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「全部片付けるから」
ニーナちゃんをかばうようにモンスターの前に立つ。
記憶の全部を見たわけじゃない。
俺が見たのは破魔札をニーナちゃんに使ってからのわずかな時間だけ。目の前でニーナちゃんの父親が殺されて、それを笑・わ・せ・ら・れ・た・ところだけだ。
頭が沸騰したみたいに熱い。
心臓がどくどくと脈打っているのが分かる。
全てをぐちゃぐちゃにしたくてたまらない。
『片付ける?』『おもちゃ箱は散らかってるのが』『良いんだよ!』
息を吐き出す。こんなに感情が荒ぶるのは初めてで、どうして良いか分からない。
目の前にいるモンスターを、ミノムシのように『導糸シルベイト』で身体を縛り上げているモンスターを、何としてでも祓わなければいけないと思っている。
『君はそう思わないかい?』『キサラギ』『イツキくん!』
それは……正義感から来るものじゃない。
ニーナちゃんと、その家族を弄もてあそんだコイツをここで祓わなければいけないという強迫観念にも近い。
俺はこいつを、殺さなければならないのだ。
だから俺は『導糸シルベイト』を放つと同時に、詠唱。
「飲み込め、『朧月』」
『複合属性変化:夜』による早期決着。
俺が生み出した五本の『導糸シルベイト』はモンスターに向かって直進。その身体を縛り上げて、変化しようとした瞬間――モンスターの身体が弾けた。
『おっと!』『危ない危ない』『朧月は』『必殺技だ!』『イツキくんのね!』
ぱぁん! と、何もしていないのに、モンスターの身体が散らばる。
モンスターを縛っていたはずの『導糸シルベイト』が、急に抜け出されたことによって空中で絡まり合う。
『全部、全部』『見てたんだよ!』『君の魔法は』『全部ネ!』
一方、散らばった仮面たちからどろりと黒い何かが溢れると、それがぬいぐるみになる。
『樹縛ジュバクだっけ?』『あれは良い魔法だ』『才能あり!』『100点あげちゃう!』
ぬいぐるみになって、立ち上がる。
『でもさ』『本物の第七階位キングを相手に』『準備もしないなんて』『失礼だろう』『いい加減にしろ!』
よく分からないツッコミが飛んでくると同時。
起き上がったぬいぐるみたちに向かって、俺は次の『導糸シルベイト』を放った。
俺の『導糸シルベイト』に引っかかったぬいぐるみたちが数匹、まとめて弾けるものの……それでは全てを拾いきれずに、いくつかぬいぐるみが俺の魔法から逃れる。
逃げたぬいぐるみたちは離れた場所で集まると、その身体が溶け合って一つになる。なると同時に空から降ってきた真っ白い布で身体が包まれる。包みながら『導糸シルベイト』がその身体を縛り上げる。
そして、再びミノムシみたいなモンスターになった。
……拘束できないのか。
ただ、それよりも気になったのは、
「……劇団員アクターは、お前が生み出してたの?」
『フームム!』『それは半分正解と言ったところだね』『半分不正解』
使えないのなら、別の方法を使うだけだ。
『アレは全部、私だよ』『私たちだよ!』『劇団員アクターはキャストさ』『ワンダーランドの!』『たくさん人手が』『いるからね』
聞こえてくる声は老若男女様々で、その中にはどこか聞いたことがあるような声も混じっている気がして、
『私は座長マスター』『人格の分割なんて』『お手の物だよ』『人格の取り込みもね!』
人格の取り込み。
それは自分を分割した劇団員アクターを取り込むことを言っているのだろうか。
それとも……。
と、考えたところで思考を止める。
その先を考えても意味がない。
俺がやるべきことはただ1つだけ。
「じゃあ、まとめて祓わないとだ」
『祓う?』『祓っちゃう?』『できるかな、できないかな』『そうカリカリしないでよ』
仮面たちが一斉に首を傾げる。
傾げた勢いのままくるくると回り始める。
『楽しいことだけをしようよ』『嬉しいことだけをしようよ』『面白いことだけをしようよ!』
「人をぬいぐるみにして、大人を殺して……面白い?」
『逆だよ逆!』『子どもたちが笑うためにさ』『大人はいらないんだよ!』『子供は大人に』『気を使うからね!』
そして、回りながら仮面たちが一斉に笑う。
その動きに、吐き出してしまいそうな嫌悪感を覚える。
『だからさ』『子供だけの世界がいるんだ』『夢の世界が』『それが私の』『ワンダーランド!』
モンスターの言葉を聞きながら、俺は再び『導糸シルベイト』を編んだ。
俺の後ろにはニーナちゃんがいる。
だから、むき出しの『朧月』は使えない。
『朧月』は強力な魔法だが、強力すぎるために制限を設ける必要がある。
だから俺が考えたのは『朧月』の周りを囲うように『複合属性:夜』による壁を生み出して周囲を囲う『墜陽らくよう』。
化野晴永あだしのはるながの蟲を祓うために使った魔法だが、あれは相手が一箇所にいつづけるために出来る魔法。
しかし、目の前にいるこいつは俺の拘束から逃げた。
だとすると、『墜陽らくよう』もまた、使えない。
だから、次の手を使うしか無い。
『考えてる顔だ』『どうやって私たちを祓うか』『考えてる顔だネ!』『じゃあ、ここらで一発』『驚かせてみようか!』
モンスターがそう叫ぶ。
叫んだ瞬間、モンスターが『導糸シルベイト』を五本伸ばした。
「……っ! ニーナちゃん!」
俺はそれに対して壁を張ろうと一瞬考えたものの、とっさに『身体強化』。
ニーナちゃんを抱きかかえて、後ろに飛んだ。
何かをしてくるという直感。
背筋に熱くて、冷たいものが流れていく。
『サプライズはさ!』『突然やるから』『面白いんでしょ!』『イツキくんに』『プレゼントだ!』
五本の導糸シルベイトが空中で混ざり合う。
『『『『朧月』』』』
やられた、と思った。
頭の中が一瞬で真っ白になった。
なった瞬間、地面を蹴った俺の身体がグン、と前方にひっぱられた。
『基礎属性を全部混ぜる』『思いつきは』『タンジュンなんだよね』『魔力が無いから』『できないだけで!』
後ろに向かって『導糸シルベイト』を伸ばす。
伸ばそうとしたのに、手元で魔力が編めずに霧散した。
『でも私は出来るよ!』『1つの人格が』『1つの命』『命を使って魔力を手にする』『等価交換は』『いちばん古い』『魔法だもんね!』
そうだ。
この魔法は、魔・法・を・封・じ・る・。
朧月の射程に取り込まれた者は、魔法が使えなくなる。
いつの間にか『身体強化』も消えていて、黒い球体に向かって身体が吸い込まれていく。既に球体はガリガリと遊園地の地面を削っている。
あそこに飲み込まれると、助からない。
誰だって、どんな存在だって粉塵のように細かく削って、飲み込んでいく。
「イツキ……! あれって!!」
ニーナちゃんが叫ぶ。
だってニーナちゃんは何度か俺が使っているのを見ているから。
朧月の力を知っているから、これからどうなるのかが分かっている。分かってしまう。
「大丈夫」
だけど、俺はそれを制した。
「大丈夫だよ、ニーナちゃん」
当たり前だ。
その魔法を一番知っているのは、俺なのだから。
「僕を信じて」
制した俺は逆に『朧月』に向かって――飛・び・込・ん・だ・。