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「――うっ、うわああああぁあああっ!!!?」
突然の恐怖と共に、私は身体を跳ね起こした。
大量の汗をかいており、動悸も激しい。喉がとても乾いている。
暗闇の中で、私の両手が血に染まる夢。
王様の致死の瞬間が、また夢に――
「……アイナさん、大丈夫……ですか……?」
私の横で寝ていたエミリアさんも、当然のように目を覚ましてしまった。
ベッドの横ではルークが慌てて起き上がり、私の方を心配そうに見ている。
頭が痛い。
呼吸が荒い。
強迫観念めいたものが、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「――……ごめん、なさい……」
何に謝っているのか、とっさに自分でも分からなかった。
突然声を出して驚かせたことなのか、逃亡生活に引きずり込んでしまったことなのか、それとも――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
身支度をしてからダイニング……昨日食事をとった部屋に行くと、村長さんと奥さんがお茶を飲んでいた。
もう呼吸は整っている。ここからは普通の日常だ。
大丈夫、私は上手くやっていける――
「村長さん、奥さん、おはようございます!」
「おはようございます。良く休めましたか?」
「はい、おかげ様で!」
ルークとエミリアさんも、それぞれが村長さんと奥さんに朝の挨拶をする。
一通り済んだことを確認してから、私は努めて明るく振る舞った。
「それじゃ、朝食の準備をお手伝いしますね!」
「フレデリカちゃん、朝からありがとうね。助かるわー」
「いえいえ! 昨日お手伝いして、新しく覚えたこともあるので……もっと教えてもらいたいな、って」
「あら、おばちゃん嬉しいわ!
それじゃ、この辺りの郷土料理を教えちゃおうかしら」
「わぁ、そういうのがあるんですね!
リーダーとアンジェリカさんはゆっくりしていてくださいね」
……悪夢から逃げるように、どこかの他人を演じるように、私は朝食の手伝いをどんどんこなしていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝食を終えてしばらくすると、村長さんとルークは畑に出掛けていった。
神剣アゼルラディアはさすがに持っていけないので、アイテムボックスに回収済みだ。
エミリアさんは昨日訪れた家に行ってみるということで、一人で出掛けていった。
私も付いて行こうかと声を掛けたが、風邪が移ると良くないと断られてしまった。
村長さんの家の仕事も一通り終わってしまったし、さて、どうしたものか……。
ダイニングのテーブルで一人悩んでいると、外から戻ってきた奥さんが声を掛けてきた。
「フレデリカちゃん、お仕事ご苦労様。
お昼までは何もないから、暇なら村の中でも見てこない?
……まぁ、何があるってわけでもないんだけど」
「外ですか……、そうですね。
あ、そうだ。この村にお店はありますか?」
「小さな雑貨屋ならあるけど……。何か欲しいものがあるの?」
「はい。また旅を続けるので、ひとまず食糧が欲しいなって。
この村に着いたときは食べるものが何も無くて、お腹ペコペコだったんですよ」
「あらあら、そうだったのね。
そうねぇ、この村で作った作物は自分のところの分を残して売っちゃうし……。
それ以外のものは、基本的には王都で買ってきちゃうのよね」
「うーん……。
王都まで戻る余裕が無いので、できるだけ行く先々で揃えたいんですよね……」
戻れるものなら戻って買うのだが、戻ることはできないので他の場所で買うしかない。
この村である程度の食糧が手に入れば嬉しいんだけど……。
「んー。それなら少し余分に備蓄しているものがあるから、持っていく?
……お金はもらうけど」
「本当ですか?
それじゃ、できるだけ売ってください!」
「それなりに、量はあるわよ?
それにどうやって持っていくの? 馬車とかは無いんでしょう?」
「アイテムボックスを持っているので大丈夫です!
