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宮丘学園高等学校では、毎月15日は挨拶の日として定められており、生徒会役員と教師が校門に並び、登校する全校生徒と朝の挨拶を交わす。
「おはようございます!」
右京は手を前に組み足を肩幅に開きながら声を張り上げた。
「会長」
見覚えのない女子生徒が2人、登校する群れから外れ、右京の脇から寄ってきた。
「あの、ミヤコンの選抜、おめでとうございます…!」
1人が頬を赤く染めながら言う。
「あ、ありがとう」
右京はちらりと結城を睨んだ。
「っ!おはようございます!!」
結城はわざと声を張り上げて、登校する生徒たちにこれ見よがしに握手まで始めた。
「応援してます、私たち…!頑張ってください!」
「お、おう」
2人は照れたように揃ってお辞儀をすると、生徒たちの波に戻っていった。
「おい……」
右京は足を伸ばし、結城のスニーカーを踏んづけた。
「なんで公式発表の前に知ってる奴がいるんだぁ?」
「そ…それは……」
結城が苦笑する。
「宮丘学園のLANEグループがありまして…」
「なんだそれ」
右京は眉間に皺を寄せた。
「LANEのグループで宮丘学園の希望者だけ登録してるメンバー制のページだよ」
隣で立っていた諏訪が挨拶の合間に会話に混ざる。
「何人くらいのやつらが入ってんの?」
「今の時点で600人強……」
「そんなにかよ?」
右京は顔をしかめた。
「ちなみに」
諏訪が結城を睨みながら言う。
「定期的にお前の隠し撮り写真がアップされてるぞ」
「はあ?」
右京は踏んだままの脚に体重をかけた。
「うううう、会長。ギブ!ギブ!」
結城が悲鳴を上げる。
「だって首相官邸のHPだって総理の1日ってあるでしょうが!そんな感じですよ!我々生徒たちには、会長の1日を知る権利があ―――」
「ねぇよ!!」
被せ気味で叫んだところで、登校している女子生徒たちがにわかに騒ぎ始めた。
「あれ、蜂谷先輩じゃない…?」
「怪我はもういいのかな?」
その声に右京は振り返った。
道行く生徒の波に、明らかに異質の赤い髪の毛が混ざっていた。
「―――――」
耳にイヤホンを突っ込んだまま、蜂谷が歩いてくる。
目の下あたりに黒く内出血の跡はあるが、頬の腫れは治まっていた。
学生服の上からではわからないが、おそらく腹にはサポーターを巻いているのだろう。少しだけ歩き方がぎこちない。
右京は彼から目を逸らし、目の前を通り過ぎていく生徒たちに向かって挨拶を繰り返した。
「―――あれ、右京」
その右京を隣の諏訪が見下ろす。
「なんか手首、腫れてないか?」
「―――え」
慌てて左手でそれを隠す。
通り過ぎる間際、蜂谷の目が一瞬、右京の手首を見下ろしたような気がしたが、彼は昇降口のところで待っていた尾沢と落ち合うと、そのまま校内に吸い込まれていった。
◆◆◆◆◆
「部長~!」
朝練を終えて、部室棟からの渡り廊下を歩く永月を、次期部長の2年生、駒沢が追いかけてきた。
「新しいユニフォームのデザインのラフが届きました~!」
言いながらすでに学生服に着替えた永月の横に並んで歩き出す。
「へえ」
「今年は赤で行こうってことになっていたので、3パターンですね」
ラフに目を走らせながら、永月はそのユニフォームを着た自分が、新聞やメディアに取り上げられる姿を想像した。
原色よりは光沢があった方が身体の動きがわかりやすい。模様や字が小さめの方が顔が映えやすい。
「―――俺は、これかな」
永月が指さしたのは、赤色というよりえんじ色で光沢があり、模様が細かい物だった。
「あ、やっぱり。俺もそれがいいと思います!」
真意はどうかは知らないが、駒沢は素直な笑顔で永月を見つめた。
「じゃあ、放課後、多数決取ってみますね!」
「ああ、頼むよ」
角を曲がると、昇降口から一気に入ってきた学生たちが見えた。
「多数決と言えば…」
駒沢が笑いながら永月を覗き込む。
「今年も選抜進出、おめでとうございます!」
「んん?」
本当はわかっているのだが、ピンとこない演技をする。
駒沢の顔を見ながら瞬きを繰り返していると、
「あはは。ミヤコンですよ」
と駒沢が笑った。
「―――ああ。はは。らしいね」
興味がないように乾いた笑いをする。
「でも今年はダントツで部長じゃないかなー」
言いながら駒沢は頭の後ろで手を組んだ。
―――そうだったら、こんなに苦労してないっつーの。
永月は心の中で毒づいた。
そう。去年だって、サッカー部のエースである自分は、ダントツで1位になると言われていた。
それなのに、最終的に票を獲得したのは、1個上の当時の生徒会長だった。
当時からモテていた自分に反感を持つ男子生徒を中心に、お調子者だった生徒会長にこぞって票を入れたのだ。
このコンテストは、陰で「イケメンコンテスト」などと言われているがそうではない。
純粋なる「人気コンテスト」なのだ。
自分がいかに女子にモテようが、半数は男子。
男子がこぞって投票するような「人気者」がいたのでは、今年も負けてしまう。
そう。
2024年度、宮丘ミスターコンテストで1位になるための条件は2つ。
①女子票をほぼ自分のものにすること。
②男子票をばらけさせること。
言い換えれば……。
①後輩を中心に、ある程度女子にモテる蜂谷の排除。
②男女問わず生徒に人気で、なおかつ一部の女子の中にもコアなファンを持つ右京の失墜。
この2つが必須条件。
ーーー右京の方はもう手を打ってある。
コンテスト直前にアレをバラまけば、彼は社会的に終わる。
問題は蜂谷だ。
1週間後の投票日まで、このまま入院してくれていればいいのだが―――。
「あ、あれ、蜂谷先輩じゃないすか?」
駒沢の言葉に永月は顔を上げた。
昇降口から入ってくる生徒の群れの中に、金髪の頭と共に赤髪の彼が入ってくるのが見えた。
「ーーへえ。回復しちゃったんだ」
永月は呟いた。
「そうらしいですね。あれ。何でしたっけ。歩道橋から落ちたんでした?」
「うん。階段転げ落ちらしいね」
永月は上の空で駒沢に返事を返した。
その際の後遺症だろうか。
目の下が青黒くなっている蜂谷を睨む。
―――もう少し寝とけばよかったのに。
そうすれば俺もお前も楽だったのに。
めんどくさいなぁ。
出てきたら、潰さなきゃいけないじゃん。
「うわ。1年生の女子たちが見に来てる。あの人って結構モテますよね」
何も知らない駒沢が笑う。
「コンテストも良い線いったりして…!」
―――させるかよ。
永月は奥歯を噛みしめながら、その赤い頭を睨んだ。