注意!!
・アメ日帝です!!
・第二次世界大戦後、現代が時代軸。
・R-18はありません。
・原爆表現有ります。
・いつも以上に文章が乱雑でえらいことになってます。
・2万文字とかっていう阿呆みたいな文字数書いてるので長文苦手な人は辞めておくことをお勧めします。
・何週間もかけて書いているので支離滅裂な部分があったらごめんなさい。
地雷さんはご自衛ください。
では本編Go。
…ここは、どこだろうか。
なんだか目が覚めるのが本当に久しぶりな気がする。
…嗚呼、あいつらに会いたい。
星条旗を前に散っていった、あいつらに…
でも、あいつらに会うための手段がわからない。
……嗚呼、丁度良い奴が居るじゃないか。
きっと、こいつなら━━━…
それは唐突だった。
いつも通り適当に街をふらふらとし、お気に入りのファストフード店でご飯を食べていた。
なんでもない、日常の一コマ。
ゆるりと流れる時間に揺蕩っていた俺…アメリカは、ふとカウンター席の横を見て思い切りジュースを吹き出しそうになった。
「ん゛ッ!?!?」
その衝撃でジュースが喉の変なところへと入って思い切りむせる。
でも、それでも横に居た人物に驚きを隠しきれなくて、むせそうになるのを押さえて声を絞り出した。
「に…日帝…?」
見覚えのあるカーキ色の軍服と、同色の日よけ付きの軍帽。
旭日旗があしらわれた端正な顔立ち、何事にも興味がなさそうにどこかに向けられている大きな赤い瞳。
それは、俺が第二次世界大戦中に敵として戦っていた…大日本帝国そのものだった。
名を呼ぶと、日帝はちらりとこちらを見ただけで何も言わずすぐに視線を前に向けた。
「幻覚…か?」
何度目をこすってみても、日帝は俺の隣の席に座っている。
(…なんで、ここに…だって、こいつは…)
『第二次世界大戦終わりに、死んだ筈じゃないか』
…今から、79年前。
こいつは、俺が落とした原子爆弾をモロに食らった。
全身が激しいやけどに覆われ、けれど決して死ぬる事のない自身の体を呪うように呻いて、悶え続けていた。
そして、降伏したその日には大日本帝国としての務めを果たす必要も無くなり、息を引き取ったのだ。
なのに、なぜ…
なぜいきなり、俺の目の前に現れたのだ。
「…俺はもう行くけど、オマエ…これからどうするんだ?」
日帝は死んだ。だから目の前に居るこいつが幽霊とか…そういう類なのは間違いない。
けれど問うても、日帝は一切の反応を見せなかった。
カウンターに頬杖をつき、視線を遠くへと投げかけているだけだ。
俺はため息をついて、カウンター席を立った。
「…じゃあ俺行くわ」
一切の反応を示さない日帝を置いて、そのまま振り返らずにファストフート店を出る。
でも、一瞬だけ向けられた日帝の、目。
その瞳の奥に揺らめいていた孤独の色が、頭から離れなかった。
「…なんでついてきてんだよ…」
帰り道。
後ろを振り返れば、そこには静かに歩く日帝の姿があった。
立ち止まって日帝の方へと近づけば、日帝は何の感情もこもらない目で俺を見上げた。
「…恨んでるか、俺を。だから化けて出てきたってことかよ」
日帝は、首を縦にも横にも振らなかった。
ただ俺を、静かに見つめていた。
「…そうかよ、じゃあ好きにしろ」
そう言って俺はまた帰路につく。
たまに振り返ると、しっかりと俺の後ろを日帝はついてきていた。
着かず離れず、1メートルほど距離を空けて。
さわさわと風の音が通り過ぎる。
暑い、8月の風。
見上げれば、入道雲。
戦争が終わってから、もう79年も経つのだ。
「……………」
79年の節目。
こいつは、もしや本当に俺を呪うためにこうして現世に出てきたのかもしれない。
家に帰ると、もう既にキッチンに俺の弟━━━…カナダが立っていた。
「I’m home、カナダ」
「Welcome back、兄貴。もうじきご飯出来るよ、手洗った?」
「嗚呼、洗ったぞ」
カーディガンを見事に着こなして調理台に立つカナダの姿は、この場には居ないイギリスとやけにそっくりだ。
カナダとイギリスの目の色が一緒なのもそう見える原因だろう。
ぼんやりと思考が巡り、けれどもすぐにその思考は消え去ったので、半ば諦めた感情で後ろを振り返った。
「……」
予想通り、やっぱりそこには日帝が居た。
ぼんやりとどこかを見つめ、無表情を貫き通している日本軍人の姿。
(…まじでこいつ、何が目的なんだ…?)
