注意!
・日本が主人公。
・にゃぽん、日本ともに高校生設定。
・他の国も一応高校生です。
・日帝(陸)以外は先の大戦で亡くなり、今日本家は日帝(陸)、江戸さん、日本、にゃぽんの4人家族。
・R-18はありません。
地雷さんはご自衛ください。
では本編Go。
青い海が昔から好きだった。
家族総出で海へ行けば誰よりも長く泳いでいたのをよく覚えている。
帰る時間になれば、ずっとずっと遠くで水平線に近い位置で船が進んでいるのを見てどこか懐かしい気持ちになるくらいだった。
船など乗ったことのない子供が、なぜ船を見て懐かしがったのか。
それは未だに、私の中で疑問となっていることの一つだ。
不意に、釣りがしたい、と思った。
本当に唐突だった。
釣り雑誌を読んだとか、テレビで吊している場面を見たとかそういうのではなく、突拍子もなくそう思ったのだ。
アルバイトで働いていた私に釣り道具を揃えるなど朝飯前。
思い立ったが吉日、私はすぐに釣り道具店へと行って釣り竿やら餌やらを購入した。
店へ行っても、どれが良くてどれがダメなのかが全く分からず、店員に話しかけることが苦手な私は結局全部自分で選ぶことにした。
自分の勘を信じてレジへと商品を持っていけば、店員に『釣り、随分と長くやられているんですか?』と尋ねられた。
『いえ、全く初心者で…今回初めてなんです』と答えれば、すごく驚いたような顔をされた。
とまぁ、かなり良いものを無意識に選んでしまっていたようで値段はかなり高くついたが、これでいつでも釣りへ行ける。
(…ふふ、嬉しいな)
家に帰るまでの道中、自然と微笑みが零れた。
釣り竿を担いで自宅へと帰れば、日帝さんが玄関へと出てきてくれた。
「お帰り、日本……って、なんだそれ…」
「え?嗚呼、釣り竿ですよ。買ってきちゃいました」
「釣り竿って…お前釣り好きだったか?」
「いえ、色々やってみようと思いまして。今度早速釣りしてくる予定です」
「…そうか、頑張ってな」
日帝さんが不意に微笑んだ。
…昔から、日帝さんは私やにゃぽんのやりたい事を尊重して、叶えられる限り協力してくれていた。
けれど、どこか今日の日帝さんは━━━…
なぜか、寂しさや悲しさといったような感情がうすらと感じられるような、そんな笑顔を浮かべていた。
次の日。
学校へと行けば、真っ先にアメリカさんが声をかけてきた。
「よー日本ッ!」
「おはようございます、アメリカさん。今日も良い天気ですね」
「そーだな!最近はすっごい夏らしくなってきて、学校来るのも暑くて暑くて一苦労だぜ」
にかっ、と太陽の様に眩しく笑った。
アメリカさんは寒かろうが暑かろうが変わらず笑顔で居て、さらに面白いのでこの学校の人気者だ。
加えて誰にでも平等に優しく接するので、生徒会長も務めるという働きっぷり。
リーダーとはこういう人の事を言うんだなぁと、毎日アメリカさんと関わるたびに思ってしまう。
「一緒に教室行こーぜ」
「えぇ」
そう言って歩き出した時。
後方から凄まじい絶叫と共にバタバタと足音が聞こえてきた。
「なっ、何事…!?」
「…俺、大体予想着いたぜ…」
おっかなびっくり、後ろを振り返る。
その絶叫と音の正体は━━━…
「兄さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」
「着いてくんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
叫んでいるのはウシャンカ帽を被った、長身の生徒。
対してそれを追いかけているのは、布を首に巻き、顔半分が隠れるように縦にも巻いた女子生徒。
…頭の片隅で想像していた通り、ロシアさんと…それを追いかけるベラルーシさんの姿があった。
