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「十八時には戻る」

「……早くない?」

「馬鹿言え。そもそも休みの予定だったんだ。……迎え入れの日だったのに、すまんな」


結月が「そんなの、気にしてないから」と悪態をついても、仁志は微苦笑しながら頭を撫でてくる。

電話が鳴る。逸見が下に来ているらしい。

仁志は「好きに探索しておけ」と結月の額に軽く『挨拶』を落とし、突如の行動に口を開閉する結月にニヤリと笑んでから、仕事モードで部屋を出て行った。

残された結月は「はぁ」と溜息をついて、覚束ない足取りでリビングに戻り、荷物が置かれても尚余裕のあるソファーに倒れこんだ。


(……甘過ぎて、しんどい)


このままでは心臓が萎みすぎて、梅干しサイズになるかもしれない。

そんな馬鹿げた思考に不安を覚えるほど、結月の心臓はしきりなしに縮んだり、跳ねたり、大忙しである。


「……寿命縮みそう」


そんな事を言ったら、師匠に怒られそうだ。

膝を抱え、丸くなったタイミングを見計らったかのように、くぐもった電子音が結月を呼んだ。

音の主は鞄に入れたままでいた、結月のスマートフォンだろう。そしてこんなタイミングよく電話をかけてくる人物は、ひとりしかいない。

大事な時に無視しやがって、と心の中で舌を出して、結月はそのまま放置した。諦めたように鳴り止んだ呼び出し音は、数秒おいて、再び鳴り始める。

結月はノロノロと歩伏前進で身体を進め、荷物に埋まっていたスマートフォンを取り出した。表示されている番号は予想通り。片目を眇めて、通話を押す。


「……なに」

『悪かった、結月。色々と忙しかったんだ』


開口一番の謝罪は、やはりあの時、結月からの電話に気付いていたという事実を示す。

結月の放つ沈黙の怒気を正しく受け取ったのか、焦りを滲ませた声で、土竜は『考えてもみろ』と弁解を続けた。


『お前の仕事を止められて、困るのは俺も一緒なんだよ。回ってきた仕事を、別の筋に繋がないといけない。おまけにお前はこのまま”あがる”だろう? 信頼のおけるルートを確保するのも、それなりに骨が折れるんだよ』

「……それを提案したのは、土竜だろ。自業自得じゃん」

『そう言われたら、そうなんだけどな。いや、事前にある程度は動いてたんだぞ? けど、そっちの動きが思ってたよりも早くてだな』

「…………」


おそらく結月が契約を早めに切り上げてしまった事で、土竜の『計画』が崩れたのだろう。

というか、土竜は最初から結月が仁志の側を望むと、予想立てていたのだろうか。


「……ねぇ、土竜」


やっとの事で声を発した結月に、土竜は『ん? なんだ?』と食い気味に尋ねてくる。


「どうして師匠のこと、ちゃんと話さなかったの」

『……詫びと言ったらなんだが、一つ面白い事を教えてやろう』


土竜は愉しげに、呆れたような息をつく。


『ヤツは、早かったよ。お前が『逃げて』きた朝には、俺にコンタクトをとってきやがった。金に糸目はつけないから、お前を捕まえる為に知恵を貸してくれってな。最初に会った時からしつこそうな奴だとは思ってたが、とんだ筋金入りだな』

「最初からって、まさか、初めの依頼の時に会ってたの!?」


『土竜』は基本、その名の通り、依頼人の前に姿を現すことはない。例外など、ごく稀だ。

結月が驚いた声を出すと、土竜は『だってなぁ』と思い出したように笑う。


『アイツ、最初に俺んトコに繋いで来た時の依頼は、人捜しだったんだぞ。特徴を聞いて、直ぐにお前だとわかった。だからそのまま伝えたさ。探し人は、『情報屋』だってな。そしたら、それでもいいから会える算段をつけてくれなんて言うから、そりゃあ直に見極める必要があるだろう? 妙なヤツなら、追っ払ってやんなきゃならないしな』

「……そんな事してたのかよ」

『因みにな、結月。お前と『試そう』と思って来る奴は、昔っから一定数いるぞ? お前が知らないだけでな。アイツも随分と目を光らせてたもんだ』

「……そうだったんだ」


それは、あまり知りたくなかった情報かもしれない。

ゲンナリと呟いた結月に土竜はクツクツと笑いながら、『だからな』と言葉を続けた。


『電話口で追っ払える相手ならそうするが、ヤツはどうにも面倒そうだったからな。で、直接会って顔を見て、なんとなく、コイツならって思ったんだ。だから最初から、釘をさしておいたんだよ。”ウチの可愛い息子に妙な事をしやがったら、二度と平穏な日常には戻れないと思え”ってな』

「それはまた物騒な……」

『けどヤツは、ビビるどころか涼しい顔して”わかりました”って頷いたんだぜ。そういった意味では、素質がある。『表』の人間なのが残念だ』


まぁ確かに、仁志は時々本当に一般人かと思うくらいの圧を放つけれども。


『そんでお前が逃げ出した後、しっかりアポとって会いに来たと思ったら、いきなり頭下げてお前を自分に託してくれって言うんだ。思わず固まっちまったよ、俺がだぞ? いやー、度肝を抜かれたとは、正にこの事だな』


(アイツそんなコトしてたの!? ってか相変わらず俺の意思は!?)


『ま、お前が自分のトコに戻ってくるって、自信があったんだろうな。いや、もしかしたら、半分は希望だったのかもしれないが、ああいった馬鹿は嫌いじゃない。どちらにせよ、俺はそれで完全にヤツを気に入った。だから知恵を貸してやった。勿論、金はとったがな。ついでに『家族』に挨拶をするつもりなら、もう一人、怖い奴がいるのを忘れるなって教えてやったんだ』

「……ならちゃんと、教えてあげれば良かったのに」

『それじゃあつまらんだろ。それに、そういった話は、お前の口から言うものだ』


結月の怒りが完全に収まったと感じたのか、土竜は安堵したような息をつくと、『ともかくだな、結月』と声を和らげる。


『もう、”こっち”には戻ってくるなよ』

「っ」


突き放す言葉に、結月の心臓がピシリと軋んだ。

それは、つまり。


「……二度と、会いにくるなってコト?」

『言い方が悪かったな。それは、構わない。むしろ、今からくるか?』

「いや、行かないけども」

『そうか……』


落胆した声の後に、小さく息を吸った気配。


『月は、青空の中でも在れるものだ。お前は『夜』を住処にするな。自由に空を、謳歌しろ』


耳を撫でる音は、土竜の意思と、重なるもう一つの存在を感じた。

寂しいのか、嬉しいのか、よくわからない感情の渦に、結月は堪らず瞳を閉じた。

どうにも最近、涙腺が緩い気がする。


「……相変わらず気障だね、土竜。『もっとわかりやすい言い方があるでしょう』って、師匠に怒られるよ」


目尻に滲んだ涙をこっそりと拭いながら結月がからかうように笑うと、土竜は『……そうだな』と愛おしそうに笑った。


***

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