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「そろそろ始めるよー」
史記の声がリハーサル室に響くと、10人のメンバーがそれぞれ準備を始めた。今日は新曲の振り付け確認と、ユニットの動き合わせの日だった。ユニットの動きでは森兄弟がメインになるため自然と二人に視線が集まる。
リハーサルが始まると、スタジオの空気を一変させる。その光景に、他のメンバーはしばし見とれていた。
「やっぱ2人強いなぁ。」
せいやがぽつりと呟く。
「聖哉、口空いてたぞ」
勇馬の指摘にみんなが笑い声を上げた。
だが、その中で兄は微かに眉をひそめた。愁斗の指が一瞬、振り付けを続ける途中で止まったのを見逃さなかったのだ。
__
「休憩!」
史記がそう声をかけると、メンバーたちはそれぞれ水分補給やストレッチに移った。兄はそのタイミングを見計らい、愁斗に近づいた。
「なあ、しゅーと」
「……何?」
愁斗は視線を兄から外し、汗で濡れた髪にタオルを被せながら答える。
「手、見せろよ」
不意を突かれた愁斗は、一瞬躊躇したが、兄の真剣な目を見て観念したように左手を差し出した。指先には小さな傷ができており、赤く腫れた部分がわずかに血を滲ませていた。
「これ……いつ?」
「さっきだよ。振り付けの途中で……ちょっと引っかけただけ」
愁斗は平然を装って答えるが、実の兄の目がそれを見逃すわけがない。
「平気そうな顔して。これ、痛いだろ。」
「痛くないよ。大したことないって言ってるだろ。」
愁斗が気まずそうにそっぽを向くと、兄は僅かに眉を上げた。
「お前がそう言うときは大体嘘なんだよなー」
「嘘じゃないってば、」
その瞬間、言い返そうとした弟の手を取り、ぐっと自分の方に引き寄せた。
「今から手当てするから、ちゃんと座れ」
「ひで、そんなのいらないって——」
「黙れ。お兄ちゃんの言うことを聞け。」
兄の声は普段の陽気な調子ではなく、穏やかだが強い圧があった。その真剣さに、愁斗は反論する言葉を失い、その場に座り込んだ。
スタジオを出て廊下のベンチに2人で腰を下ろす。兄は備品室から持ってきた救急キットで、傷口を丁寧に消毒し始めた。その動きは驚くほど慣れた手つきで、愁斗はそれをただじっと見つめていた。
「……ほんと、こんなのどうって事ないのに」
拗ねるように呟いたしゅーとの言葉に、兄はふっと微笑みを浮かべる。
「俺が嫌なんだって」
その声は酷く穏やかで温かかった。
__
兄の世話焼きは、弟やメンバーたちの面倒を見たがる性分のせいだった。
「…ごめん」
そう申し訳なさそうに呟く弟に、兄は胸を締め付ける。
流石の器用さで、手際よく消毒を終え、包帯を巻いた。
___ふいに指先に軽く唇を当てたのは、ほとんど無意識だった。
「……ひで?」
しゅーとの声が少し震えた。だが、兄は顔を上げることなく、もう一度唇を指に触れさせた。その動きはゆっくりで、まるで愁斗を壊さないように慎重だった。
「……まだ痛い?」
低く囁くような声に、愁斗は答えられなかった。包帯越しに触れるひでの唇の感触がやけに鮮明で、胸の奥をざわつかせる。
「しゅーとさ、お前、いつも頑張りすぎだよ」
そう言いながら、兄は唇をそっと愁斗の腕に滑らせた。包帯を巻いた指先から続く手の甲へ、手首へ、腕へ、さらりとした皮膚の感触を感じ取りながら、唇を押し当てていく。
「ひで……なんで……」
愁斗の声は震えていたが、それを遮るように兄は腕から肩へと唇を移動させた。薄暗い廊下で、二人の距離は次第に近づいていく。
「大事だから」
それだけを囁いて、兄は愁斗の肩に軽く口づける。そして、唇をゆっくり首筋へと滑らせた。
愁斗は動けなかった。身体が熱を帯び、息が浅くなる。触れるたびに湧き上がるこの感覚が何なのか分からない。
ただ、兄の唇が触れるたび、脳が少しずつ溶かされていくようだった。
「ひで……俺……」
愁斗がようやく口を開くと、兄はふっと顔を上げて目を覗き込んだ。その瞳は暗い光の中でも鮮やかで、逃げ場を失わせるほど強く真っ直ぐ見つめてくる。
「しゅーとはもっと甘えてもいいんだよ」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。同時に、どこか罪悪感にも似た感情が押し寄せてくる。
「……ずるいよ、ひで」
涙ぐみそうな声でしゅーとがそう呟くと、兄は困ったように笑って愁斗の頭を撫でた。
「ずるいのはお前だよ。そんな可愛い顔して、俺を困らせるんだから」
____
二人の間に漂う空気は、もうただの「仲良し兄弟」のものでは無かった。ただ、薄暗い廊下で二人だけの時間が静かに流れていった。