今まで日帝はずっと俺の後を着いて来た。
けれども、こいつは何を話すでもなく、行動するでもなく。
ただ俺の後を着いてきているだけだった。
(一体…なんで俺に……)
第二次世界大戦時の敵。
わざわざ俺に、着いて来た理由なんて思い当たるわけもなかった。
「………き…………にき…」
「兄貴ってば!!」
「んあ!?」
考えにふけっていたとき、カナダの呼ぶ声で意識が引っ張り上げられた。
無意識のうちに俺は食卓に座っていて、目の前に机には夕食が並べられていた。
見上げると、カナダが呆れたように俺を見ていた。
「急に反応しなくならないでよ、兄貴…びっくりするじゃんか」
「す、すまん…カナダ」
腕を組んで立っているカナダに頭を下げると、カナダはため息をついた。
そして、俺の向かいの椅子に座る。
「…まぁ良いんだけどさ。さっさと食べよっか、今日は親父、家で食べるって言ってたし」
「嗚呼…」
そして、黙々と夕食が始まる。
俺だっていつもはしゃいでいるわけじゃない。
考え事がある日とか、疲れてる日はずっと黙っている。
日帝は、やっぱり俺の隣の席に座って興味なさそうにどこかを見ていた。
夕食後。
風呂にも入り終わり、俺が自室へと入るとそこにはもう既に日帝が居た。
軍服のまま窓辺に立ち、ぼんやりと月を眺めている様子だった。
「…なぁ、日帝…お前、まじでどうして敵の俺の元に来たんだよ。イタリアとかドイツとか…その辺に憑けば良かったじゃないか。枢軸国の息子たちだぞ?」
そう言っても、日帝はちらりと視線を寄越しただけで何も言わなかった。
(…まただんまりか)
意図して話さないのか、はたまた話しているが俺には声が届かないのか…さっぱりわからないから困りものだ。
日帝が月を見上げたまま動かないので、俺は部屋に備え付けてあるポットでお湯を沸かしてコーヒーを淹れた。
飲むかはわからないが、日帝の分も淹れる。
ソーサーを2つ置くと、静かな部屋にカチャンと音がやけに響いた。
「…今日は月が綺麗だなぁ」
空を見上げ思わず呟くと、日帝がほんの僅かばかり目を見開いた。
…どうやら、俺の声は一応あちらに届いてはいるらしい。
「…あのさ、飲めるのかは知らねぇけどお前の分もコーヒー淹れたから。飲むんだったら飲んでそのまま置いといてくれ。明日片付けるから」
日帝は否定も肯定もしなかった。
一切の反応を見せず、開いた窓から景色を眺めているようだった。
俺は月を眺めるフリをしながら、そんな日帝の横顔を眺めていた。
(…まじでこいつ、綺麗な顔してるよなぁ…)
思わず見とれてしまう程美しいフェイスライン。
長いまつ毛が大きな目を縁取り、日帝の意志の強さをはっきりと映し出す赤い瞳がどこか遠くをまっすぐに見据えている。
バランスの取れた長い手足、すらりとした長身。
旭日旗の模様は他の人物がやっていればかなり派手な印象を与えるが、日帝の顔とならば端正に整った顔と上手い具合に嚙み合って絶妙な雰囲気に仕上がるのが不思議で仕方がなかった。
そうして眺めていた時、日帝がふとこちらを見た。見つめすぎたか。
「………」
日帝はほんの少し不満そうな表情をしていた。
「………んあ…?」
目を開けると、見慣れた天井が視界いっぱいに広がる。
(あれ…俺、ベッドで寝たっけ……)
昨日の夜の事がぼんやりと脳裏に映る。
確か、昨日は日帝が急に目の前に現れて…
そうだ、夜に月を見ていたのだ。
(日帝は━━━…)
視線を横にずらすと、そこには日帝が居た。
どうやら、やっぱり昨日の事は夢…ではないらしい。
記憶通りのカーキ色の軍服を身に纏い、つまらなさそうにどこかを見ていた。
「…おはよ、日帝」
そう言っても、日帝はちらりとこちらを見ただけで反応を示さなかった。
昨日と同じ感じみたいだ。
のそりと布団から起き上がると、背中がバキバキと鳴ってちょっと怖かった。
流石にもう年か…?いや、4000年生きてる中国とか、2000年生きてる日本とかが生きてるから俺はまだ若者の部類か…
「あー…眠ぃ…」
ごしごしと目をこすると、嫌でも目が覚めてくる。
思い切り伸びをしてからベッドを下りた。
スマートフォンを手に取ると、そのタイミングでぴこんと音が鳴った。
内容を見ると、日本からのメール。
「…あ、今日…あの日だったか…」
カレンダーを見上げる。
今日は8月15日。
(早めに準備して行かないとなぁ…)
そう思ってクローゼットを開けたタイミングで、俺は日帝を振り返った。
「…そうだ、日帝も来るか?
今日、ちょっと外行くんだけどさ。お前が良ければ一緒に来いよ」
窓際に座る日帝に笑いかけながらそう問う。
日帝が、かすかに頷いたような気がした。
リビングへと行くと、もう既にカナダの姿は無かった。
しぃんとしたリビングで、俺は朝食の菓子パンを取って机に座る。
スマホを取り出し、Twitterを開いたところでコトリと音がした。
「…?」
スマホを置いて音の鳴った方を見ると、そこには見覚えのあるマグカップが一つ。
昨日の夜日帝に淹れた、コーヒーのマグカップだった。
「…これ…日帝に淹れたやつ…」
中身を見るとコーヒーの茶色だけが側面について、肝心の中身は空っぽだった。
昨日はどこに行っても現れていた日帝の姿が、その時だけはどこにもなかった。
朝食を食べ終え、外に出るとからりと晴れ渡った空がまず視界に入った。
「うぉ、今日も晴れてんな―…」
気持ち悪くなるくらい晴れ渡った空。
こういう日は、あの日を思い出すから嫌いだ。
「…」
後ろを振り返れば、日帝が無表情で立っていた。
体の所々から後ろが透けて見えるので、日帝はこの世のものじゃないと嫌程わかる。
でも、昨日から気づいたことだが日帝は俺の後を着いてくるだけで特に何もしてこない。
だから、ひたすらに目的地に向かって歩き続けた。
そうして歩き続け、10分が経った頃。
俺はふと立ち止まり、日帝の方を見ずに言葉を発した。
「お前さ、俺を恨んでるんだろ?
