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深夜。虫の鈴音が山中で鳴り響き、街は消えない光で輝き続ける。曇り気味だった空は晴れ、空に煌めく星々が肉眼で良く見える。
影に潜む生物は夜に歓喜し、活動を始める。
そんな中、湿る道路をただ只管に走り続ける男が一人。荒い呼吸で視界が霞む様な思いをしながら、今にも使い物にならなくなりそうな脚を全力で動かす。
その男は片腕を失った、命の恩人である少女を背負いながらお目当ての目的地を目指す。
場は『第六次聖杯戦争』の監督役である人物。既に消滅したと思われていた、魔術御三家の一柱。
「――― お前が、そう……なんだな?」
「――― えぇ、私がこの『第六次聖杯戦争』の監督役を務める。”エルライフィルアル・フォン・アインツベルン”よ」
彼女が拠点としている、神聖なる教会へ。
「さてと、この娘の処置が終わったわ。命に別状は無し、腕以外は無傷よ。………腕の亀裂を確実に消す事は不可能だけれど、生活に支障をきたす事が無い程度の大きさまでなら抑えられた」
「………っ本当か!?」
「えぇ、後は安静にするだけ。この娘は私が責任をもって預かるわ、何せ此処が一番――― 安全ですもの」
さほど広くもない、こじんまりとした教会の室内で眠るユリを眺めながら、俺はアインツベルンの者と会話を続けていた。
あまりにも分かりやすく不安な顔をしていた俺を見た彼女は、ユリから離れて、近場の机の引き出しを漁り始める。
「貴方の名前は”細柳 司朗”、で合ってますよね?此方の資料は少し遅れた情報しか無くてですね、誰が誰を召喚したのかがあまり把握出来てない……という感じなのです」
「そして病院ではなく、この教会にこの娘を連れてきた貴方は魔術師で間違いありませんね?」
「………あぁ全て合ってる。名前も、俺が魔術師なのも」
それを聞いた彼女は少し黙った後に、引き出しから取り出した紙に何かを書いて行く。内容は恐らく『第六次聖杯戦争』で間違いないだろう。
「………”セイバー”のマスター。貴方は『第五次聖杯戦争』の事について何か知っていますか?あの時に起きた出来事”全て”を 」
「………?…あぁ、一応知ってはいる」
何か嫌な雰囲気が室内に立ち込める。ここで俺が元時計塔と関わりがあった人物と明かせば、大問題に発展しそうなので、黙っておくことにしよう。
「あれだろ……?七人の魔術師と七騎の英霊が集まって聖杯の争奪戦をした結果、最後の最期で”セイバー”の宝具で聖杯は孔ごと破壊された」
「で、合ってるか?」
「…………些か、省略し過ぎな気もしますがその通りです」
「”セイバー”の宝具『約束された勝利の剣』で確かに聖杯は破壊されました。しかし 此度の『第六次聖杯戦争』は破壊されたはずの大聖杯が23年の時を経て再び顕現、今に至ると言う訳です」
「しかし、間違っている箇所が一点だけ。貴方は『七人の魔術師と七騎の英霊』と言いましたが――― 正しくは『七人の魔術師と八騎の英霊』です」
「――― は」
「八騎目の英霊、それは今までの聖杯戦争で一度だけ召喚された『この世の全ての悪』と同じクラス」
「――― ま、待ってくれ。少しだけ考える時間を 」
「『第三次聖杯戦争』にて、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンとその同家がルール外のクラスである『彼』を呼び出した」
「――― こいつ、全然話聞かねえ」
「そのクラスの名は『復讐者』。規格外のクラスであり、ルール違反の賜物」
「――― その『復讐者』が『第五次聖杯戦争』で召喚されたと言いたいのか?………有り得ない、それに時計塔内部の情報と全く違う」
「………貴方、時計塔から派遣された魔術師でしたのね?」
不味い、突然の情報に混乱してつい口を滑らせてしまった。彼女の表情が一瞬にして強ばるのが分かる。
「――― 元だ、既に時計塔との繋がりはもう無い」
