放課後、翔にメールを送った。バスケ部の皆でメールのグループを作っておいてよかった。
【今日、2年の教室に来れますか?】
何故か敬語になってしまう。普段告白となると、その場で返事を返していたため、呼び出しだと緊張してしまう。自分の教室に居ながら、返信が帰ってくるのを待つ。
(来るまで、少し読書でもしていよう。)
5分後、早いことにすぐ返ってきた。
【行けます。】
良かった。来なくて家に居たら、またモヤモヤとしてしまうところだった。
【ホント?じゃあ、2年A組に来て。 】
A組とは、自分の教室だ。来させるのは悪いが、自分から行くのは何だか気が引ける。そもそも返事をしてあげる側なのだ。仕方がない。
【10分待っててください。】
少し待つなと思ったら、
【やっぱ7分で着きます。】
と来た。思わず笑ってしまった。
(それにしても、7分間どうしよう。読書は飽きたし…。)
紗奈の目には黒板が映る。掃除の当番がしっかり綺麗にしなかったのだろう。チョークで白く汚れている。紗奈は席を立ち、黒板の前に立った。
(誰もいないし…良いや。)
チョークは小さく音を立てて文字を描いていく。
カッカッカッ
〝吾輩は猫である〟
自分の好きな本だ。何も書くことがなくて、ただ心に思いついたものを書いただけである。何となく、この心の虚無感が好きなのだ。考えることもないような。
階段を駆け上がる音がする。一応先生かと疑い、直ぐに黒板を綺麗にする。結構大きく書いてしまった。背伸びをして消していると、息切れをした翔がいた。
「…せ、せん、ぱい…。」
「もしかして…走ってきたの?そんな急がなくても良かったのにっ。」
紗奈は手をはたきながら近寄る。7分で着くと言ったのに、それよりも全然早い。まだ学校に居たのだろうか。
翔は教室のドアに手を付き、
「直ぐに…返事を…貰いたくて…。」
と短く息を吸いながら喋る。なんだかとても申し訳なくなってきた。
「…もう、言っても良いですよ…。」
言葉が重く聞こえ、少し躊躇う。わざわざ走ってまで駆けつけて貰ったのだ。目を泳がせてから、また翔に目をやった。センター分けはよく似合っているということしか頭に入ってこない。
「えっと…その…。返事なんだけど…。」
もごもご喋っていると、傾向が完全に断る流れになっている。それを察したのか、翔の顔はみるみる曇っていく。
「ご、ごめんなさいっ!その…お付き合いは…出来ません…。」
指を絡めて、目線を下にやる。顔は見れない。少しして、沈黙に耐えられなくなりそうになると、翔は言った。
「そうですか。」
その言葉に、案外さっぱりした返事でほっとして、翔の顔を見た。すると、少し顔を赤くして、落ち着こうと鼻で息を吸っている翔が見えた。
(あっ…。傷つかせたな…。)
直ぐにそう思った。途端にして胸が痛む。ズッと鼻をすすってから、翔は何も言わず、そのまま踵を返して廊下の方へ歩き出してしまった。
(これで良かったんだ。きっと…。)
言う前よりも俄然、心の中にあるモヤモヤは大きくなっていた。
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