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自動ドアが開き、オルゴールが鳴る。
「いらっしゃいませ」
篠崎が玄関に向かった。
(あ、これ。もしかして、あれだ。篠崎さんがファーストアプローチするの、初めて見るかも)
由樹は胸を高鳴らせながら壁に張り付いた。
「展示場見せていただいていいですか?」
「どうぞ」
「すごーい、吹き抜けだー」
二人はシャンデリアがぶら下がっている玄関ホールの吹き抜けを見上げた。
「解放感がありますねー」
髪を結わえた快活そうな妻が、篠崎を見上げる。
「そうですね。玄関は特に家の顔なので。少し豪華にしてもいいですよね」
「…………」
途端に妻の方が黙る。
「……おい」
夫が妻をつつく。
「イケメンだからって見惚れてんなよ」
「え、あ、違うよ」
妻が慌てて靴を脱ぎだす。
(……こうなるよな)
由樹は軽くため息をついた。
篠崎の容姿は、言ってしまえば一つのハンデになる。
家を買うのが女性だけであればいいが、大抵の場合、家を買うのは夫婦だ。
芦原のように、親世代の夫婦ならともかく、この夫婦のように、篠崎と同世代であればなおさら、妻がはしゃいでしまえば、夫は面白くない。
(そのハンデを乗り越えて、なおかつ90分以上のアプローチを…?)
二人がリビングに入っていく。
篠崎は一瞬こちらを振り返った。
目が合う。
(ちゃんと見てろよ)
心の声が聞こえてくる。
自信に満ちた鋭い眼光に身体が硬直する。
「広―い!綺麗―!」
妻の声が聞こえてくる。篠崎は手を後ろに組みながら、ゆっくりリビングに入っていった。
「まあ、展示場だからね」
はしゃぐ妻を抑えるように夫が言う。
「なんか、洋画に出てくる感じ」
尚も妻は目を輝かせている。
「そうですね、この家のタイプは重厚感のあるドイツの家をイメージしてますから。それ以外にも和風モダンや、シンプルモダンなタイプもご準備していますよ」
リビングのテーブルの上に置かれたカタログ数冊を手に取りながら篠崎が言う。
「あ、和風モダンとか素敵。ね、トモちゃん」
トモちゃんと呼ばれた夫は、必要以上に篠崎に寄り添いながらカタログを覗き込んでいる妻に苦笑いしている。
「おいー。セゾンさんなんて高いんだぞ。参考程度にって言っただろ?」
釘を刺すように言いながら妻を引っ張る。
妻は篠崎を見上げながら、
「やっぱり、高いですか?」と聞いた。
篠崎は二人を交互に見た後、微笑みながら言った。
「ええ。高いですよ」
由樹は思わず持っていた手帳を落としそうになった。
(そこ肯定しちゃうの…?)
「……やっぱり」
二人が顔を見合わせながらため息をつく。
「建てるときは、ね」
篠崎は悪戯っぽく微笑んだ。
「もしかして、お二人は建てるだけ建てて、よし!建てたぞ!と満足して別の場所に住むわけではないでしょう?」
篠崎の言葉に二人が思わず笑う。
「そこに住むはずです。子供を産んで、もしかしたら親も招いて、子供を育て独立させて、親を看取って、二人きりに戻ってそこで何十年……それこそ死ぬまで」
少し大げさな表現であるような気がしたが、確かにそうだ。
家は建てて終わりじゃない。そこから始まるんだ。
改めて言うと、家づくりについて毎日考えているつもりの由樹も思わず胸が熱くなった。
「地元メーカーや、いわゆる“箱売り”と呼ばれる安価なメーカーと比べると、当社は高い。しかしそれは、壁に宝石や金の延べ棒が埋まっているわけではない。高いには高いなりの理由があり、当社でご契約いただいたお客様はそれを理解し、満足して家づくりを進めていただいています」
言いながら視線を妻に向ける。
「まず、当社では、建ててからの何十年、光熱費だけではなく、メンテナンス費もかからない家づくりをしています」
もはや妻の目はハートに近い。
(……こんなに魅力まで売って大丈夫ですか、篠崎さん)
しかしその視線は、次は夫に注がれた。
「さらに、ご主人様が外で家族のために働いている間、奥様やお子さんを、ご主人の代わりに守ることのできる家を作っています」
夫はその眼光に射抜かれたのか、黙って頷いた。
「今日は、カタログやネットではわからない、お二人が長きにわたって安心して、幸せに過ごせる家づくりの秘密をお伝えします。
当社に関わらず、家を建てる上で重要なところですので、ぜひお時間をいただければと思います」
妻の顔が上気する。
夫はそんな妻を見て諦めたように笑う。
二人は篠崎に促され、展示場もろくに見ないまま、リビングに腰を下ろした。
(あ、お茶出し!!)
由樹は慌てて事務所に戻る。
何だ?
なんだ、今の……。
何が違う。
自分と。