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「暇つぶしって……」
瑞野はいかにも嫌そうに、冷えた麦茶の入ったボトルと、紙コップ、そしてのど飴を持たされてタラタラと廊下を歩いた。
「合唱部の手伝いー?」
「文句言うな」
久次は額からにじみ出る汗をハンカチで拭きながら彼を振り返った。
「休憩時間やパート練習の時は、出来るだけ美術部の方に顔を出したいから、合唱部の休憩の準備をやってもらえると助かるんだよ」
「だからってなんで部外者の俺がー。せっかくの夏休みなのにー」
「暇潰しにおっさんとセックスするより100倍健康的だろうが!」
「受験生ですよー?」
「進学しないんだろ?」
「ぶー」
瑞野がピンク色の唇を尖らせる。
「――――」
改めて見ると、男に見えないどころか18歳にも見えない。
声が男にしては異様に細く高いのも、幼く見える大きな要因の一つのかもしれない。
(こんな青年とも呼べない少年を、あんな……)
昨日、瑞野に覆いかぶさっていた、だらしない体を思い出す。
(……鬼畜としか言いようがない)
◆◆◆◆
『あなた、自分が何をしたか、わかっているんですか!?』
どこからか高い声が聞こえてくる。
『相手は未成年なんですよ!』
『しかも男同士で!!』
『うちの息子を、よくも穢してくれましたね!』
◆◆◆◆
「クジ先生?」
瑞野の声で久次は現実に戻った。
「え?」
慌てて振り返ると、両手を塞がれた彼が足で教室を差す。
「第二音楽室ってここでねーの?」
久次はプレートを見上げた。
本当だ。
ぼーっとして音楽室を通り過ぎていた。
誤魔化しきれないと思いつつも大げさに咳払いをすると、瑞野が笑う。
「だいじょーぶー?暑い中覗き見しながら、マスかいてたからバテたんじゃねえの?」
「……誰がかくか、馬鹿!あんなイノシシがウサギを食ってるようなセックス、痛々しくて興奮なんてできねえわ」
「…………」
言うと瑞野はこちらを見上げた。
「ねえねえ。昨日から思ってたんだけど。先生って、普段は猫被ってる?」
「はあ?」
「口悪いし、顔も怖いし。いつものクジ先生じゃないなーって。こっちが素?それとも俺にだけ、その態度なの?」
「……いいだろ、どうでも!」
言いながら久次は音楽室の防音ドアを開け放った。
「おはよう!」
一斉に生徒たちが振り返る。
「おはようございます!」
その朗らかな声と曇りなき瞳にほっとして、思わず笑顔になる。
「発声練習は済んだ?」
部長の中嶋(なかじま)に聞く。
「はい、今終わりました!」
彼はにこやかにこちらを見上げた。
「よし。じゃあ、休憩にしよう」
久次は笑顔のまま瑞野を振り返った。
「みんなに麦茶を配ってくれるか?」
その爽やかな笑顔に、瑞野は目を細めた。
「………二重人格」
呟かれた言葉は、聞かなかったことにした。