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ピロピロピロ
「はい、もしもし、安藤です」
「あ、齋藤です、今大丈夫ですか?」
「あら晴翔くん。どうしたの?雑誌ならまだ出来てないよ」
「あぁ、いえ、今日は別の件で」
晴翔くんから電話なんて珍しい。お姉さんの声が聴きたくなっちゃったのかしら。なんてね。
さて、本題に入りましょうか。
へぇ、桃華ちゃんと写真撮ってたけど、まさか出先で遭遇するなんて、凄いわね。
ふむふむ、それで彼女と一緒に撮影の見学に行ったと。彼女さんってあの個性的な子よね。美人だけどユーモア溢れるというか面白い子だったわね。
それで、監督にドラマに出演しないかと言われたと。ふむふむ。
確か、桃華ちゃんが今撮影してるやつって連ドラのやつよね?
えーっと、監督は・・・ん!?大崎監督じゃない!!
大崎監督と言ったら、この業界なら誰もが知ってる有名人じゃない!?あの監督の作品に出たいが為にかなりの大金を出した事務所もあったそうだ。
だけど、あの監督は気に入った人としか仕事をしない偏屈さんだから、お金じゃ動かないのよねぇ。でも、あの監督が気にかけてる俳優はみんな大成しているのもまた事実。見る目だけはあるのよね。
そんな監督が、晴翔くんと仕事がしたということは、それだけのポテンシャルがあるということ?これは、私には重すぎる案件だ。
「すみません、ちょっと社長室行ってきます」
私は、ミーティングの途中だったが、晴翔くんのことを優先した。
コンッ、コンッ
「はーい、どうぞ」
社長室のドアをノックすると、中からやる気のないゆるーい返事が返ってくる。
「失礼します」
ガチャッ
「おぉ、安藤さん、どうしたの?」
「お忙しいところ失礼します。先日お話しした、モデルの男の子のことなんですけが」
「あぁ、晴翔くんだね。うちの娘もどハマりしててね。困ったもんだよ」
仕事に関しては、本当に尊敬に値する人物なのだが、こと娘のこととなると本当にポンコツになってしまう。
「そうですね。その娘さんが監督に引き合わせたみたいですよ」
「えっ、桃華が?」
「はい、なんでも彼女とデート中の晴翔くんを捕まえたみたいですよ?そのまま撮影現場を見学させてるようです」
「あれ、今日の監督って大崎監督じゃなかった?大丈夫なの?あの人に嫌われたらうちの事務所なんて、すぐ潰れるよ?」
うちの会社は、ファッションをメインに扱っているが、ひっそりと芸能事務所も併設している。社長が桃華の為に作ったと言っても過言ではないうちの事務所。一応は社長の人脈でなんとか仕事をもらってきているが、桃華以外のタレントや俳優を発掘できていないのが痛いところ。
「それがですね、大崎監督が晴翔くんをドラマに起用したい、みたいな感じになてるようで、相談に来た次第です」
私の発言を聞いて、今日イチの反応を見せる社長。勢いよく立ち上がる。
「晴翔くんて、確かモデルだけのアルバイトの契約だったよね!?」
「そうです」
「ダメじゃん!早く行って、こっちの契約してきて!それと監督に手土産!あと、桃華に近づかないように牽制しといてよ」
よろしくね!と半ば強引に社長室から退室させられた。
どちらかというと、桃華ちゃんが言い寄ってるだけな気がするが、このことは桃華ちゃんにそれとなく伝えておこう。少し子離れしないとね。
さて、急いで向かいますか。
ーーーーーーーーーー
「ハルくん、撮影現場ってすごいんだね」
「そうだな。俺の撮影の時は室内だったし、ドラマの撮影となると規模が全然違うな」
俺がそう言うと、香織はちょっとムスッとした顔をする。
「次はハルくんの撮影も見学したいなぁ」
「そ、そうだったな。恵美さんに聞いてみるよ。この後来るみたいだから」
そういえば、いつ頃くるんだろうなぁ恵美さん。
そんなことを考えていると、ちょうど恵美さんがやってきた。
「晴翔くん、お待たせ!」
「恵美さん、急に連絡しちゃってすみませんでした」
まさか、すぐに対応してくれるとは思っていなかったので、申し訳なくなってしまった。
「いいのいいの、むしろ教えてくれて助かったよ。休憩になったら一緒に監督のところに行こうね」