ロシアさんは私たちを見つけると同時に叫んだ。
「っあぁぁっアメ公ッ、日本ッ!!!!ちょうど良い、ちょ、ちょっと助けてくれ!!」
「え、あ、い、良いけど…」
「助かるッ!!!」
そして、ロシアさんはアメリカさんの後ろへと回り込み、ベラルーシさんとロシアさんの間にアメリカさんが挟まれているという謎状況。
私はちょっとずつ端へと退きつつ、巻き込まれない様に他の生徒に交じって傍観しようと、したのだが━━━…
「…日本置いてくな、この状況俺一人は流石にチョットムリ」
「えぇ…」
袖をつかまれ、逃げるに逃げられない状況。
ベラルーシさんがじりじりとロシアさんへと近づいていくのがまぁ怖かった。
「兄さん…なんで逃げるの…」
「お前が狂気的な笑顔で追いかけてくるからだろ…」
不敵な笑みでにじり寄ってくるベラルーシさん。
ロシアさんとベラルーシさんの間に挟まれたアメリカさんに袖をつかまれ逃げることを阻止されている私は意図してベラルーシさんの顔を見ない様にしていた。
怖すぎるから。うん。
…と、謎の攻防戦を行っていた時、予鈴が鳴った。
「…あ、予鈴だ。確か2組って1時間目体育じゃなかったか?」
※ベラルーシさんは2組です。ロシアさん・アメリカさん・日本は1組。
隣のクラスの時間割まで把握しているアメリカさんがそう呟くと、ベラルーシさんははっとしたように顔をあげた。
「本当だっ!!やばい、体育の先生怖いんだよねー…!!ごめんね兄さんッ、また迎えに行くからねー!!」
「…もう来るな!!!」
名残惜しそうに笑いながら去って行くベラルーシさんに、ロシアさんがアメリカさんの背中から顔を出して叫んでいた。
そして、ベラルーシさんの姿が見えなくなると、疲れたといった様子でロシアさんがようやく出てきた。
「…朝っぱらからすまんな…アメ公…日本……」
「いや、大丈夫だけどよ……お前も大変だな…」
「…嗚呼…」
「………」
「…………」
「教室行くか…」
死んだような表情をしているロシアさんがそう言い、アメリカさんも着いていくみたいだったので必然的に私も着いていく形になった。
そうして廊下を歩いていた時、ロシアさんが私を振り返って話しかけてきた。
「そういやさ。日本って釣りとか興味あんの?」
「え?嗚呼ー…そう、ですね。釣りしたいなぁって思って昨日釣り竿とか丁度買いました。…どうしてですか?」
首を傾げると、ロシアさんは目を横の方へと向けながら答えた。
「へぇ、そうなのか…。いや、昨日兄貴…ソ連が帰ってきたとき、釣具屋から出てくる日本を見かけたって言ってたからよ。もしかして~…って思って」
「嗚呼、成程…そういうことだったんですね」
「…で、さ……」
ロシアさんが首の後ろを触りながら言った。
「俺んち、親父が船持ってて。その…日本が良ければ、今度一緒に釣りしに行かねぇか?俺、船上釣り何回もしたことあるから色々教えられるぞ」
「…へ」
思わず目をぱちくりとさせた。
ロシアさんの表情は真剣で、私の答えを待っていた。
…たしかに、港で座りっぱなしで釣りをしているよりも、船上で釣りをした方が楽しいかもしれない。
私はこくりと頷いた。
「いっ…行きたいです!行かせてください!」
「本当か!?じゃあ、今度…一緒に行こうぜ!」
ロシアさんが珍しく、心から嬉しそうに微笑んだ。
私もつられて、笑顔が浮かぶ。
そんな私たちを、アメリカさんは微笑ましそうに眺めていた。
そして、そんな会話をしてから幾数日。
学校でそんな話をした日にロシアさんから来たLINEに書かれていたのは、船を出す日程を何日か分と、集合予定時刻。
私としては釣りをやってみようと思ってはいるものの何をすればいいのかよくわかっていない初心者なので、あちらで時刻やらを決めてくれるのは大変ありがたい。
