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「こちら、ご注文いただきました、カフェラテチョコチップマキアートフローズンアイスでございます」
メニューの名前が覚えられずに右京は黒板に色とりどりのチョークで書かれたメニューをガン見しながら言うと、両手で口を抑えた女子高生のテーブルにそれを置いた。
「会長……!」
言いながら涙を滲ませている。
「ちょっと、やだ!この子泣いてるんですけど!」
隣に座っていた女子たちが笑う。
「私、本気で会長のファンで……!」
女子生徒がこちらを見つめる。
「古参で……!こういう風に人気になる前から好きで、生徒会長に立候補した時から、ずっと、ずっと……!」
「お、おお……」
突然の告白に右京は面食らって瞬きを繰り返した。
「ありがとう。俺、女子に告白されるの、人生初だわ……」
「え!!」
3人が右京を覗き込む。
「それ本当ですか?!」
「え、ああ、まあ…」
「生まれてから今まで一度もですか?」
「前の学校では全然モテなかったんですか?」
グサグサと悪意無き剣が右京を突き刺す。
「いや、モテるも何も、俺、あれだよ。不登校だったし」
「フトウコウ……?」
よほど今の右京とは結び付かないのか、三人は漢字変換できないその言葉を真ん中に顔を合わせた。
「学校行事とか、ほぼ初めてっていうか」
右京は微笑んだ。
「だからこうして店に来てくれたの、嬉しいよ。ありがとな!」
3人は目を潤ませて右京を見つめた。
「会長…!!やっぱり、好き………!!」
「私もなんだか好き!」
「私も突然好き!!」
潤んだ目がたちまちハート型に変わる。
「―――え」
「一緒に写真撮ってくださーい!」
「店終わったら、文化祭、一緒に回ってくださーい!」
「てか彼女にしてくださーい!」
「おい」
女子パワーにたじたじになっている右京を、諏訪が丸盆で軽く叩いた。
「女に詰め寄られるメイドコスって絵面すごいから、ちょっと控えろよ」
女子たちが諏訪を見上げる。
「邪魔しないでくださいよ、諏訪せんぱーい!」
「副会長だからって、会長一人占めしすぎなんですよー」
「俺がいつ、この破天荒野郎を独り占めしたんだよ…」
諏訪が女子たちを睨む。
「いつでものし付けてくれてやるよ、こんな奴」
言い放った諏訪に押され、右京はよろけて女子の中に倒れこんだ。
「キャー!」
「喜んでいただきますぅ!」
「お持ち帰りしますぅ!」
前から上から下から抱きつかれた右京が、セーラー服の中に沈んでいく。
―――諏訪ってあんなに女子と普通に話せるんだな。
ぱっと見はいかつい諏訪が女子生徒――しかも後輩から慕われているのは、正直言って意外だった。
―――まあ、上には上がいるけどな…。
視線をずらすと、教室の真ん中で女子の集団に囲まれている永月が見えた。
「永月君、すっごい似合うねー」
「えー、そう?こういうのって色が白い人の方が似合いそう」
永月が微笑むと、女子たちはそろって顔を左右に振った。
「いやー、そんなことないってー」
「日焼けした小麦の肌が、シックな色に映えてすんごい良い感じだよー?」
「なんかどっちかって言うと、コーヒーよりお酒持ってきてほしいかも」
「こらこら、受験生が何言ってんの…」
永月が睨むと女子たちが湧きたつ。
「あー、でもわかるかも」
女子生徒の一人が言った。
「右京君も色白でイケメンだから、そういうシックな服、似合うかもね」
「…………」
「会長の目、おっきい!!」
右京に抱き着いていた一人が覗き込み、視界を覆う。
「ホントだー!近くで見るとまた一段と…!」
もう1人も覗き込み、
「ちょっと!!私の会長なの!!あんたたち、永月先輩狙いだったでしょ!」
もう一人がぐいと押しのける。
再び視界が開けた。
永月が向こうの席で微笑んでいる。
―――気のせい、か?
