コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆◆◆◆◆
教室に入り席につくと、まもなくホームルームが始まった。
蜂谷は別に懐かしくもないクラスメイトの顔を眺めてため息をついた。
学級委員の女子生徒が前に出る。
「それでは、昨日集計したミヤコンの選抜メンバーを発表します」
斜め前の延長線上に座っている諏訪がこちらを振り返った。
「ーーーー」
学級委員は投票用紙を握りながらプルプルと肩を震わせた。
隣に立っていた書記が、その背中をとんと押す。
「えっと28票獲得の蜂谷君と、3票獲得の諏訪君に決まりました。拍手!」
クラスメイトが蜂谷を振り返る。
「ーーーはあ?」
眉間に皺を寄せる蜂谷を、無理やり盛り上げた拍手が包む。
「お二人には、来週行われるMYO総選挙に出ていきます。詳しくは今日の放課後、概要の説明があるそうなので、生徒会室に集合してください。以上です!」
学級委員が逃げるように席に戻り、書記も蜂谷と諏訪の名前を殴り書いてから席に戻った。
―――こいつら…。何を考えて―――。
蜂谷が呆れたところで、
「うちのクラスからは、永月君と、右京君に出てもらいます!」
隣の5組から声が聞こえたと思ったら、それに被せるように拍手喝采が聞こえてきた。
永月はわからないでもないが、右京も―――?確かに人気者ではあるが……。
眉をひそめたところで、前に座る男子と目があった。
「蜂谷……」
彼だけではない。普段はほとんど話したことのない男子たちがこちらを見つめている。
「蜂谷……どうか、永月に勝ってくれ……!」
「え」
「俺、永月のせいで振られたんだ」
1人が涙目で言う。
「俺も、永月のせいで相手にされなくて」
もう1人が続ける。
「俺なんて、彼女がサッカー部の追っかけになっちゃって」
3人目が目に涙を溜める。
「俺もーーー」
「俺だってーーー」
「俺なんてーーー」
次々と飛び出す不満に、蜂谷は口をあんぐりと開けた。
「頼む、蜂谷。俺たちの仇を取ってくれ…!!」
男子たちが顔を手で覆い、女子たちが呆れている。
蜂谷は長くため息をつくと、机に片手をついて椅子に凭れた。
放課後、生徒会室は、22クラスから選ばれた選抜メンバーでごった返していた。
「それではMYO総選挙についてご説明しまーす!」
結城が声を張り上げた。
「まず、来週の月曜日、皆さんには舞台の上に上がっていただき、一言アピールをしていただきます。その日に各学年の階段に総選挙の投票箱を設置します。
投票は夕方5時まで。
終了と共に、生徒会メンバーで開封します。
発表は翌日。全校生徒の前で発表となります。選ばれた人は、登壇し、一言お願いすることとなります。何か質問は?」
恥ずかしそうながらもどこか嬉しそうな40余名は、形だけ面倒くさそうに互いの顔を見て苦笑した。
「じゃあ総選挙パンフレットに載せる顔写真を撮ります!順番に並んでねー!」
結城の案内で一人ずつ壁際に立って写真を撮り、それが終わった生徒から清野が準備したカードに意気込みを書き込んでいく。
最後に当日肩から掛ける|襷《たすき》を受け取り、流れ解散となった。
「大体終わったかなー?」
結城がデジカメを見ながら言った。
「まだ来てないのは、永月と……。3年6組の二人か」
右京は自らも意気込みを書き込みながら、顔を上げた。
「永月は、サッカー部に顔出してから来るから遅くなるって言ってた」
「へえ。まあ部長だしね―――」
結城が頷いたところで、
「悪い!遅れた」
ほとんどの生徒が帰った生徒会室に、諏訪が飛び込んできた。
「ちょっと男子たちを蹴散らすのに戸惑って」
「―――男子たち?」
右京が眉間に皺を寄せたところで、諏訪に続いて誰かが入ってきた。
「――――」
「――――」
「――――」
それを見たメンバーが口を開けて言葉を失う。
そこには、
【打倒!プリンス永月!】と書かれたハチマキを巻き、
【永月!俺の女を返せ!】と書かれた襷を斜めに掛け、
【蜂谷!お前に清き一票を預ける!】と書かれたリボンを付けた、
赤い頭が立っていた。
「はあ」
蜂谷は手で両目を覆いながら長い溜息をついた。
「ごめん、遅れた!もう終わっちゃった?」
と、そこに青いユニフォームを着た永月が入ってきた。
「…………あーあ」
生徒会のメンバーが成すすべなく、永月が蜂谷に目を移すのを見守る。
「―――え」
永月は蜂谷を見ると、片方の肩を落として顔を引きつらせた。
「ナニ……?コレ…?」
「さあさ、気にしなーい!永月君!ユニフォーム姿が決まってるよぉ!はい!チーズ!」
すかさず結城が写真を撮る。