ただ驚いたのは、集合時刻が超早朝でなかったこと。
ロシアさん曰く『初心者で、しかも船上釣り初めてなら早朝は危ない。それに、昼間でも魚は釣れるしな』…とのこと。
それからLINEで何度かメッセージの送り合いを繰り返し、ようやく先日、日程が決まったのだ。
それが、今日である。
「…楽しみだなぁ」
いくつかの釣り道具をまとめ、背中に背負う。
ずっしりとした重さがどこか心地よかった。
居間へと顔を出すと、日帝さんが朝刊を読んでいるところだった。
「日帝さん。そろそろ行って参ります」
「…そうか、もう行くのか」
日帝さんが朝刊を置いて立ち上がった。
「そこまで見送る。父上が車を用意してるから、それに乗って港まで行けば良い」
「本当ですか?ありがとうございます、日帝さん」
微笑むと、日帝さんは頷いた。
玄関で靴を履き、振り返る。
いつの間にかにゃぽんも起きて来ていて、いつも通りのセーラー服を身に纏っていた。
「…では、行って参ります」
「嗚呼、…気を付けてな」
「お兄ちゃん、気を付けてね」
「ありがとう」
手を振ってから扉を開ける。
見送るときの日帝さんの表情が少し寂しげだったのは気のせいだと思いたい。
表へと出ると、パーカーを着こんだ父上が立っていた。
江戸時代の人間に乗用車とは中々アンバランスだと思うが、これが日本家の通常運転だ。
「お、来たな。車乗れ~」
「ありがとうございます、父上。助かります」
「なぁに、息子の趣味に付き合うくらいなんてことないさ」
それに今日は露帝と会う約束もしているしな、と父上が笑った。
車に乗り込んでから数十分後、父上は不意に声を出した。
「…そうだ日本、ちょっとサービスエリア寄っても良いか」
「はい、構いませんよ」
そうして止まった、サービスエリア。
降りると、ちょっと標高が高い位置にあるからか空気が良く澄んでいた。
「すまんな、すぐ戻る。あれだったらトイレ済ましておいてくれ」
「わかりました」
父上がそう言い残してから去って行く。
私はトイレへと向かい、個室内にて大きめの虫が出たので脳内で発狂してから出てきた。
(うぁー…や、山ってこんな虫いっぱい出るんですか…!?)
トラウマになりかけたデカすぎる蜘蛛を思い出して背筋が震えた。
もう二度とあのトイレは使わないと心に決め、車へと戻るともう既に父上が戻ってきていた。
「お帰り、日本。これやるよ」
「ん?何ですか、これ」
「腹減った時用にでも食え」
渡されたレジ袋の中身を見ると、アクエリが2本とおにぎりが二つ入っていた。
「父上、ありがとうございます…!」
「こんぐらいどうってことない。さ、もうちょっと休憩したら行くか」
「はい!」
そうして車に揺られ、また数十分。
ラジオ番組に区切りがついたタイミングで、開けていた窓からふわりと潮の香りがした。
「…あれ、もう海近いんですか?」
「嗚呼、そうだな。あとちょっと走ったらもう港だぞ」
窓から顔を出すと、さっきよりもさらに濃く潮の香りが鼻先をかすめていく。
「うわぁ…海だ…!」
思わずそんな言葉が漏れた。隣で父上がおかしそうに笑った。
もうすっかり陽が昇り、揺らぐ海面は陽の光を反射してきらきらと光を放っている。
幼い頃に連れて行ってもらった、あの海を思い出す光景だった。
「…さ、もう着くぞ」
「はーい!」
思わずわくわくとして、私は外を眺め続けていた。
港近くに30分無料のコインパーキングがあると事前に教えてもらっていたので、父上はそこに車を止めた。
車の後ろ部分を開けて、私は竿やらを持つ。
隣から父上の手が伸びて、重ための荷物をひょいと持って行った。
「半分荷物持ってやろう」
「ありがとうございます、父上」