右京はやっと起き上がりながら、彼を見つめた。
さきほど、ほんの一瞬だけ、彼の醸し出す空気が変わった気がした。
どす黒くて、そうかと思えば真っ白で―――。
色がないモノクロームのような―――。
◆◆◆◆◆
「モテモテだね、右京は」
控室で休んでいると、カーテンを開けて永月も入ってきた。
「モテモテってのは、あーいうのを言うんだよ」
言いながらくもりガラスを通してかろうじてみえる見える廊下を顎でしゃくる。
そこには永月目当ての女子が、イケメンアイドルのコンサート張りに、永月の顔写真や名前の入った団扇を手に並んでいた。
「はは。困ったな」
右京が座っている椅子に、自分の椅子を近づけながら、永月が顔を寄せる。
「俺はたった一人、手に入ればそれでいいのにな」
「お……おい……!」
思わず身体を引くと、その肩をぐいと抱き寄せられる。
「止めろよ、誰か来たら……」
自分でもわかる。
顔が燃えるように熱い。
「大丈夫だよ。交代で休憩なんだから。この時間は俺と右京だろ?」
「―――んなこと言ったって…」
カーテンを一枚隔てた向こう側から、カフェ音楽と笑い声が聞こえてくる。
「……さっき、2年の女子に、”告白されたの初めて”って言ってたよね」
耳に唇をつける。
「……俺はカウントしてくれないの?」
「―――!ちゃんと……!」
その胸を押し返す。
「ちゃんと、“女子に”ってつけただろ…」
言うが、永月は力を弱めようとせずに右京の耳に舌を這わせた。
「永……月……」
「………しーっ」
永月が息を吹きかけるように言う。
「変な声が聞こえたら、さすがに人来るかもしれないから……」
言いながら、むき出しの右京の膝に、日に焼けた大きな手が触れる。
「あれ?」
永月が膝に視線を落とす。
「右京、なんか、怪我してる?」
スカートを少し捲る。
「うわ。なにこれ!」
眉間に皺を寄せる。
「な、なんでもねえよ!ちょっと転んだだけだって…!」
右京は慌ててそれをスカートで隠した。
「右京……それって……」
「なあ、休憩組ー……ってお前らかよ……」
カーテンを開けた諏訪がこちらを睨んだ。
「何やってんの?」
至近距離でスカートの襞を掴んだ二人を睨む。
「―――なんでもねぇよ!」
赤面して答える右京とは対照的に、
「なんか、右京が怪我してたみたいだったから。こう見えて足のケガは日常茶飯事だから見せてもらってた」
永月が涼しい顔で答える。
「それより、何?」
諏訪はまだ納得できないようだったが、二人を交互に見ると、軽くため息をついて言った。
「今日暑くて、予想よりコールドドリンクが出るんだって。ブロックアイス切れたから、表のドラッグストアで買ってきてくんね?」
言いながら、ファスナーケースを渡してくる。
「いいよ。行こう、右京」
永月が立ち上がる。
「―――え、この格好で?」
右京が素っ頓狂な声を上げると、永月は笑った。
「大丈夫。どっからどう見ても女の子だから!」
「それ、フォローになってないんだけど」
右京は睨むと、笑った永月に手を引かれ立ち上がった。
◇◇◇◇◇
「右京君~!ついでに買ってきてもらいたいものがあってー!」
控室に入ってきた執行委員が手招きをする。
「多分、菓子作りコーナーにあると思うからー」
言いながら細かいメモを渡す。
「えー。俺にわかるかな…」
右京が眉間に皺を寄せながら覗き込む。
「……バニラエッセンスって何?HKMって?」
「いいからもう、このメモ、店員さんに見せて」
「―――永月」
低い声に永月は振り返った。
先ほどのあきれ顔とは違う、刺すような視線の諏訪が立っていた。
……はは。怖い顔。
「何?」
永月はわざと柔らかく微笑んだ。
「わかってると思うけど」
諏訪はまだ女子と話している右京を顎で差した。
「誰が何を企んでるかわかんないから。あいつから目を離すなよ」
「了解。わかってる」
永月は頷いた。
「任せてよ!」
言うと、
「グラニュー糖って何?白砂糖じゃダメなの?」
まだ女子のメモを覗き込んでいる右京の肩に手を回した。
「―――な……!」
右京が真っ赤な顔で振り返る。
―――その反応、誰でもわかるって。
思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える。
ちらりと振り返ると諏訪がまだこちらを睨んでいる。
―――こっちも、ね。
永月は今度こそふっと笑ってしまった。
―――だめだよ。そんなに心配なら、自分でちゃーんと見張っておかないと。
永月はぐいと右京を引き寄せ、
「じゃあ行ってくるねー!」
2人の雰囲気に頬を染めるクラスメイトに手を振って、右京を連れ出した。
―――ちょっと予定よりは早いけど。
カフェエプロンのポケットに入れていた携帯電話を、こっそり操作する。
―――チャンス到来。
『今から行く』
ちらりと右京を見下ろす。
肩を組んでいることで顔の向きが固定され、永月の右手を覗き込むことはできない。
ファンデーションを塗っているはずの顔が、桜色に染まっている。
―――笑える。そんなに俺のこと好きなの?
口の端から笑いが零れる。
永月は携帯を見下ろした。
『右足を狙え。怪我してる』
打ち終わると永月はぐっと右京を引き寄せ、ウィッグに唇を付けた。
―――かわいそうな右京。
何も悪いことしてないのに。
こんなに可愛い奴なのにーーー。
あんな餓えたハイエナ共に、
ぐちゃぐちゃに犯されるなんて―――。