……今、何も入っていなくてすっからかんなんですよ」
「便利なものを持ってるのねー。農作業にも便利なのよね、あれ。
フレデリカちゃんって、農家のお嫁さんに向いているんじゃないかしら?」
「あはは……」
むーりーでーすー!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
笠を被って外に出てみると、雨は止むことなく降り続いていた。
この雨はいつまで降るんだろう? 逃げても逃げても、何だか雨に追い掛けられているような気がする。
夜が怖い。雨が怖い。
せめてどちらかが無くなれば、もう少し落ち着けるかもしれないのに……。
「――……はぁ」
ため息をつきながら適当に歩いていくと、畑のあちこちで村人たちが土を盛ったり、布のようなものを掛けたりといった作業をしている。
雨は恵みのものだけど、降りすぎてしまうと収穫量が減って、不作や凶作になってしまう。
……そこまでいくと、困る人がたくさん出てしまうわけで。
この連日の雨は、やはり光竜王様が転生をして……そして、その加護が無くなってしまったのが原因なのだろう。
その原因を作ったのが私だと考えれば、沈んだ気持ちがさらに沈んでしまう。
すべてのものは関連して繋がっているものだけど、今回のそれは範囲が広すぎるのだ。
神器を作ってしまったが故に、それによって別のところで被害が出る――
……それならば逆に、神器を誰かのために、世界のために使うことは出来ないだろうか。
例えばこの世界に、ゲームに出てくるような『魔王』がいてくれれば分かりやすいんだけど――
「おーい、お嬢ちゃん!」
突然の声に振り向いてみると、見知らぬ男性が私に声を掛けていた。
「やぁ、昨日は世話になったね。本当に助かったよ!」
「初めまして。えーっと……?」
「ああ、すまん! 旅の魔法使いっていうのはお嬢ちゃんのことだろう?
溜まっていた洗濯物を片付けてくれたって、妻が喜んでいてさ」
「いえいえ、お役に立てて何よりです。
……今もまた、ずいぶん汚しちゃってますね」
「うっかり足を滑らせてね。
ははは、また怒られてしまうよ……」
「ふふっ。それでは洗っちゃいますね。
ウォッシング・クロース!」
私が魔法を使うと、目の前の男性の服が一瞬で綺麗になった。
「お、おおっ!?
こりゃ凄いな……。ありがとう、これで怒られないで済む!」
「これくらいはお安い御用です。
私がいる間は、いつでも来てくださいね」
「はぁ~……。このままずっと村にいてくれれば、ずいぶん楽ができるんだけどなぁ……。
ああいや、お嬢ちゃんたちにも予定はあるもんな! すまんすまん!」
「あはは。それでは、足元には気を付けてくださいね」
「おう、ありがとよー」
そう言うと、その男性は明るく去っていった。
陰鬱な雨の中、それを振り払うのは人の心……か。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく歩いてまわると、村の人たちと一緒に作業をするルークを見つけた。
近くの柵に軽く体重を掛けて、ぼーっとそれを眺め続ける。
――……神器なんてものを作って、私は何をしたかったんだっけ?
神器で何かをしたい……ということは無かったか。
それを作ること自体が目的だったんだから……。
――憧れで作った神器。
しかし、その憧れが現実になったときに生まれた『別の現実』。私たちの、今の状況。
光竜王様からは『試練』について具体的に何も聞けなかったけど、きっと今がその『試練』の真っ最中なのだろう。
……しかしいつか、この状況から逃れることが出来るのだろうか。……それが全然、イメージできない……。
いっそ、私を受け入れてくれるならこの村にずっと――
「……あれ?」
ふと、私の身体を叩き付ける雨の音が止まった。
不思議に思って辺りを見ると、私の横には傘を差したエミリアさんが立っている。
「……こんなところでぼーっとしていたら、風邪をひいちゃいますよ?」
「あ……、すいません……」
突然の言葉で慌てる私に、エミリアさんは優しく微笑んでくれた。
「……わたしたち、今は大変ですけど。
きっと大丈夫ですから。いつか、全部が上手くいきますから。だから、泣かないでください。……ね?」
「えっ!? な、泣いてなんていないですよ……!?
これは……雨ですっ!」
そう言いながら、私は服の裾で顔に付いた水を拭った。
知らない間に涙がこんなに出るわけが無い。だから、この水は雨に決まっている。
「はいはい。それでは温かい飲み物でももらいにいきましょう。
雨がそんなに顔に掛かったら、冷えちゃいましたでしょう?」
「……むぅ。エミリアさんは、意地悪ですね……」
「ふふふっ♪ はい、わたしは意地悪なんです。
だから、フレデリカさんは……ペナルティで金貨1枚ですね♪」
「むぐっ!? こ、この流れでその話になるんですか……!?」
「因果応報、ってやつです! あははっ♪」
エミリアさんの珍しい軽快な笑い声に、私はとても癒されてしまった。
確かに私たちはつらい立場にあるけど、それでも、大切な仲間が側にいてくれる。
――それならきっと、今は弱気になるところでは無いのだろう。