔で微笑んだ。
「……卒業おめでとう。久次先生」
久次はそれを両手でもらうと、しんと静まり返った油の匂いがするアトリエの中で、深く頭を下げた。
◇◇◇◇
「美術部の方は大丈夫そう?」
久次を玄関まで見送りながら谷原が聞いてきた。
「それが……休み明けから臨時講師を大学の方から呼ぶらしくて、私は体よくお払い箱です」
久次は自嘲気味に笑った。
「結局、夏休み中の冷房管理と、画材準備と、休憩の飲み物くらいしか役に立てませんでした」
言うと、
「そんなことはないでしょう」
谷原は微笑んだ。
「美術のことをわかっている人がする準備と、何も知らない人がする準備は違う。生徒たちはきっとわかってくれていたと思いますよ」
「……ふふ。そうですね」
久次は、家で作ってきたというクッキーを自分にも1枚くれた、海老沢の素っ気ない顔を思い出し、軽く吹き出した。
ふと目を逸らした先に、A4用紙が雑に貼り付けられていた。
「【 8月20日 デッサン会】……?」
「あ、ええ」
谷原がスーッと息を吸った。
「人物デッサンですか?」
「えっと、ええ、まあ、そうです。モデルを雇って」
急にどもりだした谷原の声に違和感を覚える。
『谷原先生の絵画教室で、俺、人物デッサンのモデルやったりするんだけど』
いつか聞いた瑞野の声が蘇る。
『たまにああいうのに誘われてさー。暇だったから、遊んだだけ』
「もしかして……」
久次は谷原に向き直った。
「瑞野漣がモデルではないですよね?」
言うと谷原はまた息を吸った。
「漣君?ですか?」
そして笑いながら吐いた。
「彼も曲りなりとも受験生ですからね。お願いしたりしませんよ。お母さんに怒られてしまう」
「………」
黙った久次に、
「あ、“曲りなりとも”は失礼だったかな」
谷原は笑った。
先ほど覚えた違和感はそこにはなかった。
(……気のせいか?)
久次はもう一度丁寧に谷原に礼を言うと、アトリエを後にした。
◆◆◆◆◆
トントン。
扉が叩かれた。
「……やっと帰ったよ。君の先生」
谷原の低い声が聞こえる。
「………だとさ」
後ろから豚2号が耳に舌を這わせながら、浅い挿送を繰り返す。
「ふ……う……」
漣は台についた自分の白い両手を睨みながら、苦しさに首を左右に振った。
「……あらあら。こんなに濡れちゃって。女の子みたいだな?」
男が、先端から透明な液体が滴っている漣のソレを掴んだ。
「声を我慢しながら、浅ーいところをゆーっくり出し入れされ続けるのは、拷問だよな?」
もう一つの手を伸ばし、弄られすぎて赤く腫れた胸の突起を、中指で擦りながら男は笑った。
「……イかせてほしい?」
言いながら突起をつねり、熱く硬くなったソレを優しく扱く。
「あッ……!ん……」
「言えよ。イカせてくださいって」
「………ぅああッ……」
「言えって。限界だろ?」
「……………」
漣はキッと男を睨むと、小さな声で言った。
一気に奥まで貫通されて、漣は悲鳴を上げた。
細い腰を両手で掴まれ、男が激しく体を打ち付けてくる。
漣の悲鳴が倉庫からはみ出して、アトリエに反響しているのがわかる。
「俺、お前の、声、好き、なんだよ……!!」
男が腰を動かしたまま言う。
「もっと聞かせろ……!」
男の脂肪で膨れた手が、漣の今にも暴発してしまいそうなソレを握る。
……お前に……。
「イクか?イクとき、ちゃんとそう言えよ?」
……お前らなんかに…………。
「ほら!イけ!イけ!!ほら!!」
……お前らなんかに、聞かせるための声じゃないのに………。
漣は溜まりに溜まった白濁液を、作業台の上に吐き出した。
同時にドクドクと腸に熱い液体が流れ込んでくるのがわかる。
痛む喉で荒い呼吸を繰り返したら、握った自分の拳が、滲んだ涙でぼやけて見えた。