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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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グランベル公爵が持ってきた契約書をジェラードに確認してもらい、問題ないということだったのでサインをする。


契約をするのは、この世界に来てからは2回目だ。

1回目はお屋敷や工房をもらったときだけど、そのときは正直、ピエールさんに全部任せちゃっていたんだよね。


一応書類には目を通したものの、完全に理解しているかといえば、恐らくはしていないわけで。

こういうときにジェラードのようなプロが一人でもいると、安心感がまったく違ってくる。


「それでは、こちらの1枚はアイナさんの控えとなります。

代金は明後日、銀行でお受け取りください」


「ありがとうございます。増幅石はここでお渡しですね」


「――はい、確かに頂戴しました。

いや、それにしても今回は助かりました。少しでも品質が良いものを、しかも4つとも同じ品質が望ましかったのです。

アイナさんから買わせて頂いたものは、まさに理想的と言えるでしょう」


「研究の成功を祈っていますね」


「ははは、一気に進むことは間違いないですよ」



契約も終わり、緊張感が少し解けた中で会話をしていると、ドアからノックの音が聞こえてきた。


「はい、どうぞ」


グランベル公爵の返事のあとに入ってきたのは、貫録のある一人の男性だった。

どうやら脚が悪いようで、品の良い杖をついている。

顔は何となく、グランベル公爵に似ているような気がするんだけど――


「おや、お客様でしたか。

初めまして、ファーディナンド・ジェフ・グランベルです」


「ご丁寧にありがとうございます。

私はアイナ・バートランド・クリスティアと申します」


「アイナ……さん? おお、今話題の錬金術師殿ですか。

これはこれは、お目に掛かれて光栄です。

――ところでハルムート、私に何か用か?」


「ああ。兄さんに、アイナさんをシェリルのところまで案内して欲しくてね」


むむ? ファーディナンドさんは、グランベル公爵のお兄さんだったのか。

確かに少し年上そうだし、兄弟に見えるほどには似ているかな。


「ほう……?

そんなことを許可するなんて、珍しいな」


「今回、アイナさんにはとてもお世話になったんだ。そのお礼の一環だよ」


「ふむ……、分かった。今日はまぁ、大丈夫だろう」


「それでは頼んだよ。

……さて、アイナさん。これから兄に、シェリルのところまで案内をしてもらいます。

その間、ブライアンさんとアンジェリカさんは、ここで私の相手をしてください」


ブライアンさんとはジェラードのこと、アンジェリカさんとはエミリアさんのこと。

……って、二人を残していかないとダメなの?


「一緒に行くのはダメですか?」


「はい。申し訳ありませんが、こちらの事情も理解して頂ければと」


いやいや、事情も何も、何も分からないんだけど……。

でもまぁその事情とやらは、シェリルさんのところに向かいながら、お兄さんの方に聞いてみるとしよう。


「……分かりました。

それではブライアンとアンジェリカはここで、公爵様のお相手をしてください」


私の言葉に二人は頷き、私はお兄さんのファーディナンドさんと一緒に客室を出ることにした。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




客室を出たあと、ファーディナンドさんは私が着いてきていることを確認しながら、先を進んでいった。

杖をついて歩いているせいか、普通に歩くよりは少し遅い。


「……脚がお悪いのですか?」


「ああ、以前に怪我をしてしまってね」


事もなげに言うファーディナンドさん。

何となく脚の異常を鑑定してみれば、どうやら薬の作成は可能のようだ。

折角だし、ファーディナンドさんにも恩を売っておこうかな?


――などと、打算的なことを考えてしまう自分に、少し嫌気が差してしまう。


頭を軽く振りながら自己嫌悪の感情を振り払っていると、いつの間にやら、使用人と思われる男性が着いてきていることに気付いた。

目が合ったので会釈をしてみると、向こうも同じように返してくれる。

何も喋らないから、ファーディナンドさんのサポートとして着いてきているのだろう。


「ところで、シェリルさんはお元気ですか?

みんなで会えない事情っていうのは、もしかしたら病気とかなのでは……?」


「いや、そんなことはないよ。今日も元気さ」


「あ、そうなんですか。それは良かった」


「まぁ、そうだね……。あんな場所で『事情』だなんて言われると、勘ぐってしまうだろう。

ちょっと今、シェリルは|荒《すさ》んでいてね。私以外には心を開いてくれないんだよ」


「え……?」


荒んでいるっていうのは、どういうこと?

