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駆けつけた分譲地には、ただ一人、使った地盤調査用のマシンを洗う林の姿しかなかった。
篠崎は段差のない平らな土地に、アウディーの18インチのタイヤで砂ぼこりを起こしながら停車すると、その華奢な後ろ姿に駆け寄った。
「おい、なんで一人なんだ」
ゆっくり振り返った林はマシンをブラシで擦りながら会釈した。
「お疲れ様です。篠崎マネージャー。どうされたんですか」
その薄い反応にイラつきながらあたりを見回す。
「新谷は?紫雨は!?」
ひとっこひとりいない分譲地は、5月とは思えない暑さで、蜃気楼が見えるほどだった。
だが紫雨も、新谷も、地盤調査用のハイエースさえ、姿が見えない。
「新谷君が、具合悪くなってしまって」
林が篠崎から目を逸らし、またブラシを機械的に動かしながら言う。
「紫雨リーダーが心配して、日陰に」
言いながらこちらを振り返らずに、管理棟を指さす。
管理棟の駐車場、ちょうど建物の影に隠れるようにして、地盤調査車両のハイエースの一部が見えた。
「……なんだ」
言いながら安堵の息を吐くと、林がゆっくり視線を上げて、駐車場を見た。
「ズルいですよね。あれ、紫雨リーダーの手口ですから」
「手口?」
聞き捨てならない単語に振り返る。
「ええ。ああやって、俺にちょっとだけ見えるように車を停めて」
「……?」
言わんとしていることがわからず、視線をハイエースと林の交互に走らせる。
「“ほら、俺らがここにいるの、見えるだろ?探す必要ないよな?俺は意図があって、戻らないんだから、俺が戻るまでこっちに来んなよ”」
程度の低い紫雨の声真似をした林がこちらを見上げる。
「わかります?“牽制”ですよ」
「お前……」
そこで初めて篠崎は、ヘルメットに隠れていた林の顔が蒼白であることに気が付いた。
「もし万一、新谷君を心配していらっしゃったのであれば、残念ですがもう手遅れだと思います」
自分の方が泣きそうな顔をしながら林はため息をついた。
「30分」
「は?」
「30分、経ちました。車があそこに停まってから。その間、逃げ出す新谷君の姿は見えませんでした。……もう、終わってると思います」
「………!」
林が言い終わらないうちに篠崎はハイエースバンに向かって走り出した。
“これで聞くのは最後にする。だから正直に答えろよ”
自分がいつか、あいつに吐いた言葉が、頭の奥に響く。
記憶の中の新谷が泣きそうな顔で自分を見上げる。
“前の会社は、なんで辞めた?”
一瞬俯いた新谷が、何かを決心したように唇を噛みしめる。
そしてこちらをキッと見上げると、口を開いた。
『上司に、襲われたんです。その、無理矢理……』
泣きそうな瞳。
辛そうな口元。
「くっそ。なんで俺は、あのとき……」
気づいてやれなかった……!