……お前の家族を殺した、俺を」
日帝には、たった二人だけの家族が居た。
長男の、大日本帝国海軍。
末っ子の、大日本帝国特攻隊。
その二人は、あの大戦で死んだ。
海は、アメリカ軍との戦いで沈んだ空母に乗っていた。
最期まで命を賭して戦ったらしいが、儚くも海戦で大日本帝国の勝利は叶わず海中へと溶けて消えて行った。
海の最期は、俺も見た。
悔しそうに、けれど責務は全うしたと言わんばかりに微笑んだまま沈んでいった。
空は、アメリカ軍空母に特攻した。
軍部には強く止められたらしいが、『まず俺が行かなきゃ特攻隊の人らに示しが付かないでしょ?』と言って、真っ先に特攻したらしい。そうして、特攻が一体どういう物かを見せつけるように見事にアメリカ軍空母に体当たりし…桜花と名付けられた特攻機と共にその命を散らした。
でも、いくら敵空母や戦艦を沈めようと死んだことには変わりないのだ。
だから、きっと日帝は…
あの二人の命日が近いこの日に、俺に罪の重さを体感してもらうために現れたんだろう。
「…日帝。お前がわざわざ俺の所に現れなくても、もう十分知ってるよ。
俺の負った、罪の重さなんてもんは…」
原爆が落ち、敗戦直後の日本を訪ねたことがあった。
原爆症に苦しみ、今にもあちら側へと渡ってしまいそうな人も居るというのに医者は誰一人として居ない。
皮膚が溶け、だらりと垂れ下がった皮膚を支えるために手を前にあげて歩く人々を見て、俺はひどく衝撃を受けた。
アメリカ軍部が開発した焼夷弾の威力は知っていた。
けれど、まさか原子爆弾が焼夷弾と比にならないほどの被害を生むとは思ってもみなかった。
ある時、独りぼっちで道の真ん中で突っ立っていた、家族を全員失ったらしい少年を俺を護衛するアメリカ兵が突き飛ばした。その少年の着ていたシャツは、元々はまばゆいまでに白かったのだろうがそれも灰か何かで汚れ、首元から覗く体にはくっきりとあばら骨が浮いていた。腕も足もひどく細く、骨と皮…なんて言葉がピッタリの姿。
名も知らぬ少年は、戦時中の物資不足でくぼんでしまった目で俺を見ていた。
罵倒するでもなく、家族を返せとわめくわけでもなく、ただただ俺を見ていた少年の姿は未だに忘れられない。
未だにそれが、俺の心にくっきりと深い傷を残しているのだ。
「…わかってるんだ。
だから、俺は…NATOとか、国連とか…創立して…」
平和を目指しているんだ、…なんて言葉が続きそうになった。
きっと、日帝は俺のこんな言葉に決して納得しない。
『民間人を虐殺したお前が何を』、ときっと言われる。
だから、平和なんて言葉を俺は軽々しく口にできないのだ。
俺は振り返った。
道の向こうが透ける体で、日帝は俺を見ていた。
相変わらず、何を考えているのかわからない視線。
「…すまんな、日帝」
思わずそんな言葉が考える間もなく零れていた。
日帝は死で罪を償った。
なら、今も生きてここに居る俺はどうやって罪を償えば良いのか。
…それが俺には、わからなかった。
俺から一定の距離を空け日帝が付いてきているこの状況に俺はもうすっかり慣れてしまった。
別に変に視線を感じるということも無く、たまに自然に後ろを見ると日帝はぼんやりと辺りを見回しながら歩いていた。何となく、日帝なりに散歩を楽しんでいるのだろうと感じた。
そうしてしばらく歩いていた頃。
「…あれ、アメリカ?」
ふと、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこに居たのは緑と白と赤の模様が目立つ人物。
赤いスカーフを首元に巻き、黒いシャツに白い半ズボンを合わせた少年然とした出で立ちは、俺が3日に1回は目にするもの。
俺は無意識に緊張していた体のこわばりが取れ、思わず柔らかく笑顔が浮かんだ。
「…嗚呼、イタリアか」
「Ciao、アメリカ!奇遇なんね!」
イタリアは夏の暑さにも負けないような笑顔を向けた。
『~なんね』という特徴的な語尾は、確かイタリアの父親に当たるイタリア王国からずっと継承されてきたものの様な覚えがある。
俺も挨拶を返しながら、イタリアの持っているバケツや雑巾といった掃除道具が目に付いた。
道具たちを指さしながら、俺は尋ねた。
「イタリア、これからどこか行くのか?」
そう聞くと、イタリアはほんの少しだけ表情を曇らせた。
ううん、と首を振って、笑いながらイタリアは答えた。
「ううん、今は帰りなんね。父上の大親友の方の命日で…お墓参りに」
「日帝…か」
「…うん」
イタ王と同盟を結んでいた、ナチス・ドイツ。それに、今俺の後ろで背後霊の様になっている、日帝。
この3人は枢軸の主格であり、特に強い国々であった。
そして、一番仲の良い国々同士でもあった。
日帝はイタ王がまだ生きている頃に死んだので、イタ王は日帝の墓参りか何かに行っていたのだろう。
そして、それを見て育ったイタリアがイタ王の死んだ後に墓参りを引き継いでいっている…ってことだと思う。
一人勝手に納得したところで、イタリアが首を傾げた。
「…ioは、まぁ、そんなところで…アメリカは一体どうしたんね?こんな暑いのに」
「…俺も、同じ感じなんだよ。
俺の場合は、今から行くんだけどな」
後ろで日帝が目を見開いたような気がした。
でもおそらくイタリアは見えていないのだろう。俺の言葉を聞いて笑った。
「んじゃ、早く行ってあげてほしいんね。きっと日帝さん、喜ぶから」
「えぇ…俺が行っても喜ぶのか…?」
「そりゃあ勿論。だって、前に日帝さん……」
イタリアがそこまで言って、目を大きく見開いて固まった。
突然のその行動に俺もびっくりした。
けれど、一番驚いていそうだったのはイタリアだった。
「い…イタリア…?
一体どうしたんだよ…?」
「………」
イタリアは、ゆっくりと全身から力を抜いていく。
そして、何の前ぶりも無く俺の後ろの空間をじっと見つめた。
イタリアの視線のその先には、一体どういうことだろうか。
体の透けている、日帝が立っていた。
「…ねぇ、アメリカ」
「どうした…?」
イタリアはふと微笑んだ。
「そこに、日帝さんが居る?」
心臓がドクリと大きく音を鳴らした。
ドクン、ドクン、と、全身で心臓の鼓動がわかるほどに心臓が動いていた。
━━━…まさか。
「…お前、見えて…」
「…まさか。ioには残念ながら見えないけどね。
何となくそこに居るんじゃないかなぁって思っただけ。アメリカもさっきから後ろチラチラ気にしてたし」
「えっ、うっそだろっ!?」
淡い期待を抱いて質問したものの、イタリアが笑いながら返してきた言葉で俺がカウンターを食らった。
イタリアと会ってから日帝の方は極力見ない様にしていたのに…イタリアは芸術事が得意だから観察眼が鋭いのを忘れていた。
イタリアはしばらく笑っていたが、ふとその目を伏せた。
「…あのね、アメリカ。日本だと、今ってどんな時期になるか知ってる?」
「…?どういう意味だ?」
「そのままの意味。日本において今は、とある時期になってるんだよ」
「ええ…?すまん、わからん!!日本の伝統文化とかだったら、俺全然知らねぇし…」
わからないことの悔しさから俺は頭をかいた。
イタリアはふわりと微笑んだ。
「じゃあ、答え合わせ。
今、日本はお盆の時期なんだよ」
「…お盆…」
…そういえば、日本はこの時期会議が入ろうが何があろうが決して仕事に行っていなかった。
国連に一度聞いてみたことがあるが、『日本さんはお盆なのでこの休みは合法ですよ』とさらりとかわされた。
でも、お盆だからなんだというのだろう。
「お盆はね、日本だと『ご先祖の霊が帰ってくる時期』…らしくてね。
今までは、日本…あいつ中々周囲の環境的に御焚き上げが難しくてできてなかったらしいんだけど、こないだ引っ越した―って言ってたから御焚き上げしたんだって。
…多分それで、日帝さんが帰ってきたんだろうなぁって思ってさ」
「…なる、ほど」
御焚き上げ…先祖を迎え入れるための、火。
それを日本は今年は焚いた。だから、日帝が現れた?
