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「事と次第では、リアムはもう家での勉強に切り替えるけど、どうしようか?」
目の前にいるキースにすでに笑顔はない。
俺はあー、だの、うー、だの言葉にならない声を漏らしていた。
ノエルは巻き込みたくなかったので、あの後急いで返したものの……ノエルが妹の真夜とわかり、感動の抱擁をしていたのがまずかったようだが、俺はノエルにそういう意味では興味はない。妹と分かれば尚更だ。
そもそもノエルはナイジェル一筋である。まあ、おかしな漫画は描いてるにせよ、だ。
しかしナイジェルのことを話していいものかどうか……。
「リアム?」
キースが首を傾げた。
今、俺はキースの私室にいて、使用人も下がらせているので二人きりだ。
応接テーブルを挟んで二人ともソファに座っている。
「いや、ええとですね……ノエルとはそういうのでなく……」
「じゃあ、どういうことかな?」
「なんというか。こう……あ、あれ。本を読んでて怖いシーンがあって……それで思わず抱き合ったというか……」
しどろもどろではあったが、本が山ほどある場所でのことだ。突飛な言い訳でもないと思いながら述べた。しかしキースは大きくため息を吐いた。
「なるほどね。君たちの前にあったのは魔法学と数学の教科書だったけれど……どのページに怖いシーンがあったんだい?」
「……うっ……」
淡々とキースは言葉を連ね、逆側に頭を傾げる。
ああああああああ!ちゃんと見ていらっしゃいますね!お兄様!!
なんか知らんけど、リアムの恋愛ごとにだいぶん過敏じゃないか。デリカート家……。
「どうして噓を吐くんだろうね……」
キースはまた大きなため息を吐いた。
ううう……なんもしてないのに、罪悪感が半端ない。本当にノエルにはそんなんじゃないのになぁ……真夜だとわかったことで、そりゃ大事だという親愛の情は強くなっているけれど。それ以上でもそれ以下でもない。
「いや、ええと……いや、でもですね、兄様!その、僕はもう16で……その、普通なら婚約者とかいてもおかしくなくて。あ、そう婚約者!」
俺は不意に思いついて声を高めた。キースは静かに聞いている。
いっそのことこのまま、可愛い女の子の婚約者を捜してもらったほうが、こういう心配も家族はしなくなるんじゃないかと思うわけで。
レジナルドとかリンドンも避けられるではないか!
「僕にも可愛い女の子の婚約者がそろそろ必要かなって!可愛い女の子の!僕は王太子妃とかなりたくないので!そろそろいると!思うんですよね!」
女の子がいいという強調をしつつ、捲し立てる。
これ本当に良い案だと思うんだよな。本当に俺が主役というポジションならば、スペンサーもちょっと怪しくなってくる。ただでさえリンドンはあの調子で、レジナルドは俺で楽しんでいるように見える。そう考えると婚約者(可愛い女の子に限る)がいれば、不貞はできませんね、と強くNOと言えるのだ。ついでに言えばディマスの嫌がらせもなくなる!……たぶん。
「ね?!どうですかね?!」
更に念押しをして、キースへと訴えた。
キースは黙ったまま、俺を見ていて、俺もキースを見ていて……無言。
長いようで長い気がするけど短い静寂の時間が過ぎ……それを破ったのはキースだった。
「なるほどね……それがリアムの考えなんだね?」
キースの問いかけに、俺は少したじろぐ。その視線がいつものキースとは違い厳しさが混じったからだ。
「い、や……まあ、その……本決まりではないですけど、それもいいかな、なんて……」
俺の声はだんだんと尻すぼみになってしまっており……キースが、なるほどね、と言って立ち上がった。俺の前まで来て、見下ろしてくる。
これは……リアムと仲が良くなかったころのキースの表情によく似ている。俺はそれをゲーム内でしか見たことはないけれど、冷たさを伴った迫力がある……。
何かがキースの琴線に触れたことだけはわかるものの、それが何なのか、俺にはわかっていない。
徐に、キースは俺のほうに手を差し伸べる。
「立ってごらん」
「……はい」
目の前にある手を取り、立ち上がってキースを見上げた。
俺よりもずいぶんと背の高い兄の顔はいまだに無表情で、俺に戸惑いを生ませるには十分だった。
「あの、兄様……その……」
「僕としては、そう……もう少し待ってあげる気ではいたよ。でも、リアムがそういう考えならば、僕も考え直さなければならないね」
そう言い終わらないうちに、キースは俺の手を離し、その手を背中にまわす。そうしたうえでもう一方の手を俺の膝裏にまわした──俺を抱え上げた。
「に、兄様っ?!」
俺の声を気にすることなく、キースは部屋の中を歩く。
広いとはいえ、私室だ。キースが目指したのはベッドの上だった。
俺はそこに、軽く投げられるように置かれ……。
……え、何だ?!何がおこってる……?!
仰向けに倒れている俺の上へキースが圧し掛かってくる。
俺の頭の横には左手があり、キースの右手が俺の頬を
……これは所謂……押し倒されて……。
「ごめんね、リアム」
ふ、とキースが笑う。今まであった表情は流れて、いつもの笑顔に困ったようなものを混ぜたそれは、俺がよく知っているものだ。
俺は、兄様、と呼ぼうとした。
けれどそれは──キースの唇が俺の唇に重なって声は奪われた。