こういうところでさっと気遣いのできる父上が自慢だった。
そうしてえっちらおっちら荷物を担いで歩いていくと、見覚えのあるウシャンカ帽を被った人物が二人立っていた。一人は、今日船上釣りに誘ってくれたロシアさん。もう一人は、船の免許を持っているらしい、ロシアさんの兄にあたるソ連さんだった。
あちらも私たちに気づくと、大きく手を振っていた。
「おーい!!こっちだー!!」
「ッ、はーいッ!!!」
父上と共に向かうと、ロシアさんが笑顔を浮かべた。
「おはよう、日本」
「おはようございます、ロシアさん。ソ連さん、今日はよろしくお願いします」
「おー、よろしくなー」
ソ連さんもロシアさんもよく似た顔立ちで微笑んだ。
私の隣に、父上が一歩前へと出てきた。
「じゃあ、お二人とも。今日は息子の事を頼む。気を付けてな」
「はい、わかりました。無事に帰ってきます」
その会話は、まるでソ連さんがロシアさんの父親か何かだと錯覚するような感覚がした。
お互いに礼をしてから、父上は私に荷物を渡した。
「日本。そろそろ私は行くが…また時間になったら迎えに来るからな」
「はい!ここまでありがとうございました、父上」
「嗚呼。船上釣り、楽しんでな」
父上はこれから露帝さんと会う約束があるらしい。
どこか楽し気に、父上は去って行った。
姿が見えなくなると、ソ連さんが『よし』と声を発した。
「じゃ、早速船乗るか。俺らの荷物はもう積み込んであるから、あとは日本の荷物積めば出れるぞ」
「んじゃあ俺ら持つから、日本先に船乗っとけ。乗り慣れてないだろ」
てきぱきと役割分担が決まり、ソ連さんとロシアさんが私の荷物を半分ずつ持った。
船自体あまり慣れていない私が変に手を出すと余計に迷惑がかかると思ったので、早めに港から船へと乗り込んだ。
「おわっ…」
初めて乗り込んだ、小さな小型船は思ったよりも波で揺れた。
バランスを崩しそうになり、あわてて壁に手を着いた。
(危なっ……。“俺が前乗ったのは、もっと船が大きかったから揺れづらかったのか…”)
一人そう納得したところで、あれ、と自分の今思ったことに疑問を持った。
(…私、船乗るの初めて…ですよね?)
どうして、『前乗った』、なんて言葉が何も考えずに出てきたのだろう。
私は、今乗っているこの小型船が初めての船だというのに━━━…
「積み終わったぞー」
「おー、じゃあ出航するか」
…ロシアさんとソ連さんの会話で、はっと意識が現実世界に戻った。
横を見ると、いつのまにか戻ってきていたロシアさんが立っていた。
「んじゃ、日本。
初めてだから船慣れないだろうし、しんどかったら言えよ」
「あ、はい、ありがとうございます…!」
そうして、船は静かに前進し始めた。
進むこと、十数分。
船はとある場所で前進するのをやめた。
「ほい、着いたぞ。
このあたりがよく魚獲れるんだよ」
「おぉ…!流石ソ連さん…!釣り沢山してらっしゃるだけある…!」
ソ連さんが釣り名人の様に言ったので私は思わず控えめに拍手を送ったが、ソ連さんはすぐに照れたように言った。
「…まぁ、漁師のおっちゃんから聞いただけなんだけどよ」
ずっこけそうになった。
「とりあえず、竿下ろしてみようぜ。
なんかは絶対釣れるから」
「は、はい…!」
ロシアさんに手取り足取り教えてもらいつつ、なんとか釣り針に餌をかける。
ロシアさんが横で驚いたように私を見た。
「お前手際良いな…もしかして家で餌かける練習でもしたか?」
「全くしてませんよ?ロシアさんの教え方が上手いだけですって」
「そ、そうか…」
先日行った釣具屋の店員にも似たようなことを言われたな、と軽くデジャブしつつ、釣り針を海へと投擲した。
「ふふ、釣り初めて一番最初の魚…何が釣れるんでしょうか」
