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「1000万以上、5000万以下の印紙税は?」
「2万円です」
「親子リレーローンとは?」
「親が借りたローンを将来、子供が引き継ぐことです」
「繰り越し返済の二つの種類は?」
「返済額軽減型と、期間短縮型です」
「……全問正解」
秋山がいないことをいいことに、その席に座った紫雨は、プリントアウトした住宅ローン用語50を読み終えると、どこか遠くを見ながら機械的に問題に答える新谷を見下ろした。
「……トイレ、行ってきていいですか?」
言いながら新谷はふらりと立ち上がった。
「おいおい、そんなんで大丈夫かよ。俺が後ろからナニを支えてあげようか?」
ふざけて言うが、新谷は振り返るどころか反応さえせずに、事務所をフラフラと横断して展示場のドアへとたどり着くと、その中に吸い込まれるように消えた。
昨日とは明らかに様子の違う新谷が去ったドアを見ながら口を開けていた紫雨は、同じく彼に視線を送っていた林と目があった。
「……あいつ、なんかしたの?」
思わず聞くと、林は紫雨を睨んだ。
「それはこっちの台詞なんですけど。新谷君に何かしましたか?」
飯川がピクリと反応するが、何もなかったような顔をして再びディスプレイに視線を戻した。
「俺が?まっさかー」
紫雨は、他の社員とは明らかに質が違う秋山のリクライニングチェアに身体を預けると、天井を見た。
(あんなに秋山さんの目が光ってんのに、何かできるかっつーの……)
新谷のデスクを改めて見る。
その端には赤いチェックの弁当袋が置いてある。
(……彼女、ね)
鼻の奥から笑いが込み上げてくる。
(無理しちゃってまあ。我慢は身体に毒なのになー。とくに下半身に)
「リーダー。支部長が来ました」
飯川の声に慌てて立ち上がると、紫雨は窓際の自分の席に戻った。
朝礼が始まって早々、秋山は自分の脇に新谷を呼んだ。
「えー、昨夜、正式に決まったから発表します。来月から新谷君がこの天賀谷展示場配属になりました。
背景としては、時庭展示場の来客数の減少と、定年し嘱託社員になる室井マネージャーの欠員補助の必要性から、です。
新谷君、ご挨拶を」
言われた新谷は背筋を伸ばすと、息を吸い込んだ。
「改めまして、新谷由樹です。まだまだ勉強中の身ではありますが、一日も早く即戦力になれますよう、日々精進してまいります。来月から、よろしくお願いします」
気合十分の言葉とは裏腹に、魂のない人形のような新谷の顔を見る。
(へえ。そゆことー)
紫雨はにやつく口元を隠すように手で覆った。
(かわいそうに。篠崎さんに捨てられちゃったわけね)
その視線を弁当袋に移す。
(んで、都合の良い彼女に泣きついたと……)
クククク。
喉の奥から堪えても笑いが込み上げてしまう。
(じゃあ慰めてやんないとね。傷心の可愛い部下の面倒を見るのも、リーダーの大事な仕事ですから?)
紫雨は口を覆った手の中で、上唇を嘗め上げた。