船の甲板。
荒れ狂う波の音が響き渡る。
主は巨大な絵筆を構え、詩音は手にしたナイフを軽く回しながら笑っていた。
「へえ、お前が相手してくれるの?」
「……あんたを止める。」
詩音は肩をすくめた。
薬が切れかけているのか、わずかに震える指を見せながらも、不敵な笑みは崩さない。
「止める? 私を? バカじゃない?」
「……バカでもいい。」
主は一歩踏み出し、絵筆を振るう。
「信仰。」
「憲章。」
「慟哭。」
筆先が宙を滑り、文字ではない、何か原始的な”力”が渦巻く。
水が形を成し、巨大な波が詩音へと迫る。
しかし――
「甘いねぇ。」
詩音は懐から小瓶を取り出し、一気に煽った。
目の焦点が一瞬揺らぎ、そして――彼女は笑った。
「ほら、私の世界にようこそ。」
彼女の体がぶれた。
次の瞬間、詩音は主のすぐ背後にいた。
ナイフが閃く。
主は咄嗟に筆を盾にするが、詩音の動きが速すぎる。
「悪いなぁ、私は普段から幻が住処なんだよ!」
詩音のナイフが主の肩をかすめる。
痛みが走るが、主は必死に筆を振るった。
「盟約。」
「制裁。」
「終焉。」
主が描いたのは、巨大な鎖。
それが詩音の足元から伸び、一瞬の隙をついて絡みついた。
「っ……!?」
詩音の動きが止まる。
「今だ!」
主は全力で筆を振り下ろし、海そのものを操るように波を作り出した。
水の壁が詩音を包み込み、一瞬で飲み込んでいく。
甲板が静まり返る。
……しかし、次の瞬間。
水の中から、不敵な笑い声が響いた。
「ははっ……いいねぇ……!やっぱり、こうじゃなくちゃ!」
詩音が再び立ち上がる。
血を流しながらも、狂ったように笑っていた。
「もう一回やろうぜ、主!」
戦いは、まだ終わらない。