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◇◇◇◇◇
「うっわ。暑!!」
衣服を整えドアを開けると、隆之介は笑いながら手で顔を仰ぐふりをした。
「エアコン壊れてるなら、夏期講習でいない間、俺の部屋を使ってくれてても良かったのに」
言いながら盆にのせた氷の入っている麦茶を机に置こうとして、散らばったプリントを見下ろす。
「あらあら。いっぱい落ちてますよー」
言いながらそれを拾い、
「うわ。難しそ!」
笑いながら揃えて机に置いた。
「―――お、弟?」
右京が蜂谷と隆之介を見比べながらい言う。
「………ああ」
しょうがなく答えると、隆之介は視線を右京に向けて、ペコンと頭を下げた。
「弟の隆之介です。兄がいつもお世話になってます!」
隆之介はあろうことか右手を差し出し、愛想のいい顔でニコニコと微笑んだ。
「あ、ああ。右京です。よろしく」
右京がおずおずと右手を出すと、隆之介は大げさなほどに上下に振った。
「…………っ!」
慌てて右京が手を引っ込める。
「――――?」
その不自然な反応に蜂谷も振り返る。
右京は驚いたように自分の右手を見ている。
いや。手ではない。
彼が見つめているのは―――。
「あはは。すみません、急に握手なんて」
隆之介は悪びれもせずに言った。
「右京さん、僕も受験生なので、もしわからないところがあったら、今度は僕にも教えてくださいね!」
「あ、ああ…。俺でよければ」
右京が頷く。
―――“僕“だあ?
蜂谷が睨むが、隆之介は目を合わせようともせずに右京に一礼すると、軽い足取りで部屋を出て行った。
振り返ると、右京はまだ左手で隠すように握った右手を見下ろしていた。
「お前、どうかしたのか?」
「ああっと!!もうこんな時間だ……!」
右京はおもむろに時計を見上げると、リュックを背負った。
「今日はここまで!じゃあな、蜂谷……!」
「あ、おい。待てよ」
「あ、明日なんだけど。ちょっと俺、来れないかもしれない…!」
「―――は?」
「……明後日な!それまで涼しい部屋の確保、頼むぞ!じゃ!」
「うきょ………」
彼は右開きのドアを無理やり左手で開けると、部屋を飛び出していった。
「―――なんだ、あいつ」
蜂谷は、いつの間にかアブラゼミも加わりオーケストラとなった蝉の大合奏を聴きながら、30度を超す部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
◆◆◆◆◆
隆之介は自分の部屋に入ると、ドアを閉めるまで堪えてから、一気に吹き出した。
「ウケる!何あれ。ボーイズラブってやつ?」
笑いながら目尻の涙を拭く。
「ほんっと笑わせてくれるよ、兄さんは……」
言いながら携帯電話を見つめる。
「……右京さん、ね」
画面の中で蜂谷にしがみ付きながら唇を合わせている小さな顔を眺める。
「どうやって遊んでもらおっかな?」
隆之介は画像を挟むように指で触ると、ぐっと広げて右京の顔を拡大し、ふふっと笑った。