星南.VS.愛羅 愛羅編_薄情者
久しぶりに外に出てみると、じめじめのした空気が肌に当たり、気持ち悪い。
ゆっくりと自転車を漕ぎ、目的地に向かう。
適当な所に自転車を停め、峠の前に出向く。
峠はもっとじめじめとした、気味の悪い雰囲気を放ち、まるで妖怪が住んでいそうな所だった。
だらだらと冷や汗が垂れていき、体の向きを自転車の方へと変える。
愛羅「だめ、だ…ゆーちゃんのためにッ…頑張ら、ないと…」
ごくりと唾をのみ、峠に再び向き合う。
ガタガタと震える足で峠に向かって一歩を踏み出した。
相も変わらずもわっとした空気が私の体に纏わりつく。
体が湿気と汗でベタベタとしている。
冷たい風は頬を撫で、寒気を感じる。
恐怖、勝負心、愛、色んな感情が混ざりあった変な色が、私の心のパレットを汚す。
木々はざわざわ、ざわざわと騒ぎ立て、私の恐怖心を煽る。
ガサッ
愛羅「ッッッ…!!?」
静かな峠から、何者かの音。
どうやら、女の人のようだった。
心臓の音で周りの音が聞こえなくなる。
無意識にカッターを手に取り、ゆっくりと刃を出していく。
ギギギッ
星南「ッ!?何ッ!?」
女の人はそういうと、くるりと体をこちらに向け、大層整った顔で睨み付ける。
ガタガタと私の足は震え、滝汗が頬を伝い、服にじわじわと滲む、気持ち悪い感覚に襲われた。
ふつふつと沸く、殺気。
きっと愛の花を狙ってるんだろう、敵なんだろう、今なら56せる、56す。
きっと56せた、そのはずなのに。
怖くて、動けなくて。
私の幸せのため、私の愛人のため。
そう思っても、到底人を56す気持ちにはなれず、無理やり笑顔を張り付けた。
不自然に口角をあげて、相手の方を見る。
愛羅「ッあ…?こ、こんにち…は」
そういうと、彼女も必死になって顔を歪ませる。
私とおんなじように、下手くそな笑顔を向けてきた。
星南「あっ…こんにちはぁ!」
「ちょっと~迷っちゃって!」
嘘だ。
何も信じれない。自分以外信じれない。
ここで刺すべきだったんだろう、刺さなきゃいけなかったんだろう。
そう気づいていたのに。
愛羅「そそッそうなんですねッ!わ、私は探し物をッ…」
そういったんだ。
相手に愛の花を探してることを勘づかせるようなヒントを、私は無意識に口にした。
すぐあのとき、ひよらずに刺せば良かったんだ。
なのに、私は自分のプライドのために、踏みとどまった。
私は愛に本気になれなかった、薄情者だった。
グザッ
愛羅「ッあ゛ッ…!?なん、で…?」
その女の人が取った行動は、私のできなかった、殺人だった。
ボタボタと腹部からは赤黒い血が流れ、ぐらりと視界が歪む。
その女の人は、実に愚かというように私を見下し、言葉を吐き捨てた。
星南「隙を見せたのが悪いんだよ」
何もできなかった私との差を、指し示すように言葉を浴びせてくる。
希望も何もない目から、涙がゆっくりと流れ落ちる。
ぼそりと本心を口に出す。
愛羅「すごいな…」
「愛人のために、本気になれて、いいなぁ…」
少しの沈黙のあと、女の人は小さくため息をつき、小さく呟く。
星南「愛人のために本気になれない奴なんて、愛の花を求める資格すらない」
信じられない、とでも言うように発した、ごもっともな言葉が胸を抉る。
その声には、呆れと怒りと、安心が入り交じっているように聞こえた。
星南「あんたになんて、絶対、愛の花は渡さない」
力強いその言葉には、本気が感じられた。
私の真横に転がった、何も役に立たなかったカッターを取り上げて、その人は言った。
星南「じゃね、死体と話すだけ無駄だから」
「愛に薄情な奴が、自分に勝てるわけないから」
もちろんそんなことはわかってる。
心のなかで言い訳しながら、だんだんと意識が朦朧としていく。
霞む視界の端に、小さな少女が覗いていた。
うまく聞き取れなかったが、何かを愉快そうに呟いていた。
やがて視界は暗転し、耳鳴りに襲われながら、痛みが引いていった。
愛羅⇒4亡
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コメント
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おぉ、星南連勝やん(?)相変わらず小説書くの上手いなぁ、続き楽しみにしとるで
うわッ…なんか綺麗だねッ✨(気持ち悪いね…)