「…じゃあ、なんで日帝は日本の所じゃなくて俺の所に来たんだ?」
イタリアに問うと、笑って首を振られた。
「そんなの聞いても、ioにわかるとでも思った?
残念だけど、ioは日帝さんとずっと一緒に居たわけでもないし、そもそも会ったことすらないんね。
…まぁ、その答えは、多分…」
「そこに居る、日帝さんが一番よくわかってるんね。
きっと、教えてくれる筈だよ」
イタリアと別れ、しばらく歩いていくと墓地が見えてきた。
前に日本から教えてもらった時だと、確か大きな樹の真下に墓があった筈━━━…
「…嗚呼、あれか」
ひときわ目立つ大きな樹。
その下に、日本家と彫られた墓がある筈━━━…だったのだが。
「…あれ?」
俺が早歩きで辿りついた墓を見ると、誰か知らない家の墓が建っていた。
「あれ、確か、ここだった筈じゃ…」
俺はふと、日帝の存在を思い出して振り返った。
日帝は墓を見つめたまま、大きく目を見開いて固まっていた。
「…やっぱり、ここ…だったよな、日帝のお墓って…」
前に来たのは、確か4年程前。
4年前からあのウイルスが流行り出し、日本に渡航できない日々が続いていたから墓参りはその期間中は出来ていなかった。
けれど、たかが4年。
その間に墓が丸々一つ消えるなど、ありえない。
俺は慌てて携帯を取り出し、LINEの履歴を表示する。
やはり、日本との会話では数年前、この墓地のこの木の下に墓があると記されている。
LINEを閉じ、日本に電話を掛けた。
通話ボタンを押し、2回、3回と流れるコール音。
(…ッ、出てくれ日本…!!)
俺は祈るように携帯を握った。
手汗で滑りそうになるのも、全部まとめて握り続ける。
この墓参りは、明日とかじゃ意味がない。
今日じゃないと、意味が無いのだ。
俺は、日本が出るまで辛抱強く待ち続けた。
今まで気にならなかったセミの音が、今はすごくうるさい。
気持ち悪い冷や汗が背中を伝う。
1分ほど待ったのちにコール音は止み、世界一聞いた声が電話越しに聞こえてきた。
『ふぁーい…日本れす……あめぃかさん…?どうしたんですか、こんな朝早くから…』
完璧に呂律が回っていない。
電話に出た日本の声はやけに眠たげで、おそらく先程まで寝ていたのだろう。
もしかしたらこの電話は日本にとってモーニングコールの様になってしまったのかもしれないと思ったが、申し訳ないが今は日本の事を考えている余裕はないのだ。
俺は早口で一気にまくし立てた。
「すまんっ、日本ッ…今日帝の墓参りに来てるんだけどよ、日帝の墓ってあの墓地のデッカイ木の真下じゃなかったか!?LINEの履歴とか見てもそう書いてるんだが、実物が無くて…」
『えー…?……嗚呼、そうだ、コロナでアメリカさんが来なかったから伝え忘れてましたぁ…』
電話の向こうであくびをしているらしく、ふわぁ、と漫画の様な声が聞こえる。
じれったくなって、俺は尋ねた。
「い、今、日帝の墓ってどこにあるんだ!?」
『エーットですねぇ…この間移設いたしまして…父上の日記に書いてあった、ご兄弟さんとの思い出の場所に移設しました。でもそれ、地図に載ってなくて…お墓の移設もかなり時間がかかりましたし、だいぶお金もかさんじゃいましたが』
「兄弟との思い出の場所…?」
『はい。…私が案内できる状態であればよかったんですけど、私体調崩しちゃってて…2日程時間を頂ければ一緒に行けると思うのですが』
「2日……」
日帝の命日の墓参りは、今日でないと意味がない。
けれど、地図も無ければ唯一場所を知っているであろう日本が体調を崩してダウンしているならば、俺に行く手段は無い。
「そう…か、じゃあ、また一緒に…」
そう言いかけたとき、視界の端で何かが動いた。
カーキ色の軍服。日よけの布を揺らして、どこかへと走り出したのだ。
「ッ、日帝ッ!?」
『え゛ッ!?』
電話の向こうで日本が驚く声が聞こえた。
でも俺は構わず電話を切ってしまった。
「日帝ッ、待ってくれ!!」
携帯を乱雑にポケットに突っ込み、俺は日帝の姿を追いかけ始めた。
「なぁっ、おいっ、日帝ってば!!
どこ行くんだよ…!!」
日帝はどんどんと先を進み、ひたすらにどこかを目指していた。
今までは俺の後ろを何も言わず着いて歩き、生前の意思の強さなど微塵も感じさせないような視線をどこかへと向け続けていたというのに、今は自分から行動を起こしてどこかへと向かっている。
待てと言っても待たない頑固さは、やっぱり変わっていなかったらしい。
日帝は歩いて━━━…というより、走ってどこかへと向かい、とうとう山を登り始めた。
山、と言っても小学生が上るような裏山に近いもので、緩やかな坂の続く道だ。
そこを日帝は歩き、俺も後ろをついて歩いた。
「…っは、はぁ…っ」
それでもこの暑さの中、坂道を上るのは簡単ではない。
一歩歩けば汗が首筋を伝い、木が多い茂っているため木の根でひたすらに足場が悪い。
でも、そんな中を日帝は一切躓いたりする様子もなく歩いていく。
先程からポケットの中でずっと携帯が鳴っている。
でも、俺は出なかった。
きっとここで出てしまえば、日帝は俺を置いて先程よりもずっとずっと速いスピードでどこかへと走り去ってしまうような気がしたからだ。
(…でも、本当に…いきなりどこに…)
疑問を抱きながら、しばらく歩いたころ。
ふわりと、木以外の香りが鼻先をかすめた。
(…何の匂いだ?)