「………そんなに身構えないで下さい。別に時計塔の人間だからと言って、この場で始末する訳ではありません。それに、貴方は”セイバー”のマスター、聖杯戦争の参加者を導くのが私の役割です」
「話が逸れましたね。それで『時計塔内部と全く違う』と言っていましたが、詳しく教えて頂いても?」
「――― あぁ、まず『復讐者』の情報が一切知れ渡っていなかったのと……聖杯は二人の魔術師によって、既に解体済みな筈だ。大聖杯がこの場に顕現するのは、明らかなる異常で間違いない」
「――― 貴方、空間の亀裂の向こう側で何かを視ましたか」
「………此処と全く同じ景色、冬木の街を」
再び、彼女の表情が強ばる。と言うより、凄く睨んでいるような気がする。選択肢を間違えたかもしれない。
「理の円環から外れた、魔術師。……そうですか、そうなのですね。貴方が”セイバー”のマスターなのも頷けます」
なんだ、何も起きてないはずなのに全身の鳥肌が逆立つ。
彼女の視線がユリへと移動する。たったそれだけの行動、一度だけの動作なのに。嫌な雰囲気が更に―――
「理から外れた魔術師、”セイバー”のマスター。貴方は此度の聖杯戦争で最も脅威となり、イレギュラーな存在。聖杯戦争の公平を保つ為に
――― ここで、確実に殺します」
「――― ッ”セイバー”!!」
「――― “バーサーカー”!!」
互いに互いのサーヴァンの名を叫ぶ。
それがこの場で最も正しい選択であり、最も間違った選択でもあった。
俺はポケットに仕舞っていたボールペンを取り出し、アインツベルンに向かって勢い良く投げる。勿論、直ぐに弾かれてしまったが少しだけ隙が出来た。
狭い部屋にある唯一の出口、部屋の扉ではなく、大人がギリギリ潜り抜けれるサイズの窓。硝子を豪快に割り、俺はその場から完全に離脱する。
破片が、抱えたユリに刺さらないように。そして俺は 破片が腕と顔を掠めて、血が溢れる。
着地した地面はまだ泥に近い形状をしており、今すぐ走り出そうにも上手く足を動かせない。
直ぐ真後ろ、遥かに身長と体格に差がある人物が背中を捉える。それは紛れもない事実、どう足掻いても変えられない結末。
この瞬間で一番の火力と機動力を持つ、狂気の英霊。その一刀が振り下ろされる。
「――― 誅罰、執行」
それは正真正銘、聖杯戦争の監督役であるエルライフィルアル・フォン・アインツベルンが召喚した”バーサーカー”のサーヴァントである。
――― “バーサーカー”のサーヴァント。
パッと見で170cm超えの長身に、紫を多く含む戦装束。戦士とは思えない程の純白な肌に、華麗な整った顔立ち。そしてお淑やかで落ち着きのある女性………、なら良かったのだが。
やはりクラス別能力”狂化”がそれを大きに邪魔をする。………否、それが”バーサーカー”のあるべき姿なのだろう。
教会の屋根から、和服姿の女が舞い降りる。 あの時、地下で見た甲冑は身に纏っていない。明らかなる軽装。
だが、甲冑を着ていない事により、セイバーの移動速度が上昇。ほんの少しだけだが、その差が一瞬の勝敗を分ける。
「――― マスター!!」
セイバーの拳が、刀を振り下ろそうとしている”バーサーカー”の腕に直撃、その衝撃で”バーサーカー”の振り下ろした巨大な刀が俺の真横で地面を割った。
「マスター、ご無事ですか」
「………あ、あぁ。俺は問題ない」
もしセイバーの手助けが無ければ、頭ごと全身が真っ二つにされていただろう。
「――― この刀にその甲冑。本来なら私が居るべき座に留まった英霊、”セイバー”で間違いありませんね」
「どの時代の英霊か分かりませんが……ここで殺してしまえば問題なしです」
その言葉を聞くだけで、身体の震えが止まらない。俺は今までに時計塔内で様々な修羅場を乗り越えてきたが、―――比べ物にならない程の恐怖が俺を襲う。
「……”セイバー”、ユリは既に回収済みだ。何が何だか良く分からないけど、一度この場から離れるぞ」
「――― 御意に」
ユリを抱えたまま戦うことは不可能。