少し遅めの反抗期……っていうことは、さすがに無いよね。


「会ってみれば分かるさ。

私は一緒にいてやれないが、アイナさんなら多分大丈夫だから」


「え? 一緒にいて頂けないのですか?」


「私以外の屋敷の者が部屋に入ると、どうにもうるさいのでね」


「えーっと……?

私とファーディナンドさん以外には誰も――」


……と言い掛けて、そういえば使用人が一人着いてきていることを思い出した。

なおもよく分からないでいると、ファーディナンドさんが説明をしてくれる。


「彼は私の、お目付け役なんだ。

アイナさんと私が、変なことを話さないかを監視しているんだよ」


「……ファーディナンド様、お戯れを」


「おお、怖い怖い」


使用人の冷たい言葉に、ファーディナンドさんは茶化すように誤魔化した。

んん……? 何だか張り詰めた空気が……?


「つまり、シェリルさんの部屋には私だけが入って、ファーディナンドさんとこちらの方は部屋の外で待っている――

……と、いうことですか?」


「その通り。でも私たちのことは気にせず、ゆっくりしてきて良いからね。

私はこう見えて、ずいぶん暇なんだから」


「……ファーディナンド様」


「ははは、すまんな。口がどうにも軽くて」


またもや使用人から注意を受けるファーディナンドさん。


……グランベル公爵のお兄さんなんだよね?

何でこんな扱いをされているんだろう――


……っていうか、敬称はそもそも『さん』で良かったのだろうか。


「すいません、私もファーディナンド様とお呼びするところでした」


「いや、そんなに畏まらなくても大丈夫。

折角だし、『さん』のままでお願いしたいかな」


「はぁ……。それではお言葉に甘えさせて頂きます」



その後は何となく話が終わってしまい、三人で静かに屋敷の中を歩き続ける。

広いお屋敷を抜けて、近くの別の建物に入って、そしてそこからまた歩く。


――遠っ!!


「……遠いですね」


心の中の言葉を、|余所《よそ》行きにアレンジしてから口に出す。


「さっきの建物はハルムートの家族が住んでいるからね。

お客様は別の建物に住んでもらっている、というわけさ」


「なるほど……。

ファーディナンドさんは、公爵様と一緒に?」


「いや、私はシェリルと同じ建物……つまり、こっちに住んでいるよ。

何かと面倒を見ているんでね」


うーん……?

もしかしてファーディナンドさんって、グランベル公爵から冷遇されているのかな?


冷遇といえば――

忘れていたわけじゃないけど、うちのメイドのキャスリーンさんも、このお屋敷に仕えていたんだよね。

彼女の身体にはたくさんの傷が刻まれていたけど、このお屋敷の誰がやったことなのだろう。


グランベル公爵もファーディナンドさんも、そんなことはしなさそうだけど……また、別の人なのかな?

ここで聞いてみたい気持ちもあるけど、そんな簡単には教えてくれないだろうし、そもそも使用人がくっついているから難しいか……。


「……それにしても、素敵なお屋敷ですね。

広いのに、どこも手入れが行き届いていて」


「ありがとう、昔から来客が多くてね。

屋敷といえば、そういえばアイナさんも王都に屋敷を構えているんだってね。

その年齢で、大したものだ」


「王様のご厚意で頂いたものなんです。

前に住んでいたのはガナラ様という貴族の方だそうで――

……グランベル公爵の弟君と伺ったのですが、そうすると、ファーディナンドさんのご兄弟にあたりますか?」


「おお、あの屋敷なのか。

あそこは少し狭いが、場所は良いし、なかなかの場所をもらったんだね」


……やっぱり、狭いって言われた……。

そして後半は、何だか華麗にスルーされてしまった……。


「あの、ガナラ様というのは――」


「アイナさん、お待たせした。この部屋だよ」


ファーディナンドさんは、大きな扉の前で立ち止まってそう言った。

他の部屋の扉よりも大きく、中の広さが何となく|窺《うかが》える。



――ああ、そうだ。私がここに来た一番の理由は、シェリルさんに会うためだった。

だからガナラさんとやらのことは、今は置いておこう。


まずは目の前、シェリルさんとしっかりお話することに集中しないとね。

異世界冒険録~神器のアルケミスト~

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