そう疑問を抱いたその時、日帝は目の前で立ち止まった。
俺はその隣に立ち、今まで下を向いて歩いていた目線を前へと向けた。
「……海……」
真っ青な空。海。
水平線がまっすぐに見え、空のど真ん中を突き抜ける様に見えるほどの存在感を放つ大きな入道雲。
山を抜けた先の、絶景スポットだった。
「ここが、お前の目的地か?」
そう尋ねた。
日帝はやっぱり答えなかった。
ふと日帝が辺りに視線を向けると、とある方角で視線がぴたりと止まる。
俺も同じ方角に目を向けた。
「…ぁ」
思わず、声が漏れた。
視線の先に、あったのは━━━…
「…空」
体の向こうが透けている、空の姿だった。
空は石━━━…否、墓石の上にちょんと腰を掛けていた。
空はこちらに気づいた様子で、ひらひらと手を振る。
笑顔でいるだけで、声はわからない。やっぱり、声は俺に届くことは無いのだろうか。
『………』
俺の隣で、日帝が動いた。
ふらりとした足取りで、空の方へと近づく。
空は日帝の居る事に今気づいたのか、やけに驚いた顔をして━━━…
そして、にっこりと笑った。
“やっと会えたね”
そう言っていそうな表情で。
「日帝……」
思わず、そう呼んでしまった。
けれど、すぐに口をつぐむ。
きっと、この2人は本当に久しぶりの再会だろうから。
会話こそしていないように見えても、心底幸せそうなこの二人を…
邪魔できるやつが、どこにいるだろうか。
答えは、否。居るわけが無いのだ。
俺たちは元々敵だった。
陸とも空とも海とも殺し合いを何度も続けたし、最終的に全員を死に至らしめたのは…全部、全部俺だ。
それくらい平和を乱す日帝たちを憎んでいたし、早く死ねばいいと思っていた。
でも、生きていてほしかったと悔やんだのは、全部終わった後。
後悔しても遅いのだ。
だったら、今俺が日帝たちにできることは何か。
答えは簡単。
(…こいつらの時間を、邪魔しない事)
家族と会えたんだ。
俺ならもしも父さんとずっと離れ続けて会えなかったとして、俺はきっと父さんに会えた時誰にもその時間は邪魔してほしくない。それはきっと、日帝たちも同じこと。
そう思って、俺は引き返そうと振り返った。
そこへ、立ちふさがるように海が立っていた。
「…海」
何となく、空しかいなかったから予想はしていた。
海はしばらく俺の事をじっと見ていたが、すぐに横を通り過ぎて日帝の傍へと歩いて行った。
海が俺の隣を通り過ぎた瞬間、潮風が一瞬強く吹いて服の裾を揺らした。
思わず振り返れば、海も日帝との再会を喜んでいる様子。
(…死んでもなお、海を味方につけるか)
流石としか言いようがない。
伊達に海軍の化身として海を制し、日露戦争で当時最強と謳われていたロシアのバルチック艦隊を打ち破っただけの事はある。
だが、それゆえか…性格は日帝たち3人の中でも群を抜いて歪んでいた。
『たとえ貴様が死のうと俺がもう一度殺しに行く。
首を洗って待っていろ、鬼畜米帝が』
冷たい声で、そう言った海の言葉が蘇る。
けれど、家族と共に居る海の姿は…
ただの弟想いの長兄の顔をしていた。
数分間、俺は黙ったままそこへ居た。
なんだか帰る気にもなれなくて、日帝たちも帰れとは言わなかった。
だから、墓の掃除も兼ねて色々と花を替えたり水を入れたりと動いていた。
ピカピカになった墓石と周りの地面を見て、俺は腕で額の汗をぬぐった。
「っはー…終わった…」
流石の夏の暑さ。
いくら体力に自信のある俺といえど、やはりこの炎天下ではいつもの2倍は体力を持っていかれるスピードが速い。
(…疲れた…)
元々の予定はかなり狂ったが、結果的に全員分をまとめて墓参りできたから良しとしよう。
タオルをポケットから引っ張り出して汗を拭い、ふと日帝たちの存在を思い出して顔を上げた。
「…ぁ」
俺が顔を上げた、すぐ目の前に3人そろって立っていた。
3人とも立ち方はそれぞれで、空は腕を後ろで組んでにこにこと笑っていた。
海は背筋をピンと伸ばして姿勢よく立ち━━━…
日帝は堂々と胸を張り、海や空の一歩前に出て立っていた。
『━━━……、…』
日帝が口を開いた。
けれど、声は届かなかった。
ただ意味のある形に口を開いただけだ。
でも、日帝は何かを伝えようとしている。
そんな気がして、俺は一歩日帝へと近づいた。
『━━━…ッ、………』
微かに何かが聞こえた。
俺は、またもう一歩、と近づいた。
きっと生前の日帝ならばこの距離に近づけば確実に嫌がって斬りかかってこようとしてくるほどの近い距離。
それでも、日帝は必死に俺に何かを伝えようとしていた。
それに応えたかった。
「日帝。
何を、俺に伝えたいんだ」
極力、優しい声音で問うことを意識して声を出した。
日帝は顔をまっすぐに上げ、俺の目をじっと見つめた。
意志の強い、大きな赤い瞳に俺の姿が映っていた。
『……きて………あ……と……』
うすらと、声が聞こえる。まるで、分厚いビニールの膜が俺たちの間を隔てているような気がした。
これが、生者と死者の違いなのだと気づくのには数秒もかからなかった。
日帝は一度咳払いをしていた。その声ですら、俺には薄くしか届かない。
けれど、日帝はもう一度大きく息を吸って、口を開いた。
『79年振りに、やっと会えた。
ここまで来れるきっかけをくれて、ありがとう』
今度は、はっきりと届いた。
79年振りに聞く、芯の通った透明なアルトの声が随分と懐かしく思えた。
ただ、その言葉で涙が零れそうになる。
「…お前、もしかして、俺にずっと憑いてたのって…まさか…」
日帝がこくりと頷き、笑顔を浮かべた。
戦時中、一切俺に笑顔を向けなかった日帝が、俺に笑いかけた。
それこそ━━━…枢軸の、本当に親しい人間にしか向けないような、満面の笑顔を。
(…嗚呼、そうか…俺は、てっきりこいつらは死んだからあの世で会っているんだろうと思ってたが━━━…)
(死んでも、79年間…今日が来るまで、ずっと会えてなかったのか)
思わず一歩、足を引きずるように前へと出た。
日帝も同じように近づいてきた。
そして、俺たちはすれ違った。
日帝が俺の体を通り抜けるとき。
日帝の過去の思い出の様な物が、一気に頭の中に駆け巡った。
『っ、退け、海ッ!!!!
