『落ち零れ』
人間界。人々が住む普通の世界。その世界を管理しているのは神様だ。人間は誰も神様の存在を信じていないけど。そして、命の管理は天使と悪魔だ。天使は人々を天国へ導き、悪魔は人々を地獄へ堕とす。それらの仕事が成り立っているから、世界も成り立つ。
そこに、一人の落ちこぼれの天使が居た。
他の天使はその落ちこぼれの天使を見るなり嫌味を零す。
「まぁた彼奴人間を見殺しにしたんだって?」
「そうらしいよ。まだ一人も天国へ導いてないんだって」
「飛んだ傍迷惑…。天国と地獄の狭間に魂が沢山いるのあの子のせいよね」
「その狭間にいる魂を導くのも私達の仕事なの?はぁ…面倒くさい…」
「何が“善逸”よ。善い人を守り抜くなんて…できてないじゃない」
「善逸なんて…居なくなれば……」
ふと、嫌味が途絶える。その理由は、赫灼の髪をした天使が居たからだ。
「それ以上、善逸の悪口を言うのは俺が許さないよ?」
「た、炭治郎様!?」
善逸を小さな頃から育ててくれている天使がニコリと微笑むが、その笑顔は冷たかった。音も怒っている音がする。
「そんなに雑談する時間があるなら、仕事をしておいで。狭間の魂もまだ沢山有るんだろう?なら早くしないと魂が穢れるからな」
「は、はい」
炭治郎は声の圧で天使達を鎮める。炭治郎はドミニオンという下位の天使を監視する天使だ。炭治郎の階級は上から四番目であり、偉い方である。
炭治郎は善逸の存在に気づけば、さっきとは違う優しい笑みでこちらに手を振る。
「善逸!!大丈夫か?」
「う、うん。助けてくれて…ありがと」
「そんなの…。どんなに他の天使が善逸を悪く言おうと俺は味方だからな」
炭治郎はニコッと微笑む。
「ほら、今日は約束の人間界の仕事見学だ!行こう!!」
「う、うん!!」
炭治郎はすっと手を伸ばす。善逸はその手を握る。とても暖かかった。
――人間界の境界まで来た。足を踏み入れてないのに分かる。暗くジメッとした感じがして、どうにも長居したくなかった。
ああ…今日の仕事は人間が殺されるんだ…。それを天国へ導く。案外、天使の仕事も楽では無い。さっきまで暖かく微笑んでいた炭治郎の顔も冷たい。彼だってこんな仕事望んでないはずなのに。
普段の仕事は、人々を危機から守るのが天使の仕事だ。だけど、偶に死ぬべき運命の人を天国に導くこともある。その死ぬべき運命は、変えることは出来ない。変えたらその魂は地獄へ堕ちる。浄化できなかった魂はやがて悪魔へと生まれ変わる。つまり俺はただ敵を量産しているだけだ。だから他の天使から蔑まれ、嫌われる。
人間界は、矛盾だらけだ。人々を守るのが仕事なのに。死ぬべき運命の人間をも天国へ導かなくちゃならない。
「――逸…?善逸!!」
「え…ぁ…」
「大丈夫か?ぼーっとして」
炭治郎が心配そうに善逸の顔を覗き込んでいた。善逸は心配させまいと「大丈夫大丈夫」とにへっと笑ってみせる。
「やっぱり今日じゃない方が良いか?この仕事も善逸にはまだ…」
「そんなの…俺も早く炭治郎みたいになりたいし。俺が手を出したら邪魔になるだけだから俺はここで見てる」
「邪魔なんて…。…わかった。じゃあここで見ててくれ」
なにか言いたそうな顔をしていたが、何も言わなかった。炭治郎が境界の先へ足を踏み出すと、人間界の時が動き出した。人形のように固まっていた人々が忙しそうに動き出す。
そして、対象の人間は時が動き出した途端殺される。なんて惨い死だ。それを助けることすら叶わない。
炭治郎の白いスーツに翼にねっとりとした赤い薔薇が咲く。
殺された人間はまだ自分の状況を理解していなかった。
「――は…?お、れ…」
「君はもうこの世の者では無くなったんだ」
人の形をしている魂は目を見開く。
「じゃあ…つまり…」
「そう、死んだんだ」
魂は俯く。
「なんで…なんで…お前は天使なんだろ!?じゃあ…なんで“見殺し”にしたんだよ!!」
「…」
魂は薔薇色に染まった炭治郎の服を掴み、縋り付く。
「…君は死ぬべき運命の人間なんだ。だから…こうするしか無かった。大丈夫。来世はきっといい人生が送れる。俺が保証するから」
「…っ!」
魂は力なく手を離すと、涙を零す。
「ごめん…」
そう呟き、魂は光となって消えた。それを炭治郎は見上げ見送る。
「よかった…魂は浄化されたみたいだ」
炭治郎は顔に付いた鮮血だけでも拭う。
「善逸…大丈夫か?」
炭治郎は心配そうに善逸を見やる。
「うん…大丈夫。凄いな、炭治郎は」
とても、大丈夫とは思えなかった声だったが、言ったところで「なんでもない」と言うだけだろうから、「そうか」と相槌を打つ。
「俺も、ちゃんと仕事出来るようにならないと。でも人間の気持ちとか分かんないし……」
「……」
人間の気持ち…か。そこで、炭治郎はピーンと閃く。
「なぁ、善逸。人間界で暮らしてみないか?俺と…」
「え…??」
善逸は目を見開く。提案された時は凄く嬉しかった。けど、それが炭治郎との関係を壊す事だとも知らなかった…。
コメント
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今日も神だった✨