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ふと、夢の中の様な感覚を覚える。目を開けば、そこには先程見た黒猫の顔があった。
「…お前、さっきの黒猫か。」
「こんにちは。」
急に喋った黒猫に目を見開く。しかし、うちにも話す毛玉が居たな、とすぐに冷静を取り戻した。この時ばかりは、少し…本当に少しだけだが、あの毛玉の存在に感謝した気がする。
「人はみんな心に闇を抱えながら…、毎日何とか生きている。」
黒猫の言葉に今度はぴくりと耳を動かす、だってレオナは一度その闇に飲み込まれたのだから。
「歩みを止めれば、すぐにバランスを崩してしまうから。」
そりゃそうだ。生きている限り、歩みを止めればそこにあるのは”死”のみだ。
「なるべく苦痛を感じない様に…、わざと意識を鈍らせながら…。」
ああ、こいつの話している事が自分の事に聞こえる。それに居心地を悪さを感じながらも、耳を向けたままで。
「そして、気がつけば時間が流れて…、少しの後悔を抱えて死んでいく。」
そうだ、レオナもあのまま死んでいれば少しの後悔どころか、大きな後悔を抱えて死んでいた事だろう。
「私…あなたにはそうなって欲しくないの。」
何故だろう、その言葉に不思議と安心感を覚えた。殆ど話した事もない猫なのに、そう思うのはきっと今までそんな事を言われた事がないからだ。
「そして…彼らにも…。」
「…彼ら?」
彼ら、とは誰だろう。何故だか、自分の世界のあいつらで無いことだけはわかった。だが話の意図が見えない。
「お願い。彼らを助けてあげて…。」
「みんながあなたを待っている。」
誰かに待たれている?俺が?…嘘だろ、と鼻で嘲笑いながら吐き捨てた。
「何のことだかさっぱりだ。」
「大丈夫…すぐ分かるわ。」
話が通じなかった。多分黒猫には俺の考えている事なんてお見通しなんだろう、その姿が少し義姉と重なった。
「さぁ、目を開けて…。また会いましょう…。」
そう言ってその黒猫は消えてしまった。俺は何が何だか分からずに黒猫のいた場所をじっと見つめていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「主様…。」
主様、なんて名で呼ばれた事は一度もない。でも、誰かが俺の事を呼んでいる、そう感じて目を覚ました。
「ん……くぁ…」
起きたばかりで少し欠伸を漏らす。すると、目の前に誰かが現れた…というより俺が起きるのをその場で待っていたのだろう。
「よかった。お目覚めになられたのですね。」
何だ?この声はどこかで聞いた様な…
「あなたをお待ちしていました。主様。」
その男は宝石のように美しい瞳でこちらを見つめながら、優しく微笑んでいる。一度も見たことのないような笑みにゾワリと背中を震わせて呟く。
「誰だお前。」
心の底からそう思った。少しも見た事のない顔。猫を使って誘拐したのか?なんで?面識はないはずだ、誰かに頼まれたのか。そもそも主様って何だ。聞きたい事は山ほどあるが、目の前の男が誰なのか、何を考えているのか、それを知らなければどうにもできない。
「私の名前はベリアン。主様に仕える執事でございます。」
執事…王宮にこんな執事は居たか。否、こんな目を引く容姿をした執事がいれば俺も覚えているはずだ。それに、王である兄と比べ、俺に仕える執事は数人だけ。それも汚いおっさんばかりだ。
「ベリアン……サマ、は俺の執事とか言ったか。」
「主様、私に敬称をつける必要はございません。ぜひ「ベリアン」と呼び捨てでお呼びください。」
男…ベリアンとやらの言葉に、暫く考え、俺は思った。
「…夢か。」
そう、夢だ。夢と言えば今までの事も全部納得が行く。
「うーん…困りましたね。どうやら混乱されているようです。」
こんな事が起これば流石に混乱もするだろう、全てが急すぎてまだ覚めていない頭が追いつけない。ただ、初めて聞く優しくて暖かい声に、少し警戒心を解いた。
「主様。とりあえず紅茶を飲んで落ち着いてください。」
そう差し出された紅茶に鼻を近づける、毒は入っていなさそうだ。この匂いは…
「ダージリンのお紅茶でございます。ぜひ、ストレートで香りをお楽しみください。」
ん、とだけ返して紅茶に口付ける。…なかなか美味い。味や香りからしても紅茶を淹れる腕は良いみたいだな。
そしてもう一度視線を上げる。すると、ベリアンは口を開けた。
「主様、突然ですが…。この絵をご覧ください。」
そう言ってベリアンという男は壁を指した。