本当に…本当に死ぬぞ!!』
そう叫ぶのは、俺━━━…ではなく、日帝。
船で海へと出て、ミッドウェー海戦へと臨んでいた海に無線を入れていた時だ。
確か、この状況の時はもう…アメリカ軍の勝ちは確実なものとされているほどに逼迫した状況。
おそらく、今俺は日帝のその記憶を日帝の体へと入り込んで追体験しているのだろう。
俺の体は指示をしていないのに、勝手に声が出た。
『今からでも退けば間に合う!!だから、戻って━━━…』
『良いんだよ陸!!!』
無線機の奥から、海の叫ぶ声が聞こえた。
『どうせ俺が逃げても他の海軍たちは捕虜になるか全員殺される!!
全員、海の藻屑になって、その命が誰にも覚えられることなく散っていくのならば…ッ』
『俺もこの戦艦と共に沈む』
日帝の体が、ヒュ、と息を吸い込んだ。
『…辞めろ、血迷うな、海。
今からでも退けば良いんだ。何度でもやり直せば、きっと勝てる!!』
『だが、ここで俺が逃げれば俺を信じてついてきてくれた海軍の皆に顔向けができない!!!』
そこで、海からの通信は一度だけしぃんと静まり返った。
『…それに、俺が生きていれば…
大日本帝国海軍は、ずっと連合国軍と闘い続ける。
もう、終わらせるべきなんだよ。この戦争は。
…どうせ、負け試合だ。早めに諦めて、民間人の命を守ることを最優先にすべきなんだよ』
静かな声で、海はそう告げた。
声の奥で、ひゅるる、と音がする。
アメリカ軍による、海の乗った船への正確な砲弾。
『…陸、お前は生きろ。
生きてこの国の最期を見届けろ。
…そして、最期に━━━…』
『戦争が終わり、我ら枢軸国が負けた後━━━…
もしもアメリカと会う機会があれば、戦争を終わらせてくれてありがとう…と。
そう、言ってくれないだろうか』
雑音が一気に入り、そのまま通信が途絶える。
海は、その瞬間に死んだ。
部下からの何の報告も無い。通信で、アメリカからの砲弾があったと言われたわけでもない。
ただ、兄弟だった日帝だから━━━…兄弟の死は、感じ取れない筈が無かったのだ。
日帝の体は、全身を震わせて、人生で一度も出したことのないような大声で叫んだ。
場面は変わり、その数週間後。
『では、征きます。今までありがとうございました、陸兄さん』
綺麗な敬礼をするのは、特攻機桜花に乗りこむ直前の空の姿だった。
『…今からでも、引き返せる。
特攻なんてやめて、今まで通り司令塔として動けば良いじゃないか』
『もー、兄さん。その言葉何回目?どういわれたって、もう僕決めたんだもん。アメリカの空母か戦艦に特攻するって』
空は屈託のない笑顔を浮かべた。
けれど、すぐに表情を引き締め直し、じっと日帝の目を見つめた。
『…ねぇ、日帝。最期にお願い』
空はふわりと微笑んだ。
これから死にに征くような人間の表情とは思えないほど、穏やかで朗らかな表情だった。
『…きっと、この戦争は僕たちが負ける。
前の日清・日露戦争で勝ち続けて、神風の吹く国だと言われても…英吉利や支那、ソ連…それに、亜米利加たちっていう、大国揃いの連合国に勝とうなんて無謀なんだよ。
いくら、今勢力のある独逸や伊太利亜と組んだところで、あんな大国たち相手に勝てるわけが無いんだよ』
どこか寂しそうな声音で、空は言った。
日帝の体は俺の意思に反して、首を振った。
『…ッ、そんなことはない。
資源が不足し、人員も全く足りない戦争であろうが━━━…絶対に、俺たちが勝つんだ。勝敗が出る前から負けるだなんて決めつけていたら、本当に負けてしまうだろう?…空なら、わかってくれるだろ…?』
それは縋るような気持でもあった。
けれど、空が首を軽く傾けて困ったように微笑んだ。
『…ごめんだけど、僕は…もう負けると思ってる。
だから、自分から死にに行くの。僕が生きてたら、そのうちもっと沢山の軍人たちが特攻しちゃって…無駄に命を散らしてしまうだろうから。そんなの、僕望んでない』
『まだ、まだ戦力は投入できる。きっと、国民たちも戦争の為なら命を賭して━━━…』
『そうやって無理強いさせるのは、僕はやだなぁ』
空は水の波紋のごとく、静かにそう言った。
死ぬ直前の海と目の前の空とが重なる。
『…あのね、陸。
僕が死んだらお願いがあるんだけど…』
『おーいっ、空さーん!!!そろそろ出発時間です!!!!』
『…っあー…時間来ちゃったか』
空がぽりぽりと頭をかいた。
そして、日帝を見上げて満面の笑みを浮かべる。
『ってことで、僕は征くよ。今までありがとうね、陸。』
身をひるがえし、すたすたと桜花へと進む空の姿。
そして、乗り込んだところで空が機体の外へと顔を出した。
『…陸。いつ終わるかはわかんないけど━━━…
いつか、戦争が終わったら。ありがとうって、アメリカたち連合国に伝えてくれないかな』
空は、静かな声でそう言った。
これから死にに行くようにはとても思えない。
しかし、機体はゆるゆると動き出した。
行くな、という声が、頭の中で反響している。でも、声は出なかった。
飛び立つ機体を最後まで見続け、南の空へと消えた頃━━━…
涙腺などとうの昔に錆びついた日帝の目から、涙が零れ落ちた。
日帝が俺の体をすり抜けたとき、そんな記憶が流れ込んできた。
流れ込んだ記憶は膨大だったが、すり抜ける一瞬の間に体験したまで。
だが、映画を丸々一本一気に見終えたかのような感覚が体を襲った。
「ッ、日帝!!!」
さっきの記憶を見て見ぬふりは出来なくて、俺は振り返った。
だが、もう日帝たちの姿は無かった。
風が吹き、木々が揺れる。
