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「助かったよ。林」
ぜえはあと肩で息をしていた紫雨が、バックミラー越しにこちらを見た。
「さっきの男は何なんですか?」
「あいつ、は…っ」
まだ苦しそうに息をしている紫雨からは、先ほどまでの魂が抜けた表情は消えていた。
しかし余程恐ろしいのか、車に乗ってから数分経っても尚、後ろを気にし、前にびくついている。
「セフレ、の一人……」
言いながらシートに身を隠すように沈んでいく。
「1回ひどい目に合ってから、会わないようにしてたんだけど、この間酔っ払って間違って連絡しちゃってさ」
「この間ってシルキーホームの飲み会の時ですか?」
「あーそーだ。ソレソレ。そんとき」
言いながらもまだキョロキョロとしている。
「ひどい目って?」
聞くと紫雨は一瞬眉間に皺を寄せた後、吐き捨てるように言った。
「肛門科の診察カードをもらうようなことだよ」
「!」
林は思わず紫雨を振り返った。
「大丈夫、だったんですか?」
ハンドルが滑り、慌てて前方に向き直る。
「いや、続けて3発やられた…。性欲お化けだよ、あんなん」
紫雨は鼻で笑いながら言った。
暗い車内でも紫雨の頬が青黒く腫れているのが見える。
「その傷も、その時?」
「ああ、そう」
言いながらその白い手が自分の頬を撫でる。
「紫雨さんの家で?」
「いや、あいつの家で」
「じゃあ、なんで彼は紫雨さんの家を知ってるんですか?」
「さぁ。知らん。今日、展示場にも来たらしい。飯川が電話してきた」
「展示場にも…?なんで勤務先まで知ってるんですか」
「盗られた。名刺入れ」
その手はなぜか、その後、右の頬に移動した。
「………………」
急に黙り込んでしまった紫雨を、林はバックミラーで見つめた。
(暮らしの体験会で、何かあったんだろうか)
“紫雨に熱がある”と言ったときに振り返らなかった篠崎の反応が気になっていた。
(この人がおかしくなる時は、いつでもあの人が絡んでいる…)
その事実は、林の身体をマグマのように沸々と沸き上がらせていた。
◇◇◇◇◇
風呂から上がった篠崎は、ソファに身体を預けながら、昨日、ここに座っていた同期の男のことを思った。
変わったと思っていた。
しかしあれの本質は変わらない。
ワガママで、
プライドが高くて、
意地が悪くて。
自分でどんどん周りを突き放して、
とことん追い詰めて、
それでも笑っている。
(—————)
しかし彼が案内した客は、「今日一日で、ますますセゾンさんのファンになりました」と笑顔で帰っていった。
頭のよい客だ。
紫雨の態度が悪かったり、説明が不十分であったなら絶対に出ない言葉だ。
「礼を言うの忘れたな……」
それどころかすでに何かで怪我を負っているらしい彼の頬に、新しく傷を作ってしまった。
どうせ若草が絡んだことはわかっていたのに。
人間として吐いてはいけない言葉も、売り言葉に買い言葉で出たであろう言葉だとはわかっていたのに。
あの男からの弁明が聞きたかった。
素直にこちらを信じて、自分の潔白を証明してほしかった。
それなのに、彼は自分からヒールに身を投じた。
あんなにかわいがってる新谷のことまで引き合いに出してまでーーー。
「ーーーー」
(そうだ。その確認がまだだった。)
「はぁ、気持ちよかった」
新谷がハンドタオルで髪の毛を拭きながら脱衣場から出てきた。
「ーーーー」
その顔をじっと見つめる。
「……どうしましたか?」
「お前さあ、もう時効だから正直に言えよ」
「時効?!俺、なんか悪いことしましたか?」
「お前じゃなくてさ」
その篠崎から比べたら小さい身体を抱き寄せて、ソファの隣に座らせる。
「紫雨、お前にどこまでやったの?」
