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二人で飲食するのはこれで二回目だったが、高原への気持ちを自覚したばかりの私の緊張は、前回の比ではなかった。だからこれまでと比べて、私の口数は少なかったと思う。喋らない分、私はマスターの料理を少しずつ口に運んでは、やっぱり少しずつおのグラスに口をつけていた。


時々視線を感じて顔を上げれば、そこには必ず優しく細められた彼の目があった。その度に私の鼓動は弾み、胸の奥が熱くなった。


私たちの会話は静かなものだった。高原が話しかけてくることに対して私がとつとつと答えるという、傍から見れば盛り上がりに欠けていたと思う。けれど、それが良かったのか、いつの間にか私の緊張もだいぶ和らいだ。その上ほどほどの酔い加減も手伝って、ふわふわした心地になっていた。


お酒がなくなった代わりにウーロン茶を注文すると、それと一緒にマスターがデザートを出してくれた。女性にだけ出してるんだ、と言って私の前に置いたのは、淡い紫色が綺麗なぶどうのジェラートだった。


「マスターが作るのは、本当になんでも美味しいわ……」


しみじみと言いながらジェラートを口に運ぶ私を見て、高原はくすっと笑った。


「幸せそうな顔して食べるよな」


「だって、美味しいんですもの。高原さんも食べてみます?」


私はそう言うと、身を乗り出すようにして、ジェラートをスプーンに乗せて高原の口元に差し出した。


きっと酔っぱらっていたのだと思う。素面の時だったら、絶対にこんなことはやらない。まだ気持ちを隠しておきたい相手であればなおさらだ。


高原は私が取った行動に、意外にもうろたえた様子を見せた。


動じる彼を見たのは初めてのことだったから、私は「悪い意味で」嬉しくなった。いつも彼がそうするように、私はからかうようなにやにや笑いを浮かべながら、彼の口元にさらにスプーンを近づけた。


「ほら、美味しいですよ」


「まさか、たった一杯でもう酔っぱらってるのか……」


高原は呆れたような顔で私を見た。しかし結局苦笑いを浮かべながら、ジェラートの乗ったスプーンをぱくりと口の中に入れた。次の瞬間、目を見開く。


「お、確かにうまいな。さすがマスター」


「ね、美味しいですよね」


私は高原の表情を確かめて満足げにそう言うと、ガラスの小皿から次のジェラートをスプーンにすくいとる。それを今度は自分の口に入れて、舌の上でその美味しさを味わっていると、片手で頬杖をついた高原がにやりと笑ってこう言った。


「ところで今のって、間接キスだよな」


「あ……」


そう言われて初めて、そのことに気がついた。


こんなに気を許すのはまだ早いのに――。


「早瀬さん、意外と天然だな」


高原はくすくすと笑う。


「天然で悪かったですね」


文句を言いながらも急に恥ずかしくなって、私は高原から視線を逸らした。


ドアベルが鳴ったのはその時だ。新たな客がやって来たようだ。


「やぁ、いらっしゃい」


マスターの声に、これもまたよく知る声が続いた。金子だ。


「マスター、何か腹の足しになるもの、お願いします。今日の昼、食べる暇なくって……」


そう言いながら、金子は自分の定位置と勝手に決めているカウンター席の一つに腰を下ろした。隣の空いている椅子の上に荷物を置こうとして、金子は私に気がついた。


「あれ、佳奈ちゃん?」


金子は目を丸くして立ち上がると、私の方へと歩いてきた。その途中で高原に気がついて、つと足を止めるとますます驚いた顔をした。


「あれ?そうさんじゃないですか」


「……え、そうさん?……って、えっ、あの、『そうさん』?」


私はぱちぱちと瞬きをしながら、目の前の高原を見た。


高原は少しだけ困ったような顔をしながら、金子に向かって片手を上げた。


「久しぶり。元気だった?」


「元気でしたよ。というか……え?この組み合わせって、いったい何なんですか?」


金子が混乱したような顔で高原に訊ねる。


私もまた、混乱と動揺の中にいた。


高原が「そうさん」本人だった――?