「楽しみだな」
ソ連さんも下りて来て、釣り針を垂らしていた。
そうして、待つこと数分。
急激に私の釣り竿がしなった。
「お、かかった!!」
「早くないですか!?」
「だから言ったろ、このあたりはよく釣れるんだって!」
私が慌てて釣竿を持つと、引く感覚の練習としてロシアさんの手が上からかぶさるように握った。
リールを巻きつつ、二人がかりで魚を海面へとひっぱりあげる。
かなり大きめな魚影が見えて、その瞬間船内が湧き立った。
「日本お前っ…釣り初めてだっていうのに一番最初でこの大きさはすげぇぞ!!」
「逆に初心者には厳しいんですけど!?」
魚の勢いに負けそうになりつつも、なんとか耐えていると横からソ連さんが大きな網を持ってきた。
それですくいあげると、現れたのは━━━…
「おお、マスだ!!」
「おおー!!」
かなり大きめのマス。
陽に照らされて体がつやつやと輝き、『これを私が釣ったんだ』…と思うと何とも言えない感慨深さが胸いっぱいに広がる。
これが、釣りか…
「…ロシアさん、ソ連さん…」
「ん?どうした日本?」
釣れたばかりのマスを早速血抜きしてくれているソ連さんと、自分の竿を見ていたロシアさんに私は話しかけた。
「…釣りって」
「釣りって楽しいですね!!」
笑顔でそう言うと、二人はしばらく固まった後━━━…
「だろっ!?」
と、眩しいまでの笑顔で言った。
それから数時間。
私が初めに釣れたのを契機に、次はロシアさん。見事なカレイが連れていました。
その次にソ連さん。これまた大きなホッケ!
そうして魚を釣り続け、小さいものは海へとリリースすることを繰り返していたら━━━…
いつの間にか、すっかり辺りは夕焼け空に包まれていた。
「…時間過ぎるの早いですねぇ…」
「ま、これが釣りの醍醐味なんだけどな。びっくりするぐらい夢中になれる」
「すごく楽しかったです」
二人に笑いかけると、良かった、と微笑んだ。
「…さて、時間も時間だしそろそろ帰るか。丁度戻れば江戸さんが迎えに来る頃合いだろうし、あれだったらこのまま市場に寄って夜ご飯食うのもアリだな」
「おーっ、賛成ー!」
ソ連さんの提案にロシアさんがわーっと興奮していた。
…本当に魚が好きなんだなぁ…
「じゃ、船動かすぞ。揺れるから気を付けろ」
声を掛けられたので、私は壁へとつかまった。
そのタイミングで船はゆっくりと動き出し、潮風が頬を撫でて行った。
帰るまでの十数分間。
海の上に居られるのもあともう少しだと思うと、なぜか無性に寂しくなった。
名残惜しくて、私はただ夕暮れを眺めていた。
『…お前は本当に海が好きだな』
『当たり前だろう、==。私は誇り高き====なのだから━━━…』
ふと、脳裏に誰とも見当のつかない声が二人分響く。
それは、ロシアさんの物でも、ソ連さんの物でもない。
聞いたことのない筈の声なのに、なぜか聴きなじみがあった。
(…あれ、私…)
(この夕焼け、どこかで━━━…)
オレンジ色に染まった空。
これを、私はどこかで見たような気がする。
海の上で、誰か、もう一人と一緒に。
竿を垂らしながら、潮風にたびたび帽子が飛ばされそうになりながらも笑って会話をしていた。
「…あ…………」
眩しいほどの、夕焼け。
記憶の中の人物が、私に笑いかけた。
『お前は本当に海が好きだな━━━…』
『海』
記憶の中。
カーキ色の軍服を来た、自分とよく似た顔立ちの人物が、確かにそう言った。
その人物に、私は見覚えがあった。
『当たり前だろう━━━…』
『陸』
私は確かに、その名を誰から教わるでもなく知っていた。
夕空を見ながら、涙がぼろりと落ちた。
『陸』
何度も何度も、その名が頭の中に反響する。
陸はさっき、私の事をなんと呼んだ?
