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『仲良し大作戦』という名前の元、俺とアヤちゃんは色んな事をした。
一緒に夏休みの宿題を消化したり、レンジさんによるモンスターの授業を受けたり、あとはなぜか合宿場に置いてあったボードゲームもした。
ちなみにレンジさんの授業を受けて分かったことだが、父親が受け持っている祓魔師見習いは男ばっかりだったのに対して、レンジさんのところは女の子が多かった。
祓魔師は男尊女卑だから女の子の祓魔師見習いは少ないと思っていたのだが、どうやら最近はそうでもないらしい。まぁ祓魔師なんて万年人手不足だから、今まで男だけで回そうとしていたのが無茶とも言える。
というわけで、俺は夜までアヤちゃんと一緒に色んな体験をした。
それが思い出になるように、色々と。
そんなアヤちゃんがお風呂に行ったタイミングで、俺と父親。そしてレンジさんと白雪先生の4人は会議室に集まっていた。
「つまり、アヤの中に……その『氷雪公女』がいるって?」
「うん。そのモンスターが言ってたの」
中々レンジさんに話を通すタイミングが無く、俺はそこで初めてレンジさんにアヤちゃんの状況を打ち明けた。
アヤちゃんの話を聞いたレンジさんは『信じられない』といった様子の表情を浮かべていたが、数回ほど指で机を叩いて深く息を吐き出した。
「でも、『氷雪公女』はアヤを乗っ取っていないんだろ?」
その視線の先にいるのは白雪先生。
見た目は大学生っぽいレンジさんだが、縦傷のせいで顔がそれなりにいかつい。
そんなレンジさんに真正面から見据えられた白雪先生は、慌てたように首を縦に振った。
「は、はい。私とイツキくんが『共鳴』したときに、乗っ取っているような気配は見られませんでした。ただ……」
「ただ?」
「心の中で、“魔”に捕らえられていたのは見てます。そこから助け出さないと、アヤさんが魔法を使えるようにはならないと」
白雪先生の言葉を最後まで聞いたレンジさんは、「つまり」と切り出した。
「その自称『第六階位』を相手にしながら、心の中にいるアヤを助け出せば……魔法が使えるようになるってことで良いのかな」
良いのかな、と言葉尻は優しいが、普段のレンジさんを知っている俺には分かる。
声色から相当の焦りがにじみ出ているのが。
「はい。そうなります」
「……なるほど。で、宗一郎。『月島』にはもう連絡を取っているんだろう? 『氷雪公女』の情報はどうだった?」
レンジさんの視線が父親に向くと、父親は印刷したばかりの紙の資料を3枚。机の上に流した。
「とりあえず、拾えたのはここまでだ」
そういって回ってきた資料を俺も受け取って目を通す。
そこには1枚の写真が白黒で印刷されていて、
『文化2年 陸奥ニテ雪女ヲ封ズル』
たった1行。
おそらくは墨で書かれたと思われる古臭い文字で、そう書かれていた。
その行の隣には、恐らく封印したと思われる祓魔師の名前が書かれていたが、こっちは崩れすぎて読めない。
「……何も分かってないってことか?」
「レンジ。お前も分かってると思うが、戦前の“魔”に関する情報は消失してるものもある。『月島』だって万能じゃない」
そんなやり取りをしている2人を差し置いて、俺はとても気になることがある。
文化2年って、いつ?
陸奥ってどこやねん。
てか、読み方はなんて読むんだ。リクオウ?
多分、元号からして江戸時代くらいだというのは分かるんだが、だとしても具体的に何年かなんて分からない。西暦で言ってほしい。あと場所も場所だ。陸奥なんて聞いたことがないが。
俺が資料を前にして頭の中を『?』で埋めていると、隣に座っている白雪先生が優しく教えてくれた。
「イツキくん。文化2年というのは西暦で1805年。陸奥むつというのは、今の青森県のことです。当時の祓魔師が記してるものですし、か、書き方も古いから読めないですよね」
……はぇ、これで陸奥むつって読むのか。
ちょっと賢くなったぞ。
白雪先生のおかげで少しは疑問も解決したが、それでも最後の疑問は残っている。
「ねぇ、パパ。これ雪女って書いてあるよ? 『氷雪公女』って書いてないよ?」
「あぁ。イツキの言う通りだ。『氷雪公女』という“魔”は存・在・し・な・い・」
あぇ?
「だから、聞いた話とレンジが一ヶ月前に向かった任務先と照会して突き止めたのが、その文章だ」
なるほど。
どうやら祓魔師の情報はデータ化されてないみたいだ。
だとしたら抜け漏れがある可能性は十分にあるとしても、『氷雪公女』は第六階位じゃない……?
そう思った俺の考えを否定するように、父親は続けた。
「だが、200年も封じられていた“魔”だ。封ずるというのは祓えなかった、あるいは祓える力を持った人間がいなかったということになる。それだけ強力だと思った方が良い」
……うーん。
ちょっと期待させておいて、谷に突き落としてくるのはやめてほしい。
俺がなんとも言えない顔で資料を見ていると、レンジさんが口を開いた。
「宗一郎。アヤに取り憑いているのは、この雪女じゃないかもしれないだろう?」
「いや。その可能性は限りなく低い。近場の祓魔師に確認してもらったが、実際に『封印』は壊れていた。だが、そこから抜け出した“魔”が確認、討伐されたという報告はまだ上がっていない。だから、ここで封じられていた“魔”が取り憑いたと見るべきだ」
「……くそ」
レンジさんは小さく、消え入りそうな声で吐き出す。
そこまで、レンジさんが感情を見せるのは初めてで……俺は少し驚いた。
そんなレンジさんを諭さとすように、白雪先生は口を開いた。
「現状、やれることはそう多くありません。時が来るのを待ち、アヤさんを救い出す。それだけです」
「……あぁ、分かっているよ」
レンジさんは深く息を吐き出す。
そんなレンジさんに、俺は続けた。
「大丈夫だよ、レンジさん。僕が絶対にアヤちゃんを助け出すから」
「……イツキくん」
そういって、俺は笑顔を浮かべる。
浮かべて見せる。
自分で言っていて何を馬鹿なことを言っているんだろうと思う。
『雷公童子』の時は向こうが俺を喰うために殺す気で来なかっただけだ。
もし、雷公童子が本気で俺を殺す気でいたら……あの時の俺が、勝てていたかどうか怪しい。
だから、もし『氷雪公女』が本当に第六階位だったらと考えてしまう。
俺の予想通り向こうが『第六階位』で、本気で俺を殺そうとしていて、真正面からぶつかったとして。ひょっとしたら、俺は殺されてしまうかもしれなくて。
そんな疑念が鎌首をもたげる。
けれど、だとしても俺がやらなければいけない。
何のために『共鳴』を学びに来たのか。
それはヒナを、誰かを守るためだった。
今まさにそのタイミングが目の前にやってきている。
……逃げるなんて、ありえない。
「だから、レンジさん。本当に氷雪公女が第六階位だとしても……僕が、祓うよ」
俺は誰よりも自分にそう言い聞かせた。