ましてやその相手がただの魔術師では無く、御三家のアインツベルンなのだ。ここで戦うよりは一度退くのが正しい選択。―――だと良いのだが。
「逃がしません」
声より先に、”バーサーカー”の刀がセイバーの髪を掠める。素早さは上とは言え、”バーサーカー”の一撃を喰らえば元も子もない。
早急に”バーサーカー”と距離を取らなければならないのだが。
「――― っ!!」
圧倒的な力の差で、セイバーが押されている。
“バーサーカー”の攻撃を全て手刀で流していたセイバーだったが、刀の威力に腕が耐えきれずに、至る箇所から鮮血が吹き出していた。
――― 逃げる為の方法なら一つだけある。だがそれを使えば、この『第六次聖杯戦争』は負けも同然。
その方法は、宝具にて、この場を一掃する。
負ける事が何だ、ここで死ぬよりは余っ程マシな未来だ。だったら今、俺に出来る最善を―――
「………不要です、マスター!!」
セイバーの声に驚いて前を向いた時、手刀で戦っていたセイバーの手には、いつの間にか刀が握られていた。
“バーサーカー”の強力な一撃を、二本の刀で完全に防ぎ、次の攻撃に移す。
“バーサーカー”の身体全体を切り刻む様に二本の刀が躍動する。しかし、そこで舞い散るのは真っ赤な液体ではなく、刀と刀がぶつかった時の火花だった。
“バーサーカー”はセイバーの動きを全て読み、対応して見せたのだ。
「………なんと言う身のこなし、これが”バーサーカー”!!」
セイバーの口から苦痛の声が漏れる。
しかしその声が誰かの耳に届くより先に、刀が火花を散らし合う。
縦に振った攻撃を寸前で避け、踏み込んだ衝撃と同時に二本の刀身が脚と胴を狙って動き出す。しかし、その攻撃は”バーサーカー”が素手で受け止めた挙句、刀を二本とも粉砕してしまった。
これは相当な戦力減少による、決着。やはり、ここは宝具を使うしか道は残されていないのか……。
“バーサーカー”と刀とセイバーの手刀が同時に振られる。戦力差は一目瞭然。 なら、全魔力を注いでセイバーを強化するしか ―――
「「………っ!?」」
ピタリと、”セイバー”と”バーサーカー”の動きが一瞬にして静止し、二人の視線が森の木々に刺さる。 俺とアインツベルンは二人の見ている方向を確認するが、………何も見えない。
見えるのはただ風に靡く木の葉と、赤く燃え盛る炎の様に真っ赤な服―――、
「――― ほう、これは面白い。あの距離で儂の気配に勘づいたか、流石サーヴァントと言った所か。ならば次いでに、 この餓えた身を満たしてもらえるかな?」
俺が気付いた時には既にソレは、セイバーと”バーサーカー”の間に割って入っていた。 その場に居た、”バーサーカー”を除く全員の反応が遅れる。
手に持った槍に真っ赤な髪色、完全な『気配遮断』とまでは行かないがそれに近いモノを持っている。そんなサーヴァントは、”彼”しか存在しない。
「………”ランサー”、マスターはどうしたのかしら。単独で行動だなんて不用心じゃなくて?」
「なに、ただの戯れよ。お主らの実力を見極める為だけ、マスターの指示など不要だ」
“ランサー”の視線と俺の視線がぶつかり合う。
それが『合図』だった。
セイバーと”ランサー”が動き出す、力比べの『合図』。互いに地面を抉るかのように踏み込み、セイバーは手刀を”ランサー”は槍を突き出す。
手刀は”ランサー”の右頬を掠め、槍はセイバーの左腹を強打する。このまま勝負あり、とはならず、そのまま手刀を槍で弾いた後に、再びセイバーの心臓部分を確実に狙う。
が、槍はそのまま何も無い空間を通り過ぎて静かに静止する。―――居ない。セイバーの姿が見えない。
“ランサー”がセイバーを見失った刹那、手刀が再び”ランサー”の頭部目掛けて振り下ろされる。
「足りぬ」
やはり、そう簡単に終わる訳が無い。
首を傾けて流れのままにセイバーの手刀を片手で受け止め、体を回転させた後にその勢いを利用し、 膝でセイバーの腹部を蹴る。その素早い身のこなしにセイバーは対応しきれずダメージを負った。