記憶の中の、私━━━…いや、“俺”の名は一体━━━…
涙は夕日が沈むにつれていつの間にか止んだ。
それに伴って、記憶の中のカーキ色の軍服を着た人物の名も薄れた。
今自分が覚えているのは、『ただ誰かと一緒に船の上から夕焼けを見たこと』だけだった。
「…日本?着いたぞ…大丈夫か?」
「あ、ロシアさん…いえ、大丈夫です。すぐ上がりますね」
岸から覗き込むようにロシアさんが問いかけてきた。
私は慌てて、船から岸へと上がった。
どことなく気持ちが船の方へと引っ張られているような気がしたが、振り払って岸の奥へと進む。
アスファルトを踏んだタイミングで、「おーい」と声が小さく聞こえた。
「あ、父上―!!」
私たちを呼んでいたのは、父上だった。
父上はこちらへ走ってくると、安心したように微笑んだ。
「おかえり、日本。船上釣りは楽しかったか?」
「えぇ、すっごく楽しかったです!」
「そうか、なら良かった!」
江戸さんも心底嬉しそうに笑ってくれた。
「ただいま、親父」
「おかえり、ソ連、ロシア。釣りは楽しかったか?」
「嗚呼。日本の手際が良くてコツとかほぼ教えなくてもめっちゃ釣っててビビった」
「はは、そいつはびっくりだな」
私たち日本家が話している横で、露家もおかえりと言い合っていた。
そして、その挨拶にお互い一区切りがついたところでソ連さんがにぎわっている方向へと指を指した。
「んじゃ、こっから帰るのも時間かかるわけだし…夕飯食っていこうか」
「よっしゃ、ここの海鮮死ぬほど美味いんだよな」
「行こうぜ、日本、江戸さん」
ロシアさんが振り返って、そう言った。
私は、思い切り頷き━━━…
ロシアさんたちに追いつくために、走った。
目の前で、息子が美味しそうに海鮮カレーを頬張っていた。
その光景を見ながら、私は少し前に日帝と酒を酌み交わした時のことを思い出していた。
縁側に二人で座り、日本酒を飲むだけ。
月がやけに綺麗だったのを覚えている。
珍しく、日帝から話が切り出された。
『…父上、一つ聞きたいことがあるのです』
『日帝が私に聞きたいことなど珍しい。なんだ?』
問いかけると、日帝は真剣な表情で私を見た。
『日本と、にゃぽんのこと。父上はどう思っていますか』
『…どう、とは?』
首を傾けると、日帝は綺麗な姿勢をさらに正した。
『…そのままの、意味で…日本とにゃぽんは、父上にとってどんな存在なのだろうと思いまして』
『なんだ、そのようなことか。…大切な息子と娘、だと思っているが』
『そうですか…』
日帝は顔を俯けた。
今日の日帝は、きっとあの二人に思うことがあるのだろう。
『急にそんなことを聞いて、一体どうしたんだ日帝』
『…最近、あの二人を見ていると思い出すのです』
『…誰をだ?』
そう問うてしまった自分を、発言した後に後悔した。
誰を、なんぞ考えなくともわかることだというのに。
日帝は苦しそうに声を発した。
『…死んだ、海と空の事を…です』
そこで私は、激しく悔やんだ。
なぜ、日帝にその名を思い出させてしまったのかと。
先の大戦で弟を二人とも亡くし、独りになってしまった日帝にその名は重いのだと、わかっていたはずなのに。
(…息子にこんな顔をさせてしまって、私は親失格だな)
自嘲の笑みすら浮かばなかった。
でも、日帝は私の思いなど知らず淡々と話して行った。
『日本が海に、にゃぽんが空に見えるときがあるのです。
