「俺にやられんの、嫌なの?」
低い声が聞こえてくる。
(髪色は明るいくせに、意外と硬派な声だな……。って!褒めてどうする!)
「ち………ち、ちが……っ」
「どうせ、あいつが、いーんだろっ!!」
肌と肌のぶつかる音が響き、喘ぎ声が悲痛な悲鳴に変わる。
「ほら、名前を呼んでみろ。もしかしたら助けてくれるかもしれないぞ」
リーダーと思われる低い声が続く。
(誰のことを言ってるんだ?いや、今はそんなことどうでもいい!助けなきゃ…)
「好きな男の!名前を、よんでみろ、よ!ほら!!」
男の切れ切れになった声が、行為の激しさを物語っている。
「……!!!」
「ほら!!!」
「し………」
林の泣きそうな声が聞こえる。
「し……篠崎、さん…!」
思わず覗いていた。
行為中の2人がこちらを振り返る。
「ああ?」
紫雨だと思われる男が、林に挿れたままこちらを睨む。
「……誰?キミ」
「あ……!」
林の顔が先ほどよりの非じゃないほど真っ赤に染まると、紫雨を突き飛ばし、ずり下げられたボクサーパンツとスラックスを一気に上げた。
そしてベルトを閉めながら由樹の横を通り過ぎると、滑り落ちるように螺旋階段を駆け下りていった。
(なになになに?!脳みそがついていかねーんだけど!)
残された紫雨だと思われる男は黙って下半身のソレをしまうと、同じくズボンを上げてベルトを締めた。
(え、どういうこと……?)
林さんは、本当は篠崎マネージャーが好きで、でも紫雨リーダーに無理やりヤラれてて、それをもう止めて下さいって言ってて……。
(……つまり。こいつじゃないか、悪いのは!)
由樹は目の前の男を睨んだ。
「あんなの、セクハラなんて可愛いもんじゃないすよ。犯罪ですよ」
「あのさー、もう1回聞くけど……」
男が茶色い髪の毛をふわっと掻き上げながら言った。
たった4文字なのに上から押さえつけられるような威圧感を感じる。
どうやらこの問いに答えなければ、次の段階には進めないらしい。
由樹は一応形だけ踵をつけた。
「昨日付けで、時庭展示場に配属になりました、新谷由樹と言います。よろしくお願いします」
頭を下げる。
きっちり2秒数えて顔を上げると、男はすぐ近くに寄ってきていた。
「なんだ新入社員?早く言ってよ」
爽やかと形容するのにふさわしい笑顔を返すと、男は手を差し出した。
「天賀谷展示場のリーダー兼、営業課長をしてます、紫雨です。みんなは紫雨さんって呼ぶから、そう呼んでいいよ」
(うわ……。これはこれで…イケメ……いやいやいや!)
由樹は涎を垂らしそうな自分を奮い立たせると、紫雨を睨んだ。
「あれは、どういうことですか。林さん、嫌がってたじゃないですか」
言いながらも、差し出された手を無下にはできず、手を伸ばし握る。そして三回縦に振ると、パッと離した。
「………ぷっ!!」
紫雨が吹き出す。
「なにそれ、君、天然??」
笑いながら目尻に涙を溜めている。
(くっそ。馬鹿にしやがって!)
その顔を睨む。
茶色のサラサラな髪の毛、
篠崎ほど目力はないが、キョロっと男にしては大きい目。
シャープな顎先に、少し厚い下唇。
色白な肌にアンバランスなたくましい喉仏に、ボタンを2個ほど外したワイシャツから覗く美しい鎖骨。
「いるよねー。何にもわかんないくせに首を突っ込みたがるやつって」
その言葉にカチンときて由樹は再度彼を睨んだ。
「林さんが嫌がっていることくらい、わかりましたよ」
「へえ、ホント」
思わず一歩後ずさる。
紫雨が笑いながら、一歩進んで距離を詰める。
「俺、わかるんだよね、こういうの」
頬に手を掛けられる。
昨日の篠崎とは全く違う、強引な指先は由樹の顔を、自分の唇の延長線上に合わせる。
躊躇なく唇が合わせられる。
「……んっ、ん……」
押し付けられた柔らかい唇から移った水分が冷たいと感じた瞬間、熱い舌が中に挿入してきた。
「んん?!」
逃げようとするが大きな両手で顔を挟めて逃げられない。
唇と、絡ませた舌を、思いきり吸われる。
「んぅッ……」
思わず顎が上がる。するとその舌は生き物のように、深く侵入してきた。
上顎を這うように嘗め上げられる。
全身に鳥肌が立ち、思わず男の二の腕を握りしめてしまう。
(まずい……これじゃあ、まるで、抱きついているみたいだ)
後悔したときにはすでに遅く、男が顔に触れていた腕を由樹の背中に回す。
抱きしめられ、その手が腰に回る。
男の熱い体温に、ぞくっと全員に鳥肌が立つ。
(ダメだ。…ダメ、だ、このままじゃ)
その手が迷いなく臀部を撫で上げ、揉むように握る。
「ッ!や、やだ……!」
唇の端から漏れる抵抗の声に紫雨が笑う。
「ノンケの男ってのは、野郎にキスされてそんな声で鳴かねえんだよ。お前、やっぱりこっちだな」
(……バレてる!どうしよう……)
男の指は迷いなく的確に、臀部のソコを撫で上げる。
「や、やめ……!」
何とか舌の攻撃から逃げると、必死で声を上げる。
「もう、やめて下さい!」
「はは。冗談」
紫雨は由樹を抱きしめたまま首を傾げて笑った。