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「もうやめたら?」
思わず声をかけてしまう。
まさか体操着を忘れて戻ったらこんな状況になってるなんて……。
でも、さすがに見て見ぬふりはできなかった。
それに俺はこうなるかもしれないと思っていた。
ここ最近感じていた、不気味な雰囲気の正体。
それは花野井に対する、千葉たちの嫌悪の感情だったから。
「は? 誰あんた」
「ほら佳奈子。一ノ瀬さんの……」
「あぁ、あの陰キャかww」
陰キャで覚えられているのか。
いや、間違いじゃないけど。
「何、やめたらって。ヒーロー気取り?w マジキモイんですけどwww」
「あ、もしかして九条、花野井さんのこと好きなん?w絶対そうでしょwww」
「やっぱり陰キャに好かれてんだwww狙い通りでよかったね!wwww」
「っ……」
花野井の表情が歪む。
「し、失礼だよ、九条くんに」
「「「……は?」」」
花野井の言葉に、女子たちが明確に苛立った。
「何あんた、この期に及んでそういうこと言うわけ?」
「やっぱりこいつマジでキモイわ。善人気取りやがって……!」
「でもよくないよ! 陰キャとかそういう風にクラスメイトを悪く言うなんて!」
「っ!!!」
さっきまで委縮していた花野井が言い返す。
あんなに自分のことを言われても黙っていた花野井が、だ。
「アッタマきた。あのさ、ちょっと周りから好かれてるからって、調子乗ってると――」
「だからやめろよ」
強引に話を遮る。
すると千葉が俺のことを睨んだ。
「黙ってくんない? 陰キャに発言権ないからwwww」
「それは俺が学校でのカーストが低いからか?」
「そうに決まってるでしょ? 身の程わきまえてくんない?ww」
「なら、身の程わきまえてないのは千葉たちもじゃないか?」
「……は?」
千葉が俺を睨む目をより険しくさせる。
しかし、これで怯むような俺ではない。
「だってさ、千葉たちより花野井の方がカースト“高い”だろ。千葉の論理で言えば、千葉たちに花野井をとやかく言う権利はない」
「ッ!!!!」
うろたえる千葉たち。
俺は続ける。
「花野井はクラスの委員長で、しかも美少女四天王って言われるほど男子からの人気も高い。普通に考えて、学校の地位で言ったら花野井はトップクラスだ。それで千葉たちはその四天王の中に入ってるのか?」
「そ、それは……」
「もちろん容姿がすべてとは思わない。けど、花野井はクラスで色んな人に慕われてる。それは同じクラスならよくわかるだろ」
これで黙り込んでくれたらよかったのだが、
「あ、浅いからそんなの。だってこいつは善人ぶってるただのぶりっ子! そんなんで人気集めても意味ないから!」
「でもさ、“人気だから”千葉たちが嫉妬してるんだろ? さっきの話聞いてる限り、千葉たちが花野井のことをひがんでるようにしか聞こえない」
「なっ! あ、あんたねぇッ! さっきからペラペラとうるさいのよ!!!」
「散々花野井に言ってた千葉たちの方がうるさいだろ。自分を棚に上げるのはやめてくれ」
「ッ!!! 九条ッ……!!!」
千葉が俺の方に一歩踏み込んでくる。
「陰キャは黙っててッ! なんの取柄もないくせに!!!」
「それはそうかもな」
「クッ……こいつ!!!」
俺が全く相手にしないとわかると、また花野井の方を見た。
「よかったね。クソ陰キャにフォローされてwww」
そしてもう一度、嘲る笑みを浮かべて俺を見る。
「でも知ってた? こいつは須藤くんに好かれたいために善人ぶってた偽善者だから! 九条なんてただの踏み台だよwwwww」
「そんなことない!」
「偽善者は黙ってろッ!!!!!!」
「っ!!!」
もうこれ以上見てられないな。
早く終わらせよう。
「……須藤に好かれたいのは千葉たちだろ?」
「ッ⁉」
三人が驚いたように俺の方を見る。
「知ってるよ。千葉たちがいつも須藤のこと見てるの。それに花野井たちがいないとき、積極的に話しかけてるよな? “クソ陰キャ”だから、クラスはよく見てるんだよ」
「な……!」
「邪魔だったんだろ? 気に入られてる花野井が」
「うるさいうるさいッ!!! うちはただこいつが気に食わないだけだし!!!!!」
「それ、同じ意味だよ」
「こ、この……ッ!!!!」
千葉が殴り掛かる勢いで俺に迫ってくる。
――しかし。
「「「ッ!!!!!!!!!!!!!!」」」
千葉を睨み返し、圧を出すと足を止めた。
顔が恐怖で滲む。
「な、なんなのあんた……」
千葉の顔が強張る。
俺はトドメと言わんばかりに、三人に言い放った。
「花野井はすごい奴だ。こんなに周りから好かれてる奴を俺は知らない。実際俺もお世話になってる。それは千葉たちもだ。だから――これ以上はやめろ」
「ッ!!!!」
「か、佳奈子行こ」
「こんな奴相手にしなくていいよ」
「う、うん」
二人に連れられ、千葉が逃げるように教室から出ていく。
顔は生気を失ったようにげっそりとしていた。
……少し大人げなかったか。
「大丈夫か、花野井」
声をかけると、ハッとする花野井。
「う、うん! あ、ありがとね! その、色々と」
「いいよ、別に。俺もカッとなって言ったところあるから」
「そっか。……カッとなってくれたんだ」
そう呟く花野井の頬が赤いように見える。
「大丈夫か? 顔赤いけど、熱でもあるんじゃ……」
「っ!!! だ、大丈夫! 大丈夫だから!!!」
「でも……」
「大丈夫だから!!!!!」
「そ、そうか」
ならこれ以上俺が言うことはない。
ちょうど夕暮れ時だし、夕陽のせいなんだろう。
♦ ♦ ♦
※須藤北斗視点
夕日に染まった廊下を歩く。
実は練習が早く終わり、教室で作業してるだろう彩花の下に向かっていた。
きっとあの量は時間がかかるはず。
ここで俺が手伝いに行き、二人きりで作業すれば……クックックッ。
「また好感度が上がっちゃうな……!!!」
全く、女というのはチョロい。
俺の手にかかればチョロすぎる。
直近で例外はあったものの……まぁ、あれもいずれ俺の勝利で幕を閉じるに違いない。
おっと、間もなく教室だ。
さて、軽く好感度を稼いで……。
「っ⁉⁉⁉⁉⁉」
教室を見て驚く。
「な、なんで九条がいるんだァッ⁉⁉⁉」
既視感しかねェんだけどォ⁉