この作品はいかがでしたか?
35
この作品はいかがでしたか?
35
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ここは居酒屋。
テーブルは4人掛け。
週末ということもあって、店内はがやがやと賑やかだった。
友人の曳地かおりから、どうしてもと懇願されて断り切れなかった私は、飲み会という名の合コンに来ていた。我ながらお人好しだと思う。
今夜の合コンは、かおりが少し前の合コンで気に入ったらしい男性と、また会いたいがためにセッティングしたものだった。主役はあくまでかおりとその男性だ。
メンバーはそんな二人に加えて、私ともう一人の男性の合計4人。
傍から見ればダブルデートに見えないでもないが、私はこの飲み会に期待などしていなかった。そもそも、そんなに簡単に心惹かれる相手に巡り合えるわけはないと思っている。ロマンティックな出会いに憧れるほど、残念ながらピュアではない。
それにしても……。
私は隣に座るかおりの横顔をちらっと見た。
かおりは、気に入ったという彼――|前田信也――と、もうすでに下の名前で呼び合っているようだった。そこまで仲良くなっているのなら、わざわざこんな飲み会を設けなくても良かったんじゃないのか。
ちょっぴり苦々しく思いながら、私は目の前に座る人物をちらっと見た。前田の友達だという大柄な男性だ。
彼が現れた時のことを思い出す。
その時私たちは、店の前で待ち合わせをしていた。
先に到着していたかおりと話をしているところに、ほぼ時間通りに男性二人が現れた。
彼らが目の前に立った時、私はそのうちの一人に少し威圧感を覚えた。それほど彼は背が高く、がっしりとした体躯をしていた。しかし、女性受けしそうな精悍な顔つきをしているのに、にこりともしないから取っつきにくい感じがした。自己紹介の時になっても、やっぱり無愛想な表情は変わらず、彼は淡々とした声で高原と名乗ったのだった。
彼は私の正面に座った。
笑わない人だな……。
なんとなく気まずさを持て余している所に、ドリンクや料理が運ばれてきた。狭いテーブルの上にひと通り並んだところで、かおりの合図で乾杯する。
その後4人で様々な話題が飛び交うように会話が進んで、ようやく場は和やかになった――。となるかと思ったのだが、そうはならなかった。
始めからかおりの意識は前田に集中していたし、そのため必然的に私の会話の相手は、無口な高原ということになった。
私はグラスに口をつけながら、高原の様子をそっと伺った。表情のない顔でグラスを傾けているのを見て、話しかける前からすでに疲労感を覚えた。
苦手なタイプだ――。
高原に関しては初対面からすでにそう思っていたし、かおりと前田の様子を見て、この場に私はいなくてもいいのではないかとも思い始めていた。できることならもう帰りたいと思った。けれど、真面目な部分が、さすがにまだ早いだろうと私を止めた。
仕方がない。少なくとも、この場はなんとかやり過ごそう。私は大人なのだ。自分で言うのもなんだが、コミュニケーション能力は高い方だと思う。そしてこの飲み会は、もとより私にとっては出会いの場でもなんでもない。そうだ、接待のようなものなのだ――。
私は自分を騙し、あるいは励ますかのように心の中で自分に言い聞かせると、笑顔を作った。
「今日はお休みだったんですか?」
私は意識的に声のトーンを少し上げて、高原に話しかけた。こうやって自分のテンションを上げないと、彼の負の空気に負けてしまいそうだったのだ。
彼がラフな服装をしていたから、そう訊ねてみた。初対面同士の会話の取っ掛かりとしては、悪くはなかったと思う。そして、「休みだった」とか、「実は休日出勤で」とか、いくら高原が無愛想であっても、少なくともそれくらいは普通に言葉を返してくれるだろうと思っていた。
しかし、それは私の思い込みだったようだ。
高原は不機嫌そうな顔をしたまま唇の端を歪めると、鼻先でふっと冷たく笑いながらこう返してきたのだ。
「だったら何?」
「えっ……」
私は鼻白んだ。笑顔が固まりかける。まさかそういう返し方をされるとは、微塵も思っていなかったのだ。
しかし、私はその困惑をなんとか笑顔の下に隠した。助けを求めて隣のかおりをちらと見たが、すぐに諦める。
かおりは嬉しそうに前田を見つめながら、彼とのおしゃべりに夢中の様子だった。
邪魔、できないわね……。
私は内心苦笑したが、すぐに気を取り直す。にこやかな笑顔をできるだけ崩さないように気をつけながら、高原に話しかけるのを再開した。
「えぇと。ラフな格好をされているから、今日はお休みだったのかしらと思ったもので。それとも、休日出勤とかですか?」
高原の表情はまったく変わらなかった。舌打ちでも聞こえてきそうだ。
どうせなら楽しい時間を過ごした方がいいと、私はすでに割り切っている。しかし、高原もそうだとは限らないことに、思い至った。
最初から不機嫌そうな態度だったから、本当は来たくなかったのかもしれない。私と同じく前田から頼み込まれて、この飲み会に来ているだけなのかもしれない――そう思った。
けれど仮にそうだったとしても、場の空気を壊すような態度や言動は、大人としていかがなものか。
嫌ならもう帰ればいいのに、と思ってすぐに、自分自身のことを思い返した。私もそう思った。けれど結局、せめて時間いっぱいはここにいようと決めたのだった。
もしも、高原も私と同じように考えてここにいるのだとしたら、びっくりするほど無愛想で印象が最悪な人だとしても、少しはいい所があるのかもしれない……。