「あいつもタイヘンダナー」
机の上に再度突っ伏す。
白鳥は――
綺麗な顔をしていると思う。
肌も白いし、線も細いし。
ゲイビデオに出てくる毛むくじゃらのクマだの筋肉粒々のゴリラとは違うとは思う。
しかし――。
(……ついてるもんはついてるんだよなー)
昨日観たビデオの中で、肛門に真っ黒な陰茎を挿されながら、ブラブラと上下していた男のソレを思い出す。
「……う……おえッ……」
再び小さくえずいた青木を、
「お前、また具合悪いの?」
隣の席の赤羽が呆れたように笑った。
◇◇◇◇
――ゃん。
――ちゃん?
――お兄ちゃん?
「……加奈!!」
はっと青木は瞼を開けた。
誰もいない教室。
いつの間にかオレンジ色に染まった黒板。
「――え?」
わけもわからずボーっとしていると、
「お前寝すぎ」
低い声に慌てて振り返ると、隣の席で赤羽が足を投げ出して、スマートフォンを弄っていた。
「……え、今何時?」
「4時。夕方の」
「は?」
青木は口の端に垂れた涎を手首で拭いながら、改めて教室を見回した。
「すごい熟睡っぷりだったぞ。教師が起こしても起きないくらい」
そう言うと赤羽はスマートフォンを鞄に突っ込み立ち上がった。
「白鳥は?」
「ああ、なんか風紀委員があるとかでとっくにいった」
その言葉に安堵する。
委員会があるんじゃ、他の5人はおそらく接触できない。
念のため後で電話しておけばいい。
それよりもこんな中途半端な感情で、白鳥と二人きりになる必要がないことに青木は胸を撫でおろした。
「ちょっとはスッキリしたか?」
赤羽が微笑む。
「ああ、うん」
「それはよかった」
赤羽は鞄を肩につっかけた。
「え。ってか、待っててくれたのか?」
驚いて見上げると、
「別に。暇だっただけ」
――ポン。
自分よりも大きな掌が、青木の頭を包んだ。
「あんま無理すんなよ」
赤羽はふっと笑うと、片手を上げて教室を出て行ってしまった。
「……なんだあのイケメン」
誰もいなくなった教室で、青木は一人呟いた。
こんな実験などではなく、普通に入学して、普通に出会っていたら、彼とは良い友達になれたかもしれない。
じゃあ白鳥とは?
(まあ……かわいいとは思うけど。ああいう太陽みたいにキラキラ眩しい奴って、本当は苦手なんだよな)
青木は天井を仰ぎ見た。
(俺、あいつのこと、抱けるのかな……)
そもそも自分はゲイではない。
腐男子になったのも、BL漫画が大好きだった妹の加奈の影響だ。
『お兄ちゃんお兄ちゃん、大ニュース!』
加奈の少し鼻にかかった声を思い出す。
『ヨネダロウさんの「どうしても触れたい」の続編が決まったの!!またあの二人に会える!』
『まさかの続編かよ!楽しみだな!』
『お兄ちゃん、聞いて!東本ろう先生の、「スイートプレイメイト」のサイン会当たっちゃった~!!』
『マジか!すげーじゃん!一緒に行こう!』
少し体の弱い加奈は、自分にとって宝物だった。
加奈が少しでも興味があるものは理解したいと思ったし、同じ時間と興奮を共有したいと思った。
だから加奈がすすめてきた漫画は全部読んだし、ボイスCDもBLゲームも全部買った。
つまり、それだけだ。
BLに興味があったわけでもないし、ましてや男同士のあれこれに興奮するわけではない。
(せっかく白鳥がこっちを意識してくれてるチャンスだってのに……!)
青木が眉間に皺を寄せていると、
「やあ、健闘してるみたいだね」
例の声が響いた。
「……今度はなんだよ……!」
耳を澄ませる。
「死刑囚、青木浩一君?」
(……ん?)
違和感があった。
いつもは骨を伝わってくる例の声が、耳から聞こえる。
「っ!!」
振り返るとそこには真っ黒なオカッパ頭の小柄な男が立っていた。
ガタンッ。
思わず勢いよく立ち上がり、椅子が後ろに倒れる。
「……お前、実験の首謀者か?」
この学校の制服を着ている年齢不詳な男は、大きな目をギョロギョロさせてこちらを見つめた。
「青木くんってさ、見るからにノンケだよね」
男は質問には答えずにフフフと笑うと、青木に歩み寄った。
「そのままじゃいくら白鳥に好いてもらっても、本当の意味では彼を落とせないよ。君もうすうす気づいてるんだろ?」
男は耳まで届かんとする大きな口を左右に広げて笑った。
「特別に助けてあげようか?」
「……ッ!」
下半身に違和感を覚えて青木は視線を落とした。
自分の股間はその男の小さな手に握られていた。
「な……何するんだよ!!」
咄嗟にその手を振り払うと、
「あれぇ?いいのぉ?」
男は顔を寄せてきた。
「今のうちに男に耐性つけておかないと、白鳥とキス以上のこと、できないと思うけどぉ?」
「――――!」
「まあ、あれもキスと呼べるかは微妙だけどね」
「……ッ!見てたのかよ!」
顔が熱くなるのが自分でもわかる。
「そりゃあ、実験ですからぁ?被験者のことは見なきゃでしょ」
「……ってことはやっぱり、お前は実験の――」
「おっと」
男は言葉を続けようとした青木の唇に人差し指をつけた。
「ここから先はノーコメント。実験に贔屓や特別があっちゃまずいからねー」
ニヤニヤと笑いながら男は首を傾げて見せた。
(……ああ、こいつ。どこかで見たことあると思ったら、あれに似てるわ。腹話術の人形)
一気に嫌悪感を爆増させながら、青木は男を睨んだ。
「じゃあなんで、俺には接触してきたんだよ……!」
「なんで、かー」
男は肩を竦めるとこちらを上目遣いで見つめた。
「しいて言えば、タイプだからかな」
「……はあ?」
男は楽しそうににんまりと笑った。
「俺は君の味方だよ……?」
そう言うと、男は青木の両頬を掴み、自分の唇を押し付けてきた。
「んんんッ……!!」
必死で押し返そうとするのに、腕の力が異様に強くて敵わない。
「ほらほら、口開けないと。まさか2回目もあんな小学生みたいなキスするつもり?」
生暖かい息を吐きながら男が笑う。
「……誰がお前なんかと……!」
「失敬な奴だな。俺が直々に実験台かつ練習相手になってやろうとしてんじゃん」
男はニヤニヤと笑うと、力を緩めやっと青木を解放した。
「自力で何とかするっていうなら止めないけど?上手なキスも、完璧な前戯も、濡れそぼるフェラも、最高のセックスも」
「ふぇ……フェラ?」
「え?しないで済むと思った?するに決まってるじゃん。君、BLとか読んだことないの?」
男は目を細めて笑った。
「百歩譲って、君がされる側だとしよう。果たしてその状態で男に咥えられて勃つのかな?」
男の唇が赤く光る。
「勃たなかったら、白鳥、傷つくんだろうな。知ってる?失恋って失う恋って書くんだよー」
男はケラケラと笑った。
「まあ、いいや。一晩じっくり考えてよ。俺で練習して本番に備えるか否か。時間はあるようでないぞ、死刑囚の青木君?」
男はそう言うと、片手をヒラヒラさせながら、教室を出て行った。
「……くっそ」
青木はその後ろ姿を睨みながら、ペッと唾を吐き捨てた。
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