「これ簡単な概要でーす」
加恵がプリントを渡すと、
「あ、サンキュ」
永月はふっと笑ってそれを受け取った。
「マジプリンス……」
結城が呟く。
「43人が霞みますね」
清野も乗っかる。
「……またまた。そんなに持ち上げても何にもでないよー?」
言いながら永月は、手をフリフリと振った。
「どうやら俺は、男子に嫌われてるみたいだし?」
蜂谷を見てクスリと笑う。
「……らしいな」
ずっと黙っていた蜂谷が口を開いた。
「ま、俺もお前にだけは入れないけど」
永月の顔から笑みが消える。
「――――」
「…………」
睨み上げる蜂谷と、無表情で見下ろす永月の間で交互に視線を走らせていた右京を、永月が振り返った。
「そうだ、右京」
「あ?」
「今日、家に来ない?」
諏訪と結城が同時に口を開け、清野が眼鏡をずり上げる。
「な、なんで…?」
右京の声が裏返る。
「この間のアレ、またやろうよ」
永月が微笑む。
「――――っ!」
たちまち顔が真っ赤になる右京を、生徒会のメンバーがギョッとして見守る。
「ゲゲゲゲゲームな!今流行りの馬の女の子たちのだろ…!?」
慌てて右京が続けると、永月はふっと吹き出して、楽しそうに笑った。
「そう。それそれ」
その手が右京の頬に触れる。
「立派なウマに育ててやるからな?」
「!!!」
「……ゴホン」
生徒会室を包む異様な空気に諏訪が咳払いをする。
「今日はダメだ。生徒会役員はコンテストに向けたパンフレット作り」
「―――そうなの?」
永月が右京を覗き込む。
「……らしい!」
右京は大きく頷いた。
「そっかー。じゃあしょうがないね」
言いながら永月は長い腕で伸びをすると、廊下に向けて歩き出した。
「じゃあ、今度ね。右京」
「あ……ああ」
右京が答えると、永月は蜂谷を一瞥してから、生徒会室を出ていった。
「永月と会長って2人で“ウマ姫”してるの…?」
結城が堪えられず吹き出した。
「想像できない……!」
諏訪以外の他のメンバーも笑う中、蜂谷は加恵が渡したプリントをぶんどるように受け取ると、生徒会室を後にした。
◇◇◇◇◇
蜂谷のだらしない足音を聞きながら諏訪が振り返った。
「今回のミヤコン、本当にわかんねぇかもな…」
「は?」
右京はなんだかどっと疲れて、壁に立てかけてあったパイプ椅子を一つ開いて座った。
「永月ダントツにはならないかもってことだよ」
「なんで?女子に人気なのはあいつだろ」
言いながら立てた膝に肘をかける。
「……確か去年もそうだったんだよ。永月がダントツの人気だった」
「あ、じゃあ、ポスターに載るの2回目?」
加恵が人差し指を振った。
「ちっちっち。そう単純にいかないのがミヤコンなんだなー」
「―――どゆこと?」
右京が口を窄める。
「去年はアンチ永月の男子の先輩たちがこぞって票を当時の生徒会長に入れた」
諏訪が頭をかきながら言う。
「へえ」
「もともと同級生と後輩にはモテてた永月だけど、先輩たちの中では、3年を差し置いてレギュラーになったり、地区の選抜に選ばれたり、良いイメージがなかったのも事実で、3年の女子票はばらけた。そして1、2年の男子たちも、仕方ないから生徒会長に入れて、永月は1位になれなかった」
「ふーん」
右京はなんだか曇ってきた空を見上げながら適当に相槌を打った。
「今年も同じことが起ころうとしてる気がする……」
諏訪はため息をついた。
「しかも今回は男子票だけじゃなくて、女子票も割れそうだ」
「そうだねー」
加恵ものんびり相槌を打つ。
「だって右京君も人気だし?蜂谷君もモテるし、ね?」
「―――俺が人気ってのもよくわかんないし、蜂谷がモテるのはもっとわかんねえけどな」
右京が呆れて言うと、
「まあ、会長にはわかんないだろうね」
結城が笑った。
「あの気怠いアダルトな色気って言うの?性に興味深々の女子高生は溜まらないと思うね」
「なんだそりゃ?」
「つまりは」
結城は目を細めると右京を見下ろした。
「抱かれたい男ナンバーワン!てやつだよ」
「――――!」
「……なぜそこで会長が赤くなる」
清野が呆れてこちらを睨む。
「右京君には刺激が強かったよねー」
加恵がニコニコと微笑む。
「う、うっさい!」
右京は立ち上がると、座っていたパイプ椅子に足をかけた。
「そんな不埒な奴をポスターに載せるわけにはいかん!俺、本気で1位狙って頑張るわ!」
「お!やっと会長が本気になった!」
結城が笑い、その姿を写真に収めた。
「おお!ちゃんとLANEだかLINEだか知らねえけど、載せとけよ!!」
次々とポーズをとる右京にため息をつきながら、諏訪は外を見下ろした。
そこには、尾沢と連れ立って校門を出ていく蜂谷の姿があった。