葉の合間合間から覗く太陽の光が、木々の揺れと合わせてゆらゆらと揺らめく。
今までは聞こえなかった波の音が、風向きが変わったのか耳に不意に届いた。
なぜか、その光景を見て
涙が一粒、地に吸い込まれていった。
「…そうなんですね、お盆の間にそんなことが…」
「…嗚呼」
ずず、と麦茶を飲む音が隣から聞こえる。
ジワジワと響くは、蝉の声。
俺は今、体調が回復した日本の家へと足を運び、縁側で氷の入った麦茶を飲んでいた。
「…“人やりの 道ならなくに おほかたは いきうしといひて いざ帰りなむ”」
…ふと、日本が言った。
俺はその意味を理解できなくて、首を傾げた。
「…?なんだそれ、日本の…Haiku…ってやつか?」
「ふふ、ええ…そうですね。ですがこれは俳句ではなく、短歌です」
日本は上品に微笑んだ。
「“赴任でも左遷でもなく自分のために行くのだから、こうして別れを惜しまれると、帰りたくなくなってしまう”…そういう意味です。この短歌、空さんが旅立つ2日前の日記に記してありました。詩集を読んでいて、この短歌が心に突き刺さったんだとか」
…南で桜花と共に散ったと言われる、空。
俺は初め、空は特攻して死んだと聞いた時、なんともまぁ狂った野郎だと思った。
自ら命を捨てるなんてヤバイやつだと。
…だが。
「…あいつも、本当は死にたくなかったんだな」
ぽつりと言葉が漏れ、日本が隣で笑った。
「それは、ねぇ…国の化身といえど、人間と同じような感情を持ってますから」
「そうだな…」
俺は上空に広がる真っ青な空を見上げた。
空が特攻し、自爆しても変わらずそこに在った、青空。
海がミッドウェー海戦で散り、日帝に最期の言葉を遺して死んだとき上に広がっていた、青空。
そして、日帝があの太陽よりも眩しい光を見た時も何ら変わらない姿を留めていた、青空。
「…なぁ、日本」
「なんでしょう、アメリカさん」
「俺、日本に言いたいことが…」
「アメリカさんが?…私で良ければお話、聞かせてくださいな」
まるで父親の様に包み込むような笑顔を前に、俺は胸の内にあった誰にも言ったことのない感情を…初めて、日本に吐露した。
「俺さ、どうすれば罪を償えるかわからないんだ。
日帝は死で罪を償った。戦争が終わった後も、日本家総出で頑張って罪を必死に償ってくれただろう?
…だけど、俺は…俺は、どうすれば罪を償えるかわからないんだよ。まだ生きてこうして地球の上に立っている以上、死ぬだなんて許されない。だけど、俺は…日帝と同じく、いや、それ以上に人を殺した。なのに裁かれもせずのうのうと生きてるのは…なんだか、違うような気がするんだよ」
俺は一気に話した。
日本は口を挟まず、こくりと頷きながら真剣に話を聞いてくれた。
「…アメリカさん、そんなことを…」
「……失望したか?」
「いいえ、全く」
日本は首を振った。
「ねぇ、アメリカさん。
きっと、日帝さんたちはアメリカさんに罪を償ってほしいなんて思ってないと思いますよ」
「…は?」
日本が何でもないような顔で言うので、俺は思わず素の声が出た。
その横で、日本は一冊の古い本を取り出した。
やけに古びていて、随分使い込んだことがわかる本だった。
「これ、日帝さんの日記です。
このページ読んでみてください」
「良いのか?」
「ええ、勿論」
日本が頷いたので、ほんの少しの後ろめたさも感じつつ俺はページに目を落とした。
『1945年8月14日
アノ光ヲ見テカラ今日デ何日ダロウカ。
未ダニ傷ハ癒エズ、全身ガトテモ痛ム。
医者ガ言ウ二ハ、全身トテモ酷イ火傷ナノダソウダ。
イクラ俺ガ人間ヨリ丈夫トイエド、矢張リアノピカドンノ光二ハ負ケテシマッタ様ダ。
ダガ、今コウシテ死ノ淵二立ッテイルト、空ト海ガ生前俺二言ッタ『戦争を終わらせてくれてありがとう』トイウ言葉ノ意味ガワカル様ナ気ガスル。
俺ハ連合國二降伏スル事ヲ病床デ決メタ。
ダカラ、コレ以上民間人ノ被害ガ出ル事ハ無イ。
今マデ亜米利加ヤ英吉利、蘇聯邦トイッタ大国ガ会イニ来ル事ハ無イカラ、言イタクテモ言エナイ事ガ多スギル。
一言ダケ、俺ガ死ヌ前二伝エラレルナラ、俺ハ海ヤ空ト同ジ事ヲ言ウダロウ。
『戦争を終わらせてくれてありがとう』ト。
…駄目ダ、モウ今日ハ随分ト眠イ。
モウジキニ俺ハ死ヌノダロウ。
後ノ事ハ、にゃぽんヤ日本二任セテイル。
後ハ、頼ンダゾ』
…端正な文字でつらつらと書かれた、日記。
日帝の人となりがわかる文章だった。
次のページをめくると、もうそこからは白紙だった。
日帝は、8月15日に死んだから。
「アメリカさん、全部読みました?」
「…嗚呼」
俺はページを閉じ、日本に本を返した。
「あくまで、私の見解なんですけどね」
日本は再び日記をめくりながら、思い出を懐かしむようにゆったりと語った。
「日帝さんは、アメリカさんの事を初めは恨んでいたんだと思います。それは本当の事の筈。
…でも、戦況が悪化して死の淵に立って…空さんと海さんたちと同じく、日本が負けると確信して…だから、もう負けるのならば早く終わらせてくれと思ってた。だから、ポツダムという形で終わらせてくれて、ありがとうと…いいたかったんだと思います。彼の最期は、多分感謝の気持ちでいっぱいだったでしょうね」
「…そうか………」
多分、日本が言うなら…本当にそうなのだと思う。
俺は顔面を手で覆った。
心の中にずっとあった黒い塊が、ぼろぼろと崩れていく気がする。
その塊の名前が“後悔”であったとも、ようやく自覚した。
「なぁ日本、俺…これからどうしたらいいと思う?