「我が槍技、未だ衰えること無し。お主はこの程度で終いな弱者では無かろう?」
このサーヴァントは確実に強い、 たった一瞬の戦いで俺は強く感じた。その一瞬で、セイバーと”ランサー”の勝負は決した。
いや、”ランサー”の方は終わらせる気がなさそうだが。
「――― 待ちなさい、”ランサー”。少々気を使って待機していたけれど、これ以上、勝手な真似は見過ごせない。セイバーは私達の獲物、邪魔するのなら……霊基とマスターごと消すわよ 」
その台詞とほぼ同時、”ランサー”とセイバーを仕留めるべく、”バーサーカー”の刀が横凪に一閃。胴を真っ二つにする程の威力を持つ攻撃が繰り出される。
真っ先に動いたのは”ランサー”。後ろに体を倒し、刀を避け、その勢いを利用して起き上がる。そして持っていた槍が”バーサーカー”の刀の隙間を抜けて直撃。
“バーサーカー”とは言え、流石に直撃さえすれば負傷は免れない。その筈なのに、
「――― 儂の一撃を喰らっても尚、立ち続けると。決死の攻撃だったのだが、まさかこれ程とは」
「――― 退きなさい、”ランサー”。私の気が変わらぬ内に」
両者互いに退かず、睨み合いは続く。
だが今この瞬間だけ、俺とセイバーへの認識が甘くなる。それを俺は見逃さない。 セイバーもそれを感じ取った様で、俺の手から渡したユリを抱え、”ランサー”と”バーサーカー”から距離を取る。
アインツベルンは俺達の方を見て、少し焦ったような表情をしていたが、お構い無しで逃げ走った。ただ、 只管に。
「 ――― 追いますか?マスター」
「………不要よ、またいずれ何処かで合うのだから。今は逃がしてあげましょう 」
逃げた司朗から目を離し、エルライフィルアルは”ランサー”の方へと向き直る。
本来であれば、速攻で”バーサーカー”と”ランサー”が戦う筈なのだが。
「――― この様な終わり方はつまらぬが、 儂も退かせてもらおう。マスターの指示に従わぬ理由も無い 」
どうやら、”ランサー”のマスターは用心深いらしい。 このまま戦えば、”ランサー”は十中八九”バーサーカー”に殺されていた事を悟っての命令なのだろう。
「――― “ランサー”、新しいマスターはどうですか?あのような冷徹で非人道的な魔術師を見て、貴方はどう思いましたか?」
「………ただの殺害に正義という名の理を乗せる。それは、儂が忌み嫌うモノの一つであるが故に、あの男はあまり好かんな」
そう一言だけ言い残して、”ランサー”は姿を消した。
森の木々に気配を紛れ込ませて視認出来なくする。さすがサーヴァントと言った所だろうか。
「………”バーサーカー”、戻っていいわ」
周囲に静けさだけが残る、先程まで刀と槍と手刀が交わって火花を散らした場とは思えない程に。
三陣営によるこの戦いから正式に、英霊と魔術師による『聖杯』を求めた殺し合い『第六次聖杯戦争』の幕は切って落とされた。
酷く冷たい、氷の様な地面を素足で、ペタペタと歩く少女が一人。少女はこの『第六次聖杯戦争』のマスターに選ばれるはずだった。
しかし、その枠は名前の知らない赤の他人に奪われ、万物の願いを叶える願望器である『聖杯』を手に入れる事ができない。それを知った少女が一番最初に見せた表情は『怒り』でも『悲しみ』でもなく、
――― 喜び、ただそれだけ。
「なのに、貴方は手に刻まれた令呪が消えること無く、マスターとしての権限だけは残されている……」
少女は殺し合いを望まず、今回の『第六次聖杯戦争』への参加を拒んでいた。
そして、自分が座るはずだった席が無くなり、戦う必要も無くなった少女は、令呪も失って監督役である人物に保護される……
と思っていたのだが、なんと無情にも令呪は消えず、少女の右手に残り続けた。
「これは『聖杯戦争』にあってはならない、起きては行けない現象。そして、それに私が呼ばれたという事はやはり」
イレギュラーな出来事に、不可解な現象。この全てを取り巻く元凶は―――
「―――『第六次聖杯戦争』は狂っている」
『裁定者』である彼女は、再び旗を掲げた。