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その後、何度か父親が小屋の扉を叩いたものの鍛冶師は沈黙。
一向に小屋から出てこなかった。
「ふうむ。これはもう根比べだな……」
渋い顔をしながら、父親が息を深く吐き出す。
思っていたよりも手紙の効果はあったけど、それ以上に切迫した何かがあったと思うべきなんだろうが……いや、なんなの?
鍛冶師が話をしてくれないと、何が切迫しているのかも分からない。
仙境って言った時にとんでもなく青い顔をしていたから、切迫している事情はもしかして仙境絡みだったりしないだろうか。
いや、これは俺が自分の都合の良いように考えているだけかもな。
俺はいったん自分の思考のリセットも兼ねて、数度、深呼吸。
そして、さっきのモンスターが出てきた井戸に視線を戻した。
「ねぇ、パパ。さっきのモンスター……どうして、あんなにしぶとかったんだろう」
「魔力が濃いからだろう。人にとっても、“魔”にとっても、魔力は生命力。それがここでは濃い分、死・に・づ・ら・い・」
「……そうなんだ」
それを俺は喜べば良いのか、厄介だと思えば良いのか。
確かにさっき魔法を使った時に魔法の威力が増していたから、治癒魔法とかの効果も強まるんだろう。強まるとは思うのだが、流石に首と身体が切れても生きているのはモンスターだけだと思うんだよな。
人間がそんな状態になったら生きていられないでしょ。
まぁ、とはいえ。
モンスターがしぶといのは今に始まった話じゃない。
雷公童子とか『隕星ながれぼし』を素手で受け止めても生きてたし。
雷公童子が『第六階位』だから、それだけしぶとかったという話もあるが、そうだとすれば魔力の濃いこの場所なら同じように死にづらいモンスターが出てきてもおかしくはない。
ちょっとげんなりとしたものを感じていると、父親が諦めたように深く息を吐き出した。
「とりあえず、神在月にこの話を伝えよう」
「旅館に戻るの?」
「うむ。ひとまず、作戦会議だな」
父親が仕方なくそういうと、踵を返した。
せっかく観光を打ち切ってまでやってきたんだけどな……と思いながら、俺もその後ろに続く。
アヤちゃんとニーナちゃんは、何か言いたげな顔をして……結局、何も言わずに俺たちとともに山道に足をかけた。
彼女たちは、ちょっとムスっとしたまま黙りこくっている。
表情から考えるに、怒りたいけど怒る相手がいなくて感情が空振っている感じだ。
まぁ、その気持ちも分かる。
鍛冶師は短い時間に2回も依頼を断っているし、その理由も説明しないし。
あとニーナちゃんに至っては、それなりの覚・悟・をしたのに、それを無碍むげにするような鍛冶師のリアクションだ。嫌になるのも当然というか。俺だって怒りたいというか。
そうして、もやもやとしたものを抱えたまま父親の車に乗り込む。
エンジンがかかって、父親がアクセルを踏み込み、車が発進。
二車線の道路から、ガードレールもない落ち葉で埋まった一車線の道に差しかかり、そこに入った瞬間、
「……ッ!?」
一つ目の、少年が道の真ん中に立っていた。
父親がアクセルを強く踏み込むのと、俺が『導糸シルベイト』を編み込むのは同時。
「『焔蜂ホムラバチ』ッ!」
息を吐き出す。炎の槍が1つ目の少年に向かって放たれる。
しかし、1つ目の少年は手で何かを編むように動かすと、空に向かって飛翔。魔法を回避した。
その一連の動きを見ながら、俺は歯噛みする。
「……っ!」
……『導糸シルベイト』が見えない。
視界を確保するために作った『魔力遮断』レンズのせいだ。
俺はカット率を『形質変化』によって調整しながら振り返る。
振り返ると、かすかに空中に見える糸の軌跡。そして、その軌跡を追うと糸を木々に絡みつけて空中を飛ぶ少年の後ろ姿が見えた。
