「殿下。すいませんが僕らは一度戻らせて貰います」
報告しなければならないので、と申し訳無さそうに言うゾムさん…いや、ゾム。
道中「さん付けはやめてください」と言われたので、またさんを付けて呼んでしまっては怒られてしまう。
2人は軽く会釈をし、そのまま繊維状になり消えてしまった。
残された2人だけの空間は、息が詰まりそうなほど濁っていた。
「なぁ」
後ろから声が聞こえる。
足を止めずに返事をしてみる。
「ん?」
「なんであの時、”国を裏切った”んや…?」
彼の足音が後方で止まる。僕も、足を止める。
”裏切ったんじゃない”…そう言っても、きっと許されないだろう。
許されない行為をしたのだから。
「…なんでだろうね」
「ッ!」
右肩を掴まれ、体を回転させられると共に勢いよく胸ぐらをつかまれる。
先程の僕の答えは、彼には限りなく”肯定”に聞こえたのだろう。
興味本位で見た目は、あの頃のまま燃え盛っている闘心と、増幅した憎しみが籠もっていた。
睨みつけられるそれを見つめ返す。
なにかを、全部を吐き出したそうな唇がぷるぷると痙攣を起こしている。
「…ッもうええわ、」
パッと手を離され、少し浮いていた体に思わずふらついてしまう。
そのまま彼は意味のない場所へとその背中を運んで行った。
__”きっと、もう、この世界に僕らの居場所なんて無いんだよ。”
そう言ったのは彼らの為だったか、はたまた、絶望を繰り返した自分に対してなのか。
もう、覚えてない。
________________
『”らっだぁ”!』
何度その名前を呼ばれ、
『ねぇ〜今度は何する気〜?w』
何度、その言葉や仕草に笑いかけ、
『秘密でしょw』
『ハヤクイコ』
そんな彼らの笑顔に、何度手を、惹かれたことか。
________________
「殿下…殿下!」
現実世界に意識を戻したのは、先程の二人の声だった。
いつの間に帰って来たのだろうか。見ると少し肩が上下に動いていた。
強張っていた目元が、自然と緩むのを感じる。
「こんなところでぼーっとして、一体何があったんです?…あの人は?」
焦った様子で聞くゾムに、いつものような作り笑いを浮かべる。
「宮殿の方に…行ったよ」
「宮殿って…それじゃあ!」
いくら商業国とは言っても、栄える国を仕切る人間が良い人とは限らない。ましてや、先程向かった彼など服装からどこかの兵士だと推測できるのだ。下手をすれば処刑されるだろう。
困ったことに、僕はその背中を見過ごしてしまった。
「僕が行く」
「「え」」
「見過ごしてしまったのは僕だからね。…仕方ない」
2人が不満げに声を漏らすも、補足を加える。
背後に2人を残し、宮殿へと足を進める。と、どうやら仕方ないかとはならず、彼らも同行する様子だった。
右に並んだ彼に視線をやれば冷えた瞳を逸らし、また反対の彼は焦った表情を見せるもそっぽを向いてしまう。
頼もしいというべきか…、”かつてのように”心が踊った気がした。
__________________
【おまけ】
「確かぐちつぼさんは_」
「ぐちつぼで構いません」
「…、ぐちつぼは自身を信仰してるんだよね?」
「?はい…」
僕の質問に彼は当たり前のことを聞いてくる変なやつだなと、分かり易い視線を飛ばす。
僕は続ける。
「青臭いことは言わないようにしてるんだけど…これだけは言いたいw」
少し照れくさくて、左頬をポリポリと掻いてみる。
「信仰者数を気にし過ぎないこと」
「貴方は気にしなさ過ぎなんですよ」
ポカリと後頭部を叩かれ「あいた」と声を漏らす僕に、叩いた張本人が「自業自得です」なんて仏頂面で言う。
そんな様子を近くも、遠くから眺めているような視線に目を移す。
紅色の瞳が驚いたように瞬きを繰り返していた。
「…ありがとう、ございます…?」
「ふん」
言葉を預けた僕ではなく、ゾムが何故か鼻を鳴らす。
そんな彼にぐちつぼが怒り、またくだらない喧嘩が始まってしまう。
…平和だなぁ、なんて…__
今から起こりうることも知らないで。