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仁志の行動は早かった。

翌日はちゃっかりと有給を取り、結月の引っ越しを手伝うべく、自身で車を運転して結月と共に家に来た。

訊けば逸見は通常通り、というより、社長の空けた穴を埋めるべく、本社に出社しているらしい。

居た堪れなさに「ごめん、逸見さん」と結月が呟くと、仁志は涼しい顔で「あいつも別日に有給を取る。心配するな」と言った。

それならいい。もしも言葉が嘘だったなら、なんとしても有給をもぎ取ってやろう。

勝手な使命感にかられながら、元より大してモノの多くない部屋の荷物を、運ぶモノと捨てるモノに分けていく。


仁志は手伝うというより、興味深そうに部屋の中を観察し回っているだけだった。だが時折「それは向こうにある」だの、「それは新しく買い換えればいい」だの小言を挟んでくるので、一応、本人は手伝っているつもりらしい。

いらないモノは残していく家具達と共に、後日、仁志の手配した清掃業者が破棄してくれるという。元より『客』の情報を残すタチではないが、念には念をと隅々までチェックして、『普通の一般男性の引っ越し後』になるよう、細心の注意を払った。


纏めた荷物を仁志の運転する車の後部座席とトランクに詰め込み、結月は仁志に促されるまま助手席に乗り込んだ。

なんだか落ち着かない。いや、立場上、むしろその位置に収まる方が自然だとはわかっているのだが(行きは有耶無耶にして後部座席を陣取っていた)、どうにもむず痒く感じて、居心地悪くモソモソと座り直し、シートベルトを締めた。

堪え切れずに吹き出したような気配を感じて隣を見遣ると、顔を背け、口元を隠した仁志がクツクツと笑っている。


「……なんだよ」

「いや、本当に分かりやすくなったもんだ。喜ばしい限りだな」


言いながらシートベルトを締めた仁志は、笑いを引っ込め、少しだけ考える素振りを見せてから、今度は真面目な顔で結月を見据えた。


「結月」

「んー?」

「……『師匠』とやらが、お前の保護者なんだろう? 挨拶がしたい」


結月の心臓が小さく跳ねる。


「……土竜に聞いたの?」

「ああ。お前の『家族』は自分と、その『師匠』だという事はな」

「…………」


全く、意地が悪い。

浮かんだ顔に結月は溜息をついて、「ちょっと借りるよ」とカーナビに住所を打ち込んだ。


「……『師匠』は、ココに居るよ」


示された場所に、仁志は一度怪訝そうに結月を見遣ったが、からかっている訳ではないと判断したようで「……わかった」と車を発進させた。

結月が打ち込んだのは、隣町の高台にひっそりと鎮座する、小さな寺の住所だ。途中、勘付いた仁志が花屋に寄ってくれたので、結月は花束を一つ買い、仁志がもう一つを買った。


『師匠』は自分で墓を用意していた。ここの住職も『訳あり』らしく、『師匠』と土竜の顔馴染みだったようで、快く場所を提供してくれたと言う。

土竜は驚いていた。「まさか、『墓』に入るつもりがあったとはな」と。

すると『師匠』は真新しい墓石を眺めながら「ずっと、『墓』なんていらないと思っていたんですがね。海に撒かれるのも、気持ちよさそうでしたし」と憧れるように双眸を細め、言葉が見つからずにただ立ち竦む結月を振り返って、穏やかに微笑んだ。


「けれども結月には、『私』が必要でしょう? どこでフラついているのかわからない『家族』より、ずっと心強いでしょうから」

「おいおい、それは俺の事か? ここんところはちゃんと定住してるだろうよ」

「それに、このまま結月に貰い手が見つからなければ、一緒に入る事になりますし。そうすればずっと、側にあれますからね」

「お前、どっちかっつうとそっちが本音だろ。ったく、過度な親馬鹿はウザがられるぞ」

「あなたはこちらには入らず、その辺で風化していてください。ああでも、中途半端に見つけてしまった人がいてはその方が実に不憫なので、人目につかない所で」

「相変わらず俺にはシビアだな」


そんなやり取りを交わしていた時から、この墓石は随分と色を変えてしまった。

久し振りに訪れた『師匠』の前に屈んで、結月は懐かしさに思いを馳せながら、口を開く。


「……師匠が死んだのは三年前。癌だった。けど師匠は体力を奪う治療よりも、ギリギリまでの自由を選んだ。おれの説得も、闇医者の忠告も、『これが私の寿命なんです』って笑って受け流して。……土竜は最初から、好きにさせてやれって言ってた。師匠が死んだ時も、誰よりも辛かった筈なのに、ワンワン泣きじゃくるおれを宥めるのに必死でさ。……随分としっかりしてたよ。まあ、それは、今もだけど」


花立で傾くすっかり茶色く萎びた束を抜き、結月は濡らした手ぬぐいで中を綺麗に拭き取ると、手桶で揺れる新しい水を入れ、買ってきた束をそっと備えた。

立ち上がり、んーと伸びをして、後方で見守る仁志を振りかえる。ニッと意地悪い笑みで。


「師匠はさ、おれの事が大好きだったんだ。ちゃんとした『挨拶』しないと、夢枕に立たれるかもよ」

「それは随分なプレッシャーだな」


言いながら仁志は結月と入れ替わり、墓石の前で膝を折ると、結月の備えた花束の横に、自身の持つ一束を差し入れた。

結月の名乗る姓と同じく『酉村』と書かれた墓石を暫し見上げてから、両手を合わせ、瞼を閉じる。


「この度、残りの人生を結月さんと共に歩んでいく事となりました、安良城仁志と申します。結月さんの意地っ張りな性格や、希薄な貞操観念に、常々心痛を感じていますが」

「おい」

「そんな所も愛おしく思えるのですから、きっと私は、ロクでもない人間なのだと思います」

「…………」


白い雲を流していく青空の下で、頬をそよぐ風が仁志の髪を揺らす。


「いつかそちらでお会いした時に、幼き彼の懐かしい思い出話を聞かせてください。代わりに私は、これからの彼との日々を。酒があれば、最高でしょう。また近々、今度は線香も持って、彼と共に伺わせて頂きます。……こういった類は不慣れなもので、簡素なご挨拶を、お許し下さい」


瞼を上げ、立ち上がった仁志の背を押すように、優しい風がひとすじ青空に駆けていった。


「苦労はかけてしまうかと思いますが、必ず、幸せにします」


追うように仰いだ高らかな空の向こう側で、『仕方ありませんね』と優しく微笑む師匠が、見下ろしている気がした。


***

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