あいつらに会って、そうやって本心を聞けても、俺がしたことの罪は…変わらない」
ぐ、と涙が零れそうになる目元に必死に力を込める。
膝の上に拳を置き、じっと耐えていた時。日本が俺の手の上に自身の手を重ねた。
「…そんなに思い詰める事を、きっと日帝さんは望んでませんよ」
日本らしい、ゆったりとした話口調が心地よく耳に入ってくる。
俺は静かに、涙が零れそうになるのを耐えながらその音を拾っていた。
「確かに、アメリカさんは原爆というこの世で最も恐ろしい兵器で沢山の人を殺しました。ヒロシマでも、ナガサキでも。オキナワ本島に上陸した際は、民間人の自爆も多く最終的にあの小さな島で10万人以上が死にました。
…けれど、逆もしかり。私たち日本も、沢山の人たちを殺しました。アメリカ兵も、中国兵も。全員等しく、それこそ無差別に」
日本が微笑んだような気がした。
「結局は、あの戦争…お互い様なのですよ。
私たち日本は平和を乱した。けれど、アメリカさんは最終的に世界をもう一度平和の道へと戻してくださった。平和を乱す者と、戻す者。それがあの戦争の勝者と敗者の違い。
日帝さんも、そのことはしっかりとわかっています。だから、日記にもアメリカさんへの恨み言なんか一言も書かなかったんです。アメリカさんのあのピカドンが無ければ、きっと戦争は終わらなかったでしょうから」
俺は顔を上げた。
日本が、そっと俺の頭を撫でた。
「だから、アメリカさんが出来るのはあの日を憂う事でも、悔やむことでも、自身への憤りを感じる事でもありません。これからも先、アメリカさんたちがこの手で勝ち取った“平和”を守り続ける事。
南の空に散った尊き特攻隊も、太平洋の真ん中で散った海軍も。そして、日本国民と共にあの太陽よりも眩しい光に焼かれた、陸軍も望んだことです。
枢軸も連合も関係なく望んだ世界共通の平和を、守り続けること。
それがあなたのやるべきことです。決して、見失ってはいけないこと…」
日本はきっぱりと言い切った。
「決して迷うな、アメリカ。
やるべきことを見失ってはいけない。
平和を守る事は、戦勝国の使命で義務なのだから」
…日本は、そのとき初めて俺を叱った。
とうとう耐え切れなくて、俺は、大粒の涙がぼろりと零れた。
「…泣かないでください、アメリカさん」
日本が俺の頭をよしよしと子供の様に撫でた。
日本の前で泣くのも、これが初めてだった。
その日俺は、気が済むまで涙を流し続けた。
ずっとずっと、日本は傍に居てくれた。
「行ってきます」
…8月15日から数日。
すっかり日帝の姿は無くなり、いつもの日常が戻ってきた。
けれど、今の俺はいつもと違うところがあった。
「おっ、アメリカじゃ~ん!Ciao!」
「Hello、イタリア!」
偶然家から出て出会ったイタリアとあいさつを交わすと、イタリアは途端に静かになって俺の顔をまじまじと見つめた。
「…え、なんかついてるか、俺の顔」
「んー?…いや、そうじゃないんだけどねぇ」
イタリアが面白そうに笑った。
「アメリカ。
なんか、すっごいすっきりした顔してるんね。何かあった?」
イタリアは笑っていたが、この質問の真意は心底真面目な物。
俺も笑いで返した。
「何もないさ。…ただ」
「俺のやるべきことがようやくわかったってだけだ」
イタリアは俺の言葉を聞いて、少し目を見開いていた。
しかし、すぐに目を細めた。
「…そう」
そして、くるりと身を翻してこちらに一度だけ手を振った。
「じゃあ良いや、ioの聞きたいことは聞けたんね。
…嗚呼、そうだアメリカぁ」
イタリアは半身だけ振り返った。
「アメリカが日帝さんの霊?に憑かれてる間…
ioもドイツも、それぞれイタ王とナチスさんに憑かれてたからね」
「…は?」
「んじゃ~ね~アメリカ、また次回の会議で会おうなんね~♪」
「おい、ちょっ、今のどういう…ッ!!
…ッ、行っちまったし…」
イタリアの意味深な発言には心底びっくりしたものの、もうきっとこれ以上は踏み込んではいけない領域だと悟る。
「…ま、いいか」
空を見上げる。
真っ青な空と、入道雲。
(俺が守るべきなのは、この空)
これを守り切ることが出来れば、きっと俺は日帝たちにしてしまった罪を償える筈だ。
この空は、きっと一人では守り切れない。
でも、今の自分には沢山の仲間が居る。
そいつらと協力して、守っていけばいいのだ。
「…あーっ、早く行かねぇと間に合わねぇ!」
ふと腕時計を見ると、父さんと会う約束の時間が迫ってきていた。
日帝たちの様に、いつ会えなくなるかわからない。そう、急に怖くなってしまったから。
だから、『もしも』が起きる前に━━━…
悔いの無い様に、会っておこうと思ったのだ。
慌てて駆け出す俺を、青空は包み込むように見守っていた。
Fin.
…2万文字ってマジですか?
お久しぶりです天原です。
投稿…気が付いたら全然してなかった…
必死に書いたアメ日帝もなんだか駄作感が凄まじい。
何が描きたかったのかさっぱり…
とりあえず言いたいことは、一つ。
貴方の目の前に居る人はいつ会えなくなるかわからないです。
それが戦争の時代でも、今の令和の世でも変わることはありません。
なので、決して悔いの無い様に過ごしておくことを重きに置いて過ごして行ってほしいです。
ではまた次回。
さいなら。
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映画にしようぜ。カントリーヒューマンズっていうアニメ作ってくれたら 私助手するよ。 長文失礼するけど。何ていうんだろう。私は太平洋戦争はアメリカが悪い てっ思っていたけど、それは違う気がしてきた、天原さんの小説見て アメリカにもイギリスも思いがあったし苦難を乗り越えたりしてきたんだろうな 私のお盆の思い出は母の故郷へ里帰りしてた時。 ちょうど8月15日の時いい金木犀の匂いがしたことかな
これは映画化しても良いレベル=凄い
うわぁほんとすごっっていう感想が最初に出てきた。ほんと色々感想書きたいけど戦争は日本にとっても他の国にとっても苦しい歴史かもしれないけど、こういう表現をしていいかわかんないけど戦争があったおかげで自分がいるって考えると先祖にありがとうって気持ちになるちょっとずれたかもしれないけどほんとにこの作品好きってなった 長文失礼しました