「はい、わかりました」
俺たちは、しばらく撮影の見学を続けた。
それにしても、田沢さんの演技は凄い。何が、と言われると困ってしまうが、見ていてすごく引き込まれる。完全に役になりきっている。こんなのを見せられると、自分がドラマにでて大丈夫なのかと心配になる。
「そうだ、今のうちにちょっといいかな?」
恵美さんに何枚か書類を手渡される。どうやら、芸能事務所の契約書のようだ。俺はいつもアルバイトとして参加させてもらっているが、ドラマに出るなら俳優もしくはモデルなどとして本格的に契約した方がいいとのこと。そして、できることならうちの事務所に来てほしいとのことだった。
俺は、流石に一人で決められないので、親に電話することにした。
すると、「晴翔の好きにしていいよ」とのことだった。
少し悩んだが、なかなか経験できることではないので、挑戦したいと思った。なので、今回の話を前向きに検討することにした。
「よし、休憩だね。行こうか」
俺は恵美さんと、休憩中の監督のところへ向かった。
「お久しぶりです、大崎監督」
「おぉ、恵美さんか。久ぶりだね。今日はどうしたの?」
恵美さんと監督は知り合いだったようだ。俺は2人の会話を黙って聞いていた。
「実は、HARUくんはうちの事務所に所属してまして、何やら仕事の話が出たとお聞きしたもので」
「あぁ、そうだったんだ。じゃあ桃華ちゃんと知り合いでも不思議じゃないね」
その後、仕事の話となり、俺はいてもしょうがないので、香織のところに戻った。しばらく、監督さんと喋ったと思ったら、恵美さんは早々に会社に帰ってしまった。詳しくは、後日契約の話とあわせてしましょうと言い残して行ってしまった。
「HARU様、どうでしたか?私の演技」
「凄く良かったよ。演じてるとは思えないほど自然で、凄く引き込まれたよ」
「えへへ、HARU様に褒められちゃったぁ」
少し褒めてあげただけなのに、田沢さんは凄く喜んでくれた。それだけ、芝居に真剣に取り組んでいるからだろう。もし、事務所に入るなら俺も覚悟をして入らないといけないな。
「HARU様、このドラマの撮影が終わったら、学校に通えますので、その時はよろしくお願いしますね」
「え、田沢さんて同じ学校なの?」
「うそ、学校で見かけたことないけど」
俺は同じ学校ということに凄く驚いたのだが、どうやら香織も同じようである。もし同じ学校ならば、すぐに気づくだろう。
「あはは、知らなくて当然ですよ。後輩ですし、入学してから登校できてませんから」
「そうなんだ。でもそれでよく同じ学校だってわかったね?」
今は私服だし、学校の話題を出したこともなかった。誰かに聞いたのか?
「実は、学校に知り合いがいまして、その人に聞いたんですよ。それに彼女さんはHARU様ファンからは有名人ですからね」
「まぁ香織は可愛いからね、みんなが注目すのもわかるよ。自慢の彼女だからね」
俺は、香織の頭を軽くポンポンする。
「むふぅ、ハルくん好きぃぃぃ」
幸せそうに俺に身体を預ける香織。それを見た田沢さんは何を思ったか、反対の腕にしがみついた。
「ちょっと、なんであなたがハルくんにくっつくのよー」
本気で怒ってる訳ではないが、軽く威嚇する香織。田沢さんも負けじと、腕を絡ませてくる。
「田沢さん、みんな見てるから」
香織が美人系に対して、田沢さんは可愛い系の美少女だ。この現場には沢山の人がおり、みんながこちらに注目していた。
「HARU様、私のことは桃華って呼んでください。じゃないと、話しません」
「いや、とりあえず離れようか」
「嫌です!」
さらに体を密着させる田沢さん。香織や綾乃と違い小ぶりであるが、確かに感じる感触に、俺はたじろぐ。
「わ、わかったから!とりあえず離れて!」
「も・も・か」
「んー、桃華!離れて!」
「はい、HARU様。チュッ」
桃華は離れる際に、頬にキスをした。
俺と香織は驚愕のあまり言葉を失ったが、桃華は『ちゃんと離れましたよ?』といった表情をしている。
この後、香織の機嫌を治すため、パンケーキを食べに行き、なんとか許してもらい帰路に着いた。
この数日後、ドラマの撮影を無事に終了した桃華は学校へ登校してくることになる。