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というわけで、その後が気になって翌日、そのまた翌日、と連日真帆さんのもとを訪れているわたしである。
はたして山田さんの願いは叶ったのか否か。
「どう思う?」
ある日、真帆さんに訊ねると、
「そうですね」
と真帆さんは唇に右人差し指を当ててから、にやりと笑んで、
「――まぁ、その男性の本当の想いは判ると思います。それが彼女の願い通りとはいかないでしょうけれど」
それはあまりに性格の悪い笑い方で、いかにも『魔女』って感じがした。
「それってつまり、彼氏さんには山田さんと結婚する気はないってこと?」
すると真帆さんは「ん~」と少し考えるような仕草をして、
「それ以前の問題ですかねぇ」
と肩をすくめる。
「というと?」
「ほら、前にも言ったじゃないですか。恋人同士なら、ふたりっきりになることなんて、よくあることだと思いますけど、って」
「ふんふん、言ってたね」
「だから、そういうことですよ」
「なるほど、そういうことか」
わたしは納得したように頷いてから、
「――つまり、どゆこと?」
改めて、真帆さんに首を傾げた。
真帆さんは少し目を丸くしてから、
「……わからずに返事してたんですか?」
おお、真帆さんが驚く顔なんて初めて見たよ。
じゃなくて。
「いや、たぶんわかってるとは思うんだけど、まさかね、って」
「その、まさかだと思います」
「ってことは、山田さんが彼氏だと一方的に思っているだけで、本人は――」
「涼香さんを彼女だと、付き合っていると思っていない可能性がありますよね」
「え~、そんなこと、ある?」
だって、あれだけ彼氏彼氏って言ってたような……
「人が、常に本当のことを言っているとは限りませんから」
「確かにそうだけど、でも、こんなところでわざわざ嘘まで吐く必要なんて……」
「嘘とは言っていませんよ、私」
その言葉に、わたしは一瞬、言葉を失ってから、
「……はい?」
意味が解らなくて、首を傾げてしまう。
「えっと、だから、つまり?」
「涼香さんは、その方と付き合っていると思い込んでいる、或いは思いたかったのかもしれません」
「――えっ」
そっち? まさか、そっちなの?
「まぁ、実際のところはわかりません。けれど、あのチェストピースで涼香さんの心の声を聴いたとき、心のどこかで彼氏彼女の関係自体を、自ら疑っているような声が聞こえましたから、ある程度の自覚はあったんじゃないでしょうか」
「そ、それじゃぁ、もしかして、涼香さんの本当の願いって」
「はい」
と真帆さんは頷いて、
「涼香さんの願いは、自分たちが本当に恋人同士であるかを確かめること、だったんです」
「なにそれ、だったら最初からそう言えばよかったじゃん」
すると真帆さんは、「何言ってるんですか」とため息を吐いて、
「そんなこと、怖くて口が裂けたって言えませんよ。そういう感情だってあるんです。その現実を認めたくない、受け入れたくない。だから、あえて恋人同士と口にしておくことで、自分を安心させていたんです。そう考えた方が、私がお貸しした魔法具がまったく使えなかった理由も頷けるでしょう? ふたりっきりのときなら、いくらでもあれらを使うことができたはずなんですから」
それはそうかも知れないけれど、何か少し納得いかない。
何が納得いかないんだろうか? 自分でもよくわからない。
と、そこへ、
「真帆」
短く口にしながら、見覚えのある男の人がお店の中に入ってきた。
真帆さんのお知り合い、シモフツさんだ。
あのあと聞いた話によると、本当の名前は下拂(しもはらい)さんというらしい。
沸騰の沸と拂が似ているから、そう呼ぶようになったのだとか。
ちなみに、真帆さんはあえて違う読み方を貫き通しているらしい。
……軽い嫌がらせか?
そのシモハライさんが、すたすたと真帆さんの前まで足早に歩み寄ってくると、真剣な眼差しで真帆さんを見つめながら。
「好きだ。結婚してくれ」
「お断りします」
スパンっと即答する真帆さんの潔さよ。
にっこり微笑んでそれを言う姿に惚れ惚れするぜ。
なんて思っていると、ガクンッと膝をつくシモハライさん。
そんなシモハライさんに、真帆さんは楽しそうにニコニコしながら、
「毎度毎度こりませんね、シモフツくんは」
私は真帆さんに顔を向けて、
「毎度毎度? そんなに?」
真帆さんは「ぷぷっ」と噴き出すように笑ってから、
「はい。月一くらいのペースでプロポーズしてきます」
「はぁ、月一」
どんだけ真帆さんのことが好きなのよ。
そんなに想われて羨ましいような、ウザくて鬱陶しそうで可哀そうなような?
なんとも言えない思いでいると、シモハライさんはゆっくりと立ち上がり、
「……まぁ、そのうち必ず、はいと言わせてみせるよ」
その言葉に、真帆さんも嬉しそうに、
「頑張ってくださいね、シモフツくん」
そう言って、にっこりと、微笑んだ。