『もしもし』
「あ、お久しぶりです。諏訪です」
『……ああ!元気しとっがえ?』
「はい。おかげさまで。お祖母ちゃんも元気ですか?」
『うん。元気よ。年には勝てねけどな』
「はは。……賢吾くん、怪我大変でしたね」
『んだー、入院中よー』
「連絡、とれてますか?こんな時代だから、面会もできないし大変ですね」
『ほだなよ。でも1日1回は連絡寄越せよって言ってあっから』
「そうですか。―――ちなみに昨日は連絡来ましたか?」
『連絡が?』
「はい」
『来たよ。夜に。ご飯食べたとこだって』
「―――そう、ですか」
『病院食、うまぐねえって笑ってっけな』
「はは……」
『……それがどうかしたがい?』
「あ、いえ!あいつらしいですね!あまり無理しないように言っておいてください!」
諏訪は通話を切ると、生徒会室の長机に携帯電話を置きながら、視線を外に移した。
こちらにはLANEを返さないくせにちゃんと祖母には電話していることに、安堵と同時に腹立たしさを覚える。
「ま。いいか。無事なら……」
しかしこれで朝から胸に湧いていた不安は払拭できた。
右京の身に何かあったのではないかと危惧していたが、電話があったのなら、大丈夫だ。
あいつの山形弁を再現できる奴もいなければ、取り繕った訛りに気づかない祖母でもない。
電話してきたのは右京本人に間違いはない。
なら大丈夫だ。
大丈夫。
だい………。
「ん?」
なんとなく見上げた校舎の屋上に、何かが反射して見えた。
なんだ?
頭……。金髪……。
あ、尾沢か。
屋上に尾沢がいる。
続いてダークブラウンの頭も並んだ。
「―――あれ、蜂谷か。なんかあの髪色まだ見慣れねえな」
何とはなしに眺めていたら、突如、蜂谷の顔が曇った。
「―――?」
尾沢の胸倉を掴んでいる。
「……あらあら、ご乱心だな」
蜂谷の顔を見る。
目は見開き、口は引きつり、何かとんでもないことが起こったらしいその顔は、この暑いのにみるみるうちに青くなっていく。
そして尾沢を突き飛ばすように手を離すと、そのまま走って屋上から消えてしまった。
残された尾沢ががっくりと頭を落とす。
腕で目を拭く。
「なんだ……?喧嘩かー?」
諏訪はふっと鼻で笑いながら視線を長机に落とした。
先ほどまで右京の祖母と電話をしていた携帯電話が目に入る。
『手首の手術なのに前日から入院なんて大変だな』
数日前、諏訪は生徒会総会の準備を続ける右京に言った。
『ああ、なんか人工関節入れたりするから、全身麻酔するらしくて』
右京は資料を揃えながら憂鬱そうにつぶやいた。
『誤嚥性肺炎を予防するために、胃の中空っぽにしてからやるらしい』
『へえ』
『だから――――』
―――だから前日の夜から絶食なんだって。
全身に鳥肌が立った。
諏訪は飛び上がるように立ち上がると、長机の脚で大きな体をもたつかせながら廊下に飛び出した。
全速力で走っていく蜂谷が目の前を通り過ぎる。
「あ……おいっ!待て!!」
諏訪は慌てて追いかける。
速い……!
