この作品はいかがでしたか?
0
この作品はいかがでしたか?
0
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私は宗輔の両親に見守られながら、彼の車の助手席に乗り込んだ。二人の姿が遠くなってから深々と息をつく。安心のため息だ。彼の両親は私を温かく受け入れてくれた。そのことに安堵して緊張がとけた途端に、どっと疲労感が襲ってきて、私は車のシートに体を預けた。
「はぁ……緊張した……」
「お疲れ様。ありがとうな」
「やっぱり仕事で会うのとは全然違うわね」
「そんなもんか」
「そんなものよ。あれ、そう言えば確かお兄さんがいらっしゃるのよね。帰省はされなかったの?」
「次の連休に帰って来るって言ってた。その時には会えるんじゃないか。――ところで今夜、どうする?どこかで晩飯でも食べていくか?」
「宗輔さんは?どうしたい?」
「本当は――佳奈と一緒に家で晩飯食べたい。だけど、疲れてるだろうから、なんか適当に買って帰って、一人で食べることにする」
その言い方がどこか拗ねた子供のようで、私は思わず吹き出しそうになる。それを抑えながら、こう言ってみた。
「それなら……うちに、寄る?途中でお惣菜を買ってもいいし、実家からもらってきた野菜なんかもあるから、何でもいいなら作るけど」
「疲れてるんじゃないのか?」
「大丈夫。緊張はしたけど、疲れてはいないわ。それに、宗輔さんといた方が元気になるし、一緒にご飯食べたりしたい」
「佳奈は、俺を嬉しがらせることばっかり言ってくれるよな。ハンドル握ってなかったら、絶対にキスしてる」
「もう、またそんなこと言って……。えぇと、宗輔さんの部屋みたいに立派じゃないから恥ずかしいんだけど」
「俺は、佳奈の部屋も見たい」
「じゃあ、ひとまずスーパーに寄って買い物しましょ」
こうして適当に食べる物を買い込んで、私は宗輔と一緒に自分の部屋へ向かった。
私が作ったのはレンジを駆使した肉じゃがと味噌汁くらいで、メインは惣菜という簡単な夕食だったが、宗輔は満足そうだった。
「今度会う時は、ちゃんと作るから」
「別に頑張る必要はないさ。いや、佳奈に期待していないっていう意味じゃないからな。第一あんな短時間のうちに、普通に料理して出してくれたじゃないか。うまかったよ」
「あれは簡単だから……。でも、口に合ったようで良かった」
食後、お茶を口にしながら私たちは他愛のない会話をしつつ、ホットカーペットの上でくつろいでいた。
この後、宗輔は自分の部屋へ帰って行く。年末年始の休みの間、彼と一緒にいる時間が長かったせいか、分かってはいても寂しい気持ちになってしまう。
明日から仕事が始まれば、こんな時間はなかなか作れないかもしれない――。
そう思った時、宗輔が隣で大きなため息をついた。
「こんな風に佳奈と一緒にいられるのは、今度はいつだろうな」
宗輔も同じことを思ってくれたのかと、嬉しくなった。だからこんな言葉が自然に口をついて出た。
「もっとたくさん会えたらいいのに」
宗輔もまた嬉しそうに笑い、私を抱き寄せた。
「佳奈もそう思ってくれてるのか。あのさ……。俺の休みは不定期なところがあるけど、佳奈は決まって土日が休みだろ。佳奈さえ良ければだけど、週末は俺の部屋で過ごさないか。もちろん、俺を優先してくれなんてことは言わないし、毎週じゃなくていいから」
週末を宗輔の部屋で過ごす?嬉しい。でも……。
「自分がいない時間に私がいるなんて、嫌じゃないの?それに、自分の時間は?趣味だとか、友達と会うだとか――」
「趣味は適当に楽しんでるし、みんな忙しいからなかなか会えないけど、友達ともちゃんと連絡を取り合ってる。自分の時間だってそれなりに大事にしているよ。佳奈が気を遣う必要はない。それに、家に帰ったら君がいるなんて最高に決まってる。それともまさか、佳奈は断る理由を探しているのか?」
「そ、そうじゃなくて。迷惑じゃないかなと思ったから……」
宗輔は私をぎゅっと抱き締めた。
「迷惑なんて、そんなわけないだろ。本音は毎日でも一緒にいたいんだから。それに俺としては、佳奈がうちに来てくれた方がいい」
「どうして?」
首を傾げる私に宗輔はくすりと笑って、軽くキスをする。
「自分の部屋の方が、佳奈を引き留めてゆっくり味わえるだろ?」
「もうっ!いやらしいんだから」
顔を赤くする私に、宗輔は笑う。
「あはは。俺が迷惑じゃないんだから、決まりってことでいいんだよな?今週は年明けの挨拶回りがあって、俺の方が落ち着かないから――来週末あたりから来るか?」
「本当に行ってもいいの?」
確認するように訊ねる私に、宗輔は大きく頷いた。
「もちろん。土曜日、仕事が終わったら迎えに来るから待ってて。その日、スペアキーも渡すよ」
「スペアキー?」
「持っていた方が、佳奈の都合のいいタイミングで来れるだろ?でも、俺の迎えが必要なら――」
私は首を振って、宗輔の言葉を遮った。
「スペアキー、私が持ってもいいのなら受け取るわ。今だってそうなのに、毎回迎えに来てもらうのは悪いから」
「俺は全然構わないんだけどな。――今日はそろそろ帰るよ。このままいたら、佳奈を抱きたくなってしまいそうだ。新年早々色っぽい顔して出社するのは、色んな意味でまずいだろ」
そんなことを言いながらも、宗輔は艶めいた目で私を見つめた。
その目をうっかり見返してしまった私は、キスしてほしいと口走りそうになって、慌てて目を逸らした。
「また、来週ね」
しかしそれには答えず、宗輔は私を抱き寄せた。
「帰る前に少しだけ、佳奈がほしい――」
そう言うと彼は私にキスした。
思ったことが伝わってしまったのかとどきどきしている間にも、宗輔のキスは深くなっていく。そのせいで体が熱くなり始め、私は慌てて彼から離れた。
「も、もう、終わりっ」
宗輔はくすくす笑う。
「そうだな。止まらなくなるのはまずい。――またな。おやすみ」
「……おやすみなさい」
週末は宗輔の部屋で過ごす――。彼との約束事が、また一つ増える。その喜びが、彼が帰って行くことへの寂しさをずいぶんと和らげてくれた。