船の甲板に、荒れ狂う波と二人の息遣いだけが響く。
詩音の服はずぶ濡れになり、血が混じった水滴が床に落ちる。
だが、彼女は気にも留めず、口元を歪めた笑みを浮かべた。
「なあ、まだやるよな?」
主は肩で息をしながら、筆を構え直す。
胸の奥に広がるのは恐怖か、それとも――高揚感か。
詩音は薬の効果で常に幻を見ている。
だから葵の幻術は効かず、攻撃のフェイントも通じない。
「あんた、何が見えてる?」
主の問いに、詩音は笑う。
「お前が何人にも増えて見えるし、甲板が波になって溶けてるし、今も空からゾウが降ってきてる。」
「……まともに戦えないって自覚、ないの?」
「逆だよ、主!」
詩音が甲板を蹴り、一瞬で距離を詰める。
主は反射的に筆を振るう。
「戒律。」
空間が歪み、絵が具現化する。
巨大な鉄壁が詩音の前に出現し、ナイフの一撃を防ぐ。
「おっと、これは厄介だな?」
詩音は軽く後退しながら、ナイフをくるりと回す。
「でもさ、そんなもんで私を止められると思う?」
主は息を整えながら、心の奥に渦巻く恐怖を押し殺す。
詩音の”狂気”は本物だ。
そして、”強さ”も本物。
でも――
「私は、負けない。」
筆を握る手に力を込める。
詩音が薬で現実と幻を曖昧にしているなら、
それを超える”現実”を描けばいい。
主は筆を振るい、新たな詠唱を紡いだ。
「真理。」
「審判。」
「供覧。」
海が揺れた。
波が空へとそそり立ち、甲板を覆い尽くす。
詩音の笑みが、一瞬だけ消える。
主の目は揺らいでいない。
決意が、そこにあった。
「詩音、これで終わりだ。」
コメント
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うぉおおお!!!もうこのイラスト描いちゃう♡(((最後のセリフ好きすぎます…!!!続き楽しみです!