……よし、見えるぞ。『導糸シルベイト』が。
俺が内心、ガッツポーズを決めたのと『導糸シルベイト』を操る少年が、何事もなかったように音もなく着地したのは同時。
その瞬間を狙いすまして、俺は魔法を放った。
「『風刃カマイタチ』ッ!」
『おわッ!?』
生み出した不可視の刃がモンスターの足と身体を断つ。
動きを封じ、次の手を放つために魔力を編んだ。
編んだ瞬間、こちらに向かってモンスターがまっすぐ手を伸ばしてきた。
『あ、ちょっと、話しましょうよ! 話せば分かりますって!』
「『焔蜂ホムラバチ』ッ!」
『あっぶねッ!』
刹那、放った炎の槍が地面をえぐる。爆発。
しかし、モンスターはとっさのところで地面を転がって回避……しきれず、爆風に巻き込まれるようにして吹き飛ばされた。複数回バウンドし、ぼろぼろになったままモンスターの身体が止まる。
わずかに遅れて、父親が車を停める。
俺はシートベルトを千切るようにしてとり外すと、そのまま車外に飛び出した。
次は絶対に外さない。
そう思って『導糸シルベイト』を組んだ瞬間、モンスターが再び叫んだ。
『初対面の人間に法術使ってくるって、どういう教育受けてんスか!?』
「モンスターでしょ」
『え、“魔”の南蛮式の呼び方……? かっこいい……』
言ってる場合か?
『って、そうじゃなくて……! 確かに、あっしは“魔”ですけども。昔はやんちゃしてたんですけども』
「ほら」
『いまや調伏されてしまってるんですわ! これはもう人間みたいなものなんですわ!』
いや、その理屈はよく分からないけど……。
俺がモンスターの言葉を聞き流し祓うために『導糸シルベイト』を撃とうとしたのだが、その瞬間、モンスターが叫んだ。
『戦ってる場合じゃないんスよ! あ・っ・し・が・目・覚・め・た・っ・て・こ・と・は『閂カンヌキ』が仕事を辞めちまったってことだ。このままじゃ、向こうの“魔”が此岸こっちに来る!』
「…………?」
モンスターの言葉が意味不明なのは今に始まったことではない。
無いのだが、俺は眼の前のモンスターがただの意味不明な言葉を並べているとは思えなかった。
「モンスターがこっちに来て、何か困ることがあるの?」
『困りますよ! お館様やかたさまに怒鳴られちまう! あっしはね非常時に起きて、働くための使いっ走りなんだ!』
「……使い魔ってこと?」
『あ、それ! 流石! よく言葉を知ってらっしゃる! いやぁ、一目見たときから賢そうなお坊ちゃんだと思ってましたよ!』
よく口が回るモンスターだな……と、俺が思ったのもつかの間、彼はそのまま勢いよく頭を地面に叩きつけた。
『どうか、この通り! いったん法術は置いといてくだせぇ。この辺に、刀鍛冶が住んでるはずだ。どうか、案内のほどを』
これまで色んなモンスターに会ってきたが、流石に土下座するモンスターは初めてである。
しかも困ったことに眼の前のモンスターは『導糸シルベイト』を編・ん・で・い・な・い・。
「……もし、僕たちが案内しなかったらどうなるの?」
『彼岸むこうの“魔”がこっちに来る。それだけじゃねぇ。いまや彼岸むこうの均衡は崩れちまった。はやく釣り合いを取らねぇといけねぇ。これは一刻を争う』
モンスターは頭を下げたままそう叫ぶ。
「釣り合いを取らないと、どうなるの?」
『彼岸あっちが此岸こっちに触れ合った瞬間、融とけ合っちまう。そうなりゃ終わりだ。人が大勢死んじまう!』
そう言うモンスターの声色に、どうやら嘘は滲にじんでいなさそうで、
「というか、さっきから言ってる『あっち』って、何のこと?」
俺がそう尋ねた瞬間、一つ目の少年はばっと顔をあげて至って真面目な顔で言った。
『彼岸むこうってのは、仙境のことでさぁ』