恋綴り
〜Prologue〜
吉原。
華の都と謳われながら、その実、女たちの涙と汗に築かれた牢獄。
その最たる者こそ、太夫──花魁。
中でも名を馳せたるは、水鴉(みずがらす)ころん太夫。
水浅葱(みずあさぎ)の衣に身を包み、青き瞳に夜の闇を宿した少年花魁である。
その姿を目にした者は、誰もが息を呑む。
その美しさは、まるで月の光が水面に映るように、冷徹でありながらも、どこか儚さを漂わせていた。
青い衣の色が、まるで深い湖のようにひんやりとした静けさを湛え、周囲の光をすべて飲み込んでいく。
その瞳には、常に夜の闇が宿り、誰にもその深さを測り知ることができない。
ころん太夫の姿が目に映るたび、吉原の街は一瞬静まり返る。
まるで、周りの時間すらも彼女の美しさに引き寄せられて停止したかのように。
その美しさはただの容姿にとどまらず、**その存在そのものが、吉原の秩序と命運を支えるかのような圧倒的な力**を持っていた。
だが、その美しさの裏には、誰も知ることのない深い孤独と悲しみが横たわっている。
その瞳に宿る闇は、誰もが気づいていない、その悲しみの証だった。
ころん太夫──その名は、吉原で最も美しい花魁として、誰もが畏怖と憧れを込めて語り継がれている。
しかし、その美しさの背後には、切なくも冷徹な現実が広がっているのだ。
第一章 水鴉の蕾
街に鳴り響く太鼓の音、町の華やかさが私を包み込む一方で、心は、いつも冷たく沈んでいる。
僕を見つめる男たちは、花魁としての美しさを誇っていることに酔いしれ、一挙手一投足に心を奪われる。
けれども、その美しさがどれだけ完璧であっても、それを受け入れることができない。
それが、僕を守る唯一の手段だから。
吉原の花街において、僕は美しさを誇ることで生きてきた。
その美しさが、僕をここに引き寄せ、そして束縛してきた。
男たちの目が私に注がれる度、その背後にある孤独な心がさらに深まっていく。
僕は、吉原の華やかな花街とは対極に位置する、静かな農村で生まれ育った。
幼少期の僕にとって、日々の生活は穏やかで、何の変哲もないものだった。
朝は早くから田畑で働き、家族とともに穏やかな時間を過ごしていた。
家族は貧しく、両親は常に苦しい生活を強いられていたが、それでも家族を支え合い、助け合いながら過ごしていた。
深いようで淡い水色の髪と透明感のある白い肌、整った顔立ちが、村の人々を驚かせた。
しかし、家族の中ではその美しさを誇ることはなく、むしろそれが貧しい生活の中での重荷となっていた。
両親は時折、その美しさに困惑することがあったらしい。
「こんなに美しいのに、どうして貧しい家に生まれたのか…」
僕は一時期不義の子と噂をされることもあった
しかし、村にそれに似る美貌を持つ男は居ない
両親はしばしば、ころんの将来について悩んでいた。
僕は無邪気に、ただ日々を楽しみ、家族のために働きながら暮らしていた。
だが、次第に村の中でその美しさが大きな問題を引き起こすことになる。
その美しさが村の男たちを引き寄せ、親の貧困を逆に浮き彫りにしてしまったのだ。
数え年10になった頃、家族は次第に厳しい状況に陥っていた。
田畑も不作が続き、両親は借金を重ね、生活がますます困窮していった。
そのころ、村に訪れた商人が、僕の美しさに目を留めるようになった。
商人は、僕の父親に言った。
「この子は、この村のものにしておくにはもったいない美しさを持っている。もしよければ、私があなたの娘を都へと連れていこう。あの吉原で花魁として育てば、大きな富を手にすることができる。」
僕の父親はその言葉に迷った。
「だが、こんな田舎の子が吉原で花魁になるだなんて、そんなことが本当に…?」
商人は強く言った。
「一度話を聞いてみるだけでも構いません。お金を得る手段として、これほどの機会は二度と訪れませんよ。」
そして、商人はその言葉を裏付けるように、金を差し出した。
その金額は、家族にとっては膨大なもので、困窮した生活を少しでも楽にするために、両親はその提案に心を動かされた。
だが、僕はその決定を知らされることはなかった。
両親は夜、ひっそりと商人とともに都へと向かうことを決めたのだ。
「これが最後の希望だ」と信じて。
そして、商人は僕を連れ、吉原へと旅立った。
僕が自分の運命を知ったのは、商人と共に旅をしている最中だった。
途中、商人は静かに告げた。
「あなたは、吉原で花魁として生きることになる。」
その言葉に、言葉を失った。
ただの農村の少年だった僕には、吉原という世界の意味も、そこで待っている運命も、すべてが未知のものであった。
「僕は…おいらんになるの?」
ころんは小さく呟いた。
その問いに対する答えは、商人の冷たい微笑みに包まれていた。
「美しさを持って生まれたからこそ、あなたは選ばれたのだ。」
そう言って、商人はさらに深く微笑んだ。
その時、心に芽生えたのは恐怖ではなく、無力感だった。
この美しさが、彼を花街へと売るための道具となったのだと、幼いながらに理解していた。
Prologue&第一章 〜完〜
第二章 「檻」へ続く
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