静寂。
ひび割れた空気の中で、何もかもが沈黙している。
目を開けると、僕は冷たい瓦礫の中にいた。喉の奥がひりひりして、何も思い出せない。体が重くて、動かす気がおきない。息を吸い込むたびに、鉄の焦げた匂いと、泥臭い土の匂いが鼻を突いた。
ここは一体、どこだ?
どうして僕はここにいる?
頭の中は霧がかかったようにぼんやりとしていて、自分が何者なのかすら分からなかった。
まわりには散乱したコンクリートの塊、崩れた鉄筋、そして破片。瓦礫の隙間を見上げると、灰色の空が広がっていて、空気が重く、どこか不安定な感じを漂わせている。時折、風が吹き抜けるたびに、瓦礫が微かに音を立てて揺れた。
とりあえず、ここから出ようとゆっくりと身を起こす。体のあちこちが痛いが、どうにか動ける。どうしてこんな瓦礫に埋もれているのか、記憶をたどろうにも、思い出せない。
でも、何かが胸の奥で揺れている。僕はここに、いるべきじゃないような気がする。
…まぁ、こんなところで考えこんでもしょうがないな。
ということで、まず瓦礫をどかそうと、必死に腕に力をこめて奮闘するが、微動だにしない。自分の非力さに少々絶望しながら僕は力んでいた腕をおろした。
つまり、自力でここから脱出することを諦めた。
「どうしよう…」
声を上げると、ひび割れた音がぼんやりと反響する。もしかして、ここで餓死するのだろうか。
僕がため息をついた時、がしゃり、という音がどこからともなく聞こえた。だんだんとその音が近づいてきて、瓦礫の隙間に人影が差す。
「そこに、誰かいるのか?」
救世主だ。
こんなタイミングよく現れるなんて、記憶を無くす前の僕はよっぽど善を積んだに違いない。このチャンスを逃すまいと、僕は少年の声に助けを求めた。
「あのっ…助けてください!瓦礫に埋まっていて、出られないんです!」
「……大丈夫か?…………名前は?」
僕を助けてくれた少年は、薄い灰色の髪で、少し陰りのある緋色の目をしていた。赤い目…うさぎみたいで、ちょっとかわいい。
…って、命の恩人に失礼か。少年は僕をまじまじと見て、名前を聞いてくる。でも生憎、自分の事なんも思い出せないんだ。
「わからないんです。僕、記憶が無くて…」
「ふーん、記憶喪失か…建物の倒壊に巻き込まれた時に頭でもぶって、パーになっちまったんだな。」
「多分、そうです…僕、これからどうしたらいいんだろう…」
「……孤児は大震災の後に増えたから、お前みたいな行き場のないやつは珍しくない。……でも、そいつらはちゃんと自分の名前くらいは言えたな。…みんなみんな、自分の事で手一杯なんだ。記憶喪失の孤児なんか、誰も引き取ってくれやしねぇ。一人で何とか生き延びるしかねぇな。」
この少年は、一体何者なのだろうか。あまりにも冷静に世間を達観していて、見た目にそぐわない。何十年も生きてきた人間のような物言いだった。
『ビーッ!!!!!! ビーッ!!!!!! ビーッ!! …緊急地震警報です。直ちに地下のシェルターに避難してください。繰り返します…』
突然、乾いた空気を切り裂くように鋭い音が辺り一帯に鳴り響いた。まるで、警告を告げるかのように、甲高い音が繰り返される。
「えっ、な、なに、この音…」
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