しかしーーーー。
「元四番バッター、嘗めんな!!」
やっとこのとでその腕を掴むと、引き寄せて捕まえた。
「……なんかあったのか!?」
「お前に関係ねぇだろ!急いでんだよ!離せ!」
蜂谷の据わった目が諏訪を睨み、ドスの効いた声が廊下に響き渡る。
「じゃあ質問を変える。右京になんかあったのか?」
「………ッ!」
蜂谷は顔は真っ青なのに首から下は真っ赤という、尋常じゃない形相で諏訪を見上げると、苦しそうに肩で息をしながら、チッと舌打ちをした。
◆◆◆◆◆
「つまりは、あの文化祭に乗り込んできたやつらが右京を拉致ったって言うのか?」
諏訪は蜂谷を無理やり生徒会室に引っ張っていくと、鍵をかけてパイプ椅子に座らせ、尋問するように全てを聞き出した。
「なんであいつらが右京に目をつけるんだよ。あの一件がそんなに気に食わなかったって言うのか?」
「違う」
蜂谷は出来れば今すぐ突き飛ばして駆け出していきたい身体を必死に抑えた。
「あいつらがずっと探していた赤い悪魔が、右京だったんだ」
「―――は?」
諏訪は眉間に皺を寄せた。
「多川が尾沢に、昔のあいつの画像を見せたらしい。学ラン姿で、毛先が真っ赤だったって」
「…………」
蜂谷は膝の上で拳を握りしめながら、諏訪を見上げた。
「お前の弟、言ってただろ…!赤い悪魔は毛先が3センチくらい真っ赤だったって!まんまじゃねぇか!」
「――――」
「あいつきっと永月のために、生徒会長になるだけじゃなくて、転校する前からちょくちょくこっちに来ては、学校付近のきな臭い奴らを根こそぎボコってたんだ…!」
「―――んなこと……あるわけねぇだろ」
諏訪はため息をつきながら頭を振った。
「ああ……もういいや。行きながら話すか」
諏訪は立ち上がると、生徒会室の鍵を開けた。
「……待てよ」
その腕を蜂谷が掴む。
「行くってどこにだよ…?」
「―――はあ?その多川ってやつがいるとこに決まってんだろ」
「―――馬鹿かお前は!!」
蜂谷はこめかみの血管を浮き上がらせながら叫んだ。
「あいつら、そこら辺のヤンキーに毛が生えたような奴らじゃないんだぞ……?リンチもレイプも簡単にやるし、もしかしたらそれ以上のことも……!」
「―――」
諏訪がこちらを睨む。
「そんなとこに丸腰で飛び込んでいく馬鹿がいるかよ!?」
と、諏訪の拳が握られ、それが脳天に降ってきた。
「―――ってえな!何すんだよ!殺すぞ!」
蜂谷が凄むと、諏訪はふっと笑った。
「その言葉、お前に全部お返しするよ」
「はあ?殺れるもんなら殺ってみろよ!」
ゴツン!
もう一度拳が振り落とされる。
「そっちじゃなくて。丸腰で飛び込んでいく馬鹿がいるかってとこ」
「…………」
蜂谷は両手で自分の頭を覆いながら諏訪を見上げた。
「俺たちが今から行くのは……警察だ」
◆◆◆◆◆
坂道を駆け下りたところで捕まえたタクシーに乗ると、諏訪はため息混じりに話し始めた。
「……なんでその多川ってやつは、右京を疑いだしたんだろう」
「知るかよ。でも文化祭で会った時から、あいつの反応おかしかったから。右京の何かが引っかかったのかも」
「へえ。んで?赤い悪魔を捕まえて、ボコられた仕返ししようってのか?」
「バックに、ムショに入った奈良崎ってやつがいんだよ。あいつの話では、赤い悪魔に病院送りにされた直後警察に掴まったらしく、恨んでるらしい」
「んで?」
「そいつが、ムショから出てくるんだと……」
「それはそれは……」
諏訪はため息をつきながら後部座席に凭れ掛かった。
「なあ、あいつの保護者に連絡できねえの?俺たちが交番に飛び込んだところで、話をどこまで信じてくれるか……」
「言っただろ。保護者は祖母さんしかいないって」
「だから、その祖母ちゃんには……」
「ダメなんだよ。祖母さんには心配かけられない」
諏訪は眉間に皺を寄せながら言った。
「3回だ」
「―――?」
「この8ヶ月で、祖母さんが行方不明になって、右京と一緒に探した数」
「………認知症ってやつか?」
「いや、躁鬱病なんだ。普段は何ともないが、急に症状が出ることがある」
「―――」
蜂谷は諏訪を見上げた。
「だから面識あんのか。あいつの祖母ちゃんと」
「―――」
諏訪は、スーッと口の端で息を吸い込んだ。
逞しい胸板が空気を吸い込んでさらに厚くなる。
「いや、違う。俺とあいつの祖母さんが出会ったのはもっと前だ」
「――――?」
「いやそれを言うなら、あいつとも、だけど」
諏訪は頭を垂れると、指先で目を擦った。
「―――どういうことだ?」
蜂谷が聞くと、
「だから……」
諏訪はこちらを見下ろした。
「俺と右京は一度会っている。あいつがこっちへ引っ越してくる、もっともっと前に……」
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