二人が並んで、私を振り返って『日帝さん』と呼ぶ声が、本当に、海と空にそっくりで…
あの二人は死んで、今目の前に居るのは日本とにゃぽんだということはしっかりとわかっていたはずなんです。なのに、どうしても、重なっ、て…』
珍しく、日帝が涙声になっていった。
私は思わず、日帝の体を抱きしめた。
辛い思いを一人で抱え込んできた日帝を見て、自分がふがいなく思えた。
何のために私が居たのだと、激しく悔やんだ。
『…昔、海へと行ったのを父上は覚えていますか?』
『…嗚呼、勿論…』
日帝が私の体にうずまりながら、話した。
『その時、私は日本を呼ぼうとして声を張り上げたのです。
でも、その瞬間、日本が海に見えて━━━…
思わず、海、と呼んでしまったのです』
日帝が顔をくしゃりとゆがめて、笑った。
『そうしたら、どうだったと思いますか?
…日本が、振り返ったんですよ。
日本、じゃなくて、海、と呼んだのに』
私は、ひゅ、と声が出た。
『それもあって、もしかしてと思って、今度はにゃぽんに向けて…
空、と呼んだのです。
案の定、にゃぽんも返事をして振り返りました』
日帝が、とうとうボロリと涙を流した。
それを拭うために、日帝は俯いた。
袖で必死に、涙を拭いながらも喋っていた。
『そこで、私、もう確信したのです。
日本とにゃぽんは、海と空の生まれ変わりだと』
『…私も、薄々それは思っていた』
なんとなく、私も日本とにゃぽんにあの二人の面影が見えるときがあった。
『でも、そう思ったのはその海に行った時だけだったのです。
だから、きっと気のせいだったのだろうと思ったのですが…
あいつらが長ずるにつれて、どんどん海や空と重なる頻度が増えてきたのです』
『…それはつらいだろう』
『とても、とてもつらいです。
忘れようと思っても、海の大人びた表情とか、空の無邪気な笑顔が…見えて、しまって…!!』
…そこから、日帝は泣いた。
珍しく、子供の様に声をあげて泣いた。
弟たちを失い、独りになってしまうという経験は、あの頃まだ若かった日帝には重すぎる出来事だった。
心に大きな傷を残し、埋まらない孤独。
それと、日帝はずっとずっと戦ってきたのだ。
私はそんな日帝からひとときも離れず、泣き止むまでずっと傍に居た。
(…懐かしい)
カレーを食べながら、懐かしさに浸っていた。
私は、試しに昔の日帝の様に日本を『海』と呼んでみようか、と思った。
けれど、辞めた。
海は死んだ。
今、この世界を生きているのは、『日本』だ。
もう居ない人間の事を懐かしむよりも、きっと今を生きている人間の事を思う方がずっとずっと大事だ。
それに、海のあの性格からすれば死んだ人間の事をずっと引きずっているなど知ったら大変に怒るだろう。
だから私は言わぬことにした。
『日本』の人生を尊重してやることが、
親として、私が出来る最善の事だろうと思ったから。
Fin.
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大好きだわ最後の方泣きそうになって話覚えてない 船乗ってるシーンの時に思ったロシア 北方領土返せよってね素晴らしい作品なのにごめんなさいほんまに 江戸さん生きてた!生きてたぁ嬉しすぎて泣いた ありがとう
過去1番になるほどこの話好きになりました…ありがとうございます