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不思議なことに、空港という場所はどこの国も似ている。
規模や設備、立ち並ぶ店舗に違いはあれど、漂う空気の質感はどういうわけか、どの空港も似通っているのだ。
毎日大勢の人が異国の空気を纏って降り立ち、また大勢の人が自国の空気と共に飛び立って行く。
そんな、別世界と繋がっている空間ならではの特別な何かが、ここにはあるのだろうか。
「まだ時間あるな、コーヒーでも飲むか」
出国に伴う手続きのあれこれを終えて身軽になった俺に、山さんがそう声をかけてくれた。
搭乗ゲートに向かうにはやや早い。チームメイトは買い物や食事に向かったり、この時間を待ってましたとばかりにソファに深く埋まりながらスマホゲームを楽しんだりと、思い思いの時間を過ごしている。
俺は二つ返事で、人混みの中でもひときわ目を引く長身の背中を追いかけた。
きらびやかな免税店や土産物売り場を通り過ぎた先の小さなカフェに、俺たちは入ることにした。
店内は落ち着いた…というより若干薄暗い雰囲気で、太陽光と照明で真っ白な空港のロビーとは対照的だ。
山さんは壁に掛けられた英語のメニューから、2人分の軽食と飲み物をすいすいと選び、当然のように2人分の会計を済ませてしまった。
「山さん、ゴチです」
ストーリーズに上げて良い先輩アピールしときますね、と冗談めかしてお礼を言うと、唇をツンと持ち上げたドヤ顔が返ってくる。
いわゆるベビーフェイスと言われる彼がこの表情をすると、幼い顔立ちがより際立って、腹立たしいよりも微笑ましく思ってしまう。先輩に対して失礼だけど。
小さな丸テーブルに向かい合って座り、ぽってりとしたカップからカフェラテを飲みながら、ふと、テーブルに置かれた山さんの手が目に入った。
日本人離れした長い腕の先、長い指の、大きな手。
幾度となく相手コートにボールを打ち込み、また幾度となくチームの壁となって、何年も何年も、世界と戦ってきた手。
数え切れないほど傷付いただろう。目に見えないダメージを抱え、それでも、チームのためにと、ずっと。
尊敬、感謝、労り… 胸いっぱいに広がるさまざまな感情がないまぜになって、それらとは異なるひとつの形になる。
この手に、この人に、触れたい。
俺は心から、この人のことが、
「智?」
ハッとして顔を上げると、小さなテーブルに長い手足を窮屈そうに押し込めている山さんが、不思議そうに俺を見ていた。
目が、合う。
「山さん、」
「ん?」
「 mahal kita 」
就寝前の自由時間、何の気なしに点けたテレビでたまたま流れていた現地のドラマ。
整った顔立ちの青年が、華奢な女性を抱きしめて、何度も耳元で繰り返していた。
シチュエーションと彼らの表情だけで、字幕も吹替もなくたって、どういう意味の言葉かすぐに分かる。
分かるのに、日本語訳で伝えないのは、俺が臆病だから。
ん?何て?
聞き取れなかったのか首を傾げる山さんに、誤魔化すように手を振って、そろそろ出ましょうと促す。
店のドアを押し開けると、チリリンと軽薄なベル音が鳴り、途端に光と喧騒がどっと押し寄せる。そうだここは空港のロビーだった、と一歩遅れて思い出す。
薄暗かった店内とのあまりの差に、しぱしぱと目を瞬かせている俺の後ろで、山さんが店員に現地語でごちそうさまを伝えていたことに、俺は気づかなかった。
背中をぽんと叩かれて、光の中へと歩きだす。
隣に並ぶこの人と同じ空気を纏って、次の国へと旅立てる喜びを、そっと胸に抱きながら。
「智ー」
「何ですか?」
「Ako din」
「え?え?今の何語?何て言ったの?」
「何でもね」
ちゃーんと聞き取れたし意味もバッチリ分かっちゃってましたよ、ってオチです。山さん英語お得意なのでもしかしたら…!
本日の智さんのストーリーズに上がってた写真が元ネタです、ブチ上がって一気に書いてしまいました。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです♡