「————っ!」
新谷の大きな目が左右にぶれる。
「えっと、どこまでって、その…」
「キスは?」
「ーーーー」
「されたんだな?」
その唇に優しく触れるだけのキスをする。
「もっと深く?舌も入れられた?」
「————か、勘弁してください…っ」
「————」
篠崎はその口に強引に舌を挿しいれた。
「———んっ」
新谷の手が、篠崎の肩を突っ張る。その小さな抵抗が愛おしい。
「あとは」
「————あとって…」
そのTシャツを捲り上げる。
胸の突起をなぞる。
「ここは?触られた?」
「もう、覚えてないすよ…。あっ……」
捲り上げてそこに唇をつけると、新谷の細い腰がしなった。
イージーパンツに指を入れる。
「ここは?」
「———触られてません」
「おい、正直に言えよ」
「ーーーーっ」
新谷は目に涙を溜めてこちらを不安そうに見上げた。
「………どこまで、知ってんですか…?」
「————!」
(まさか最後まではやられてねえだろうと思っていたが、この反応……もしかして―――)
「覚悟しろよ、新谷………」
「は……」
硬くなったそれを擦り上げると、新谷は篠崎の肩についていた手を、たくましい首元に巻きつけた。
後ろからもう一つの手を挿し入れ、指を挿れた。
同時に動かすと新谷は泣きべそをかくように篠崎に抱き着いてきた。
「……言えよ。時効だって言ってんだろ。紫雨に対しても怒らないから」
「———っ」
頑として言おうとしない新谷に舌打ちをすると、両手の動きを速めた。
「あ…しの、ざき……さん、もう、俺………」
破裂寸前なのを確認して前の方の根元を握った。
「言え。じゃないとずっとこのままだぞ」
後ろの指だけ動かし続ける。
「っ!………!」
新谷がイケない苦しさで目を見開く。
(かわいそうに……)
篠崎は何も悪いことをしていない哀れな恋人を見つめた。
「…………しの、ざきさん……」
込み上げる快感に耐えきれないのに、放出できない新谷の顔が赤く染まっていく。
「ほら、言え」
「……だ……って……」
「聞いてもお前への気持ちは変わらないから」
「…………」
新谷は観念したのか、苦しそうに天井を仰いでいた視線を、篠崎に戻した。
「………今……篠崎さんが、していること……まで、です……」
「後ろに指を突っ込まれて、前をしごかれた、と?」
「ーーーーっ」
新谷が辛そうに頷く。
「なんだそれ。あいつ、殺そうかな」
「!!話が、ちが……!!」
「冗談だよ…」
篠崎は前を抑えたまま新谷をソファに寝転がした。
そして足を肩に担ぐと、そのまま指を抜いて自分のそれを突き刺した。
「——っ!」
依然として前を抑えられている新谷は目を見開いた。
「俺が、上書きしてやる」
激しく腰を動かし始める。
「………!っ!!」
もう喘ぐことさえできない新谷の目から涙が零れる。
「ーーーー」
それをみて篠崎は笑った。
力尽きたようにソファで眠り込んだ新谷の、まだ濡れている髪を撫でながら、篠崎は携帯電話を眺めた。
『自分のケツくらい、自分で拭いてくださいよ、篠崎さん』
かつて自分と関係を持った直後に新谷が消えた日、紫雨はわざわざ時庭展示場を訪ねてきて、自分に啖呵を切った。
『あんた、チンコついてないんですか?』
(お前は、何でなにもかも、自分だけで抱え込もうとするんだ……?)
【紫雨 秀樹】
篠崎はしばらくその名前を見つめていたが、やがて通話ボタンを押した。
◇◇◇◇◇
「電話ですよ。紫雨さん」
「ーーーー」
「出ないんですか?」
「ーーーーっ」
「あ、篠崎さんからだ」
「ーーーーー!!」
「代わりに出ましょうか?」
「………」
「なんか紫雨さん、出れないみたいだから」
林は紫雨をベッドに押さえつけながら、その体の中心に、自分のモノを打ち付けた。