私たち三人の様子をカウンターの奥で見ていたマスターが、苦笑いを浮かべているのが目に入った。


はじめに金子を、次に私を見て、高原は言った。


「金子君も一緒に飲むか?」


「えぇと……」


金子は私と高原が一緒にいるという目の前の状況を、まだ飲み込めていない様子だった。


色々と飲み込めていないのは私も似たようなもので、さっきから頭の中で「そうさん」がリフレインしている。


そこへ助け舟を出すかのように、マスターが金子のグラスとボトルを運んできた。それらをテーブルに置くと、金子を高原の隣の席に促した。


「金子も、高原君とは久しぶりに会ったんだろ?せっかくだから一緒に飲めば?」


「あ、はぁ、でも……」


金子は腰を下ろしはしたが、私と高原の顔を見比べるようにしながら口ごもる。


金子が何を思ったのかは察しがついた。おおかた私たちのことをデート中だとでも思っているのだろう。


そういうのじゃないから気にしなくていいよ――私がそう言おうとする前に、案の定、金子は高原の表情を確かめるような目をして言った。


「デート、なんじゃないんですか?」


きっと高原は、その問いを適当に流すか否定するはずだと思っていた。しかし彼は私をちらりと見てから、にっと笑って金子に答えた。


「実は今、口説いてる最中なんだ」


それを聞いた金子の顔に、戸惑ったような表情がちらと浮かんだ。けれどそれは一瞬で消え、そこには昔から変わらない人当たりのいい笑顔が浮かぶ。そして彼は、何かを納得したかのような、しかしからかうような目をして私を見た。


「だからあの時、困った顔をしたのか」


私は首を傾げた。


「あの時ってなんだっけ?」


「ほら、俺言ったじゃん。つき合おうかって」


何も今、高原のいる所で言わなくてもいいのに――。


私は内心慌てながらも、決めつけるように言った。


「あ、あれは、だって冗談だったでしょ。それにあの時はまだ……」


「あの時はまだ、何?」


「え、いや、その……」


まだ、などという言葉を使わなければ良かった。色々な意味で変な誤解を与えてしまいそうだ――。


私がしどろもどろになっているのを見て金子は笑い声を上げ、それからこう言った。


「そうさんがいるんなら、もう俺の出番はないってことだな。……ん?ちょっと待って。佳奈ちゃん確か、そうさんの顔って知らなかったんだよね。で、そのことを知ったのは……」


「うん。実は今。金子君が高原さんをそう呼んだでしょ?それで初めて知ったの」


「え、そうなの?そうさん、佳奈ちゃんに話していなかったの?あれ?でも、今の二人が出会うような場面って何なの?ここ?でもマスターからは何も聞いてなかったしな……。いったいどこで会ったわけ?」


金子が追求し始める。


「えぇと……」


口ごもる私に代わって、高原がさらりと答えた。


「飲み会だよ。今は仕事で世話になってるんだ」


「へぇ、そんな偶然ってあるんだな。でも佳奈ちゃん、良かったね。やっと五年前のお礼ができるじゃないか。……んん?今、飲み会って言ったよね?こないだ佳奈ちゃんに会った時ってのも、確か飲み会の後じゃなかった?」


金子が何かを思い出そうとするように首を傾げた。


「あ、あはは……」


私は笑ってごまかそうとした。あの飲み会の後、私はここで、マスターだけではなく金子にも、高原の悪口をさんざんぶちまけたのだ。少し前の私であればばれても構わないという気になったが、今はそのことを高原に知られたくない。金子がその時のことをはっきりと思い出す前に、酔わせてしまおう――そう思った私は、お酒のボトルに手を伸ばしながら言った。


「とりあえず、金子君、今日は特別に私がお酒を作ってあげるから!飲んで飲んで」



純愛以上、溺愛以上~無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~

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