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『嵐女公子あらめこうしっていうの』
ぴくり、と宗一郎は自らの片眉が動くのが分かった。
というのも、その名前に聞き覚えがあったからだ。
そもそもだが、名前の付いている“魔”はそう多くない。多くないからこそ、名前をつけて管理しているのだから。
当然、嵐女公子あらめこうしの名前も神在月かみありづきの記している交戦記録に残っている。最後の観測は1959年。祓除ばつじょは成し遂げられず、多くの祓魔師に死者を出した戦いだ。
ただ記録に残っている“魔”の姿は、今のように現代的地雷服ではなかったということが少しだけ気になるが……姿形はともかく、着ている服など『形質変化』で簡単に変えられる。
『ついに仙境を見つけたと思ったのだけれど……閉まっちゃったじゃない。甘い香りが素敵だったわ。何度だって香りたいくらいだわ。香水とかにしてくれないかしら』
「……なぜ、ここにいる」
『無粋な問いね。これだから、私わたくしは人間が好きじゃないのよ』
そう言いながら、嵐女公子あらめこうしはため息をふぅ、と吐き出した。
『あるんでしょう? ここに不死になれる秘宝が』
「……ふむ?」
イツキは、宗一郎に『仙境の桃』の話をしていない。
そのため彼はその存在を知らないが……それでも仙境が第七階位の作り出した世界であるというところまでは思考が届いている。だからこそ、そ・う・い・う・も・の・があってもおかしくないと判断した。
『さぁて、どいつが閂カンヌキかしら。閂カンヌキなら開けられるんでしょ、向こうへの門を』
そう言って値踏みするように一同を見渡す嵐女公子あらめこうし。
宗一郎はその視線を受け止めながら、一瞬だけ思考を後ろに飛ばした。
背後の穴には子どもと、鍛冶師センセイ。
どちらも戦力としては数えられない。
だから居合の構えを取りながら『導糸シルベイト』を一本、伸ばした。
「もし、不死の秘宝がここにあったとして」
互いの距離は、目算で二十。
「到底、渡せるものではないな」
そう言って、地面を蹴った。
嵐女公子あらめこうしが微笑むと、身体を捻ひねる。明らかに祓魔師の剣術を知っている動き。こちらの抜刀に合わせて上体を逸そらすことで刃の軌跡の下をくぐる動き。
それが分かっているから『導糸シルベイト』を巻・き・つ・け・る・の・だ・。
“魔”の目前で地面を踏み締める。
腰を廻まわし、鞘に刃を走らせ、抜刀。
それを見切ったつもりの嵐女公子あらめこうしが笑うのが宗一郎には、見えた。
そこに『導糸シルベイト』の引き寄せを乗せる。
ぐん、と目に見えて速度が上がる。
わずかに嵐女公子あらめこうしの目が丸くなる。
夜刀ヤトの抜刀――『星駆ほしがけ』。
加速する刃はそのまま嵐女公子あらめこうしの頸くびに届き、ガッ! と、金属同士が激突したような硬い音を上げて、宗一郎の手を痺れさせる。
「……ぬんッ!」
さらにその場で右腕と右足に『導糸シルベイト』を這はわせて『強化』。
大きく刃を引いて頸くびを切ろうとしたが――しかし、嵐女公子あらめこうしは地面を蹴ると頚椎けいついを軸にぐるりと回った。
『あなた、私わたくしに踊らせたいの?』
彼女はその場でコマのようにくるくると二回転し、その勢いを乗せたまま宗一郎を蹴り飛ばしたッ!
「……ッ!!」
反射的に刃で受け止めた宗一郎の身体が、落ち葉の上を大きく滑る。
嵐女公子あらめこうしはそれだけでは止まらず、そのまま追撃。
風を両足に纏い、空中を蹴って、跳躍。加速。そして、体重を乗せた両蹴り。
まるでミサイルのように突っ込んできた蹴りを、宗一郎はまともに受けては行けないと判断。身体を屈かがめる。
頭上を音の速度で駆け抜けた嵐女公子あらめこうしの身体はそのまま砲弾じみて直進。山の斜面に激突し、轟音。
ドンッッツツツツ!!!
衝撃が全て地面に呑み込まれ、耐えきれなかった土砂が噴火のように飛び散った。
舞い散る岩の塊に子どもたちが巻き込まれないよう宗一郎は子ども二人の身体を掴んで、後ろに下がる。鍛冶師センセイは自力で動けると判断。
下がる途中に、土砂の中からよく通る声が聞こえた。
『私わたくし、ひ弱に見えるのかしら。よくな・め・ら・れ・る・のよ』
「…………」
『近接格闘インファイトが出来ないとでも思われてるのかしら』
飛び散った礫つぶてたちが透明な何かに支えられるように空中で止まる。
目を凝らせば、風が渦巻いて支えているのが見えた。
『心外だわ。残念だわ。不本意だわ』
心の底から残念そうに言いながら、嵐女公子あらめこうしの目が宗一郎を捉える。
『私わたくしと戦・え・る・だなんて、人間ごときに思われるなんて』
嵐女公子あらめこうしが指を一本まっすぐ立てると、それをそのまま宗一郎に向けた。
ドウッ!!
その瞬間、嵐女公子あらめこうしの周りを衛星のように飛んでいた岩石が砲弾となって放たれる。
「……ッ!」
『導糸シルベイト』を盾のように前面に貼り『形質変化』。
半透明の盾が生まれ音速で迫ってくる岩石を防ぐ。しかし、2発貰った時点で生み出したばかりの盾から嫌な音が響いた。
そのため、宗一郎は視線を嵐女公子あらめこうしから外さず叫ぶ。
「君たちは逃げろッ! 早くッ!!」
『子どもは閂カンヌキじゃ無さそうだし……良いわ。逃がしたげる』
嵐女公子あらめこうしが笑うと、まっすぐ宗一郎に向けていた指をぐるりと回して円を描いた。それに導かれるように生みだされるのは旋風つむじかぜ。礫つぶてを交え、風速を高め、巻き込まれた木の幹がガリガリと音を立てて削れていく。
そんな嵐の暴力が宗一郎と、そして鍛冶師だけを逃さないように囲った。
『どっちかしら? 閂カンヌキを殺したら仙境には行けないのよねぇ……。分かりやすく印でも付けてて欲しいのだけれど』
嵐女公子あらめこうしの眉が顰ひそめられる。
そして、吟味するように視線を左右に揺らした。
『良いわ。どっちも祓魔師だし手が無くても魔法くらいは使えるでしょ。両手両足を削っちゃって、細かいことは後から考えましょ……。……ああ! 私わたくしおっちょこちょいだわ。さっきの子どもたちを人質にすれば良かったのよ。そういう私わたくしの抜けてるところも素敵なのだけれど』
そう言いながら嵐女公子あらめこうしが息を吐く。
『ひとまず、子どもたちを連れ戻しましょう!』
黒い傘を傾けながら、まるで最上の案でも思いついたかのように、ぱっと目を輝かせる。
その言葉が、皮切りだった。
宗一郎はそのまま『導糸シルベイト』を嵐女公子あらめこうしの身体に巻き付けると、もう1本を身体に巻き付けて肉と骨を削る旋風つむじかぜを強引に突破。
「……ッ!」
『あら?』
宗一郎はその血を拭うこともなく地面を蹴り飛ばし、身体を無理やり前に持っていく。
「子どもを手にかけようとする奴を」
そして大きく振りかぶると、
「見過ごせるはずがないだろう」
そのまま、嵐女公子あらめこうしを殴り飛ばした。