後日。
休日だったが俺は葉月の家を訪れていた。
ちなみに……。
「なんで日曜日に乳牛と一緒にいなきゃいけないのよ」
「ひど!!! 私はただ良介くんについてきただけだしー!」
「ふんっ!」
「ふんだっ!」
一ノ瀬と花野井も一緒だ。
どこから聞きつけたのかわからないが、家を出ると二人がいつものようにいて現在に至る。
自分でもこの自然さが怖い。
葉月家のインターホンを押すと、ゆっくり扉が開く。
「あら、九条くんじゃない~!」
「休日にどうしたの~? あ、一ノ瀬さんも彩花ちゃんも一緒だ~」
「こんにちは、弥生ちゃん!」
「まぁまぁ~!」
上機嫌な五月さんに促され、家に上げてもらう。
さらにはお茶まで出してもらい、葉月と五月さんの正面に座った。
「それでどうしたの~? 休日に私の家に来て~」
「そのことなんだが……これを見てほしい」
二人の前に一枚の書類を差し出す。
「えっと……完済証明書?」
葉月が首を傾げる。
五月さんはじっくり書類に目を通してから、驚いたように口を押えた。
「こ、これって……!」
「葉月家がしていた借金はすでに完済されてる。その証明書です。今まで請求されていたのは不当な利息分。だからもう払う必要はないんです」
すると葉月も目を見開いた。
「どうしてこれを九条くんが……?」
「それは……たまたま知り合いにその道に詳しい人がいて」
さすがに“組長”と事務所に殴り込みに行ったなんて言えない。
言ったとしても信じないだろうしな。
「とにかく、もう二人が取り立てに悩むこともない。だから――店を閉める必要もない」
「「っ!!!!」」
「これから過払い分も返ってくる。全部、きっちりと」
荒瀧さんがあの後、詳しい詳細のところも詰めてくれたおかげで全部取り返すことができた。
しかし、あいつらは手下でしかなくて、大本のところは全く足がつかなかったらしい。
ともかく、葉月家のすべてを取り返し、あいつらに二度と干渉させないという目的は達成できてよかった。
「だからもう、大丈夫だ」
書類を二人に差し出す。
五月さんは書類を手に取り、皺が付くくらいにぎゅっと握りしめた。
「ありがとう……ありがとう、九条くんっ……!」
目からぽたぽたと涙がこぼれる。
葉月もまた、五月さんに身を寄せながら涙を流した。
「本当にありがとう、九条くん……!!! 九条くんっ……!!!」
それからも二人は繰り返し、涙をこぼしながら『ありがとう』を口にするのだった。
しばらくして。
赤い目を腫らしながら、泣き止んだ葉月が俺を見る。
「九条くんには感謝してもしきれない。でもちゃんとお礼したい。私にしてほしいことはないかな?」
「葉月にしてほしいこと、か」
「私もよ、九条くん。弥生だけじゃなくて、私にもお礼をさせて?」
「えっと……」
そう言われると、してもらいたいことがパッと思いつかない。
しかし、ここで逆に何もないとなると二人としてもやるせないだろう。
だから何かお願いした方がいい。
だが、俺はそもそも欲がないしな……。
「私、九条くんのためなら何でもする。だって私の好きな場所を守ってくれたんだからさ」
「私もよ! 私みたいなおばさんにできることは少ないけど……何でも言って!」
「うーん……」
やはり改めて考えても浮かばない。
頭を悩ませていると、葉月が控えめに提案してきた。
「もしないなら……私からいいかな?」
「なんだ?」
「実は九条くんを初めて見たときからずっと思ってたんだけど……」
葉月が一息ついてから言い放つ。
「私に九条くんの“髪”、切らせてくれない?」
「か、髪?」
聞き返すと、葉月が「うん」と頷く。
「私にできることはそれくらいだし、それに……たぶん九条くん、髪切ったらすごくよくなるって思うんだ」
「それを前から思ってたのか?」
「うん。ずっと気になってて、切りたいなぁって」
たまに葉月から視線を感じるなと思っていたが、そういうことだったのか。
「いいじゃない~! きっといい感じになるわ~! 私が保証する!」
「は、はぁ。いやでも髪なんて別に……」
「いい機会じゃない」
「一ノ瀬まで?」
「だっていつも、私が髪切ったらって勧めてもタイミングがないの一点張りでしょ? ならそのタイミングが今だと思うわ。それに……ふふっ。良介の本領を発揮させるにはいい機会かもしれないわね。これで良介を見下してた人全員……ふふふっ♡」
「い、一ノ瀬?」
一ノ瀬が完全に一人の世界に入っている。
困惑していると、今度は花野井も加勢してきた。
「私もいいと思う! 実は弥生ちゃんに髪切ってもらったことあるんだけど、すっごく上手だし!! それに良介くんのご尊顔が常に見れて……ぐへへへ」
花野井まで別世界に行ってしまった。
にやける二人を両脇に、逃げるように葉月を見る。
葉月はすでに心が決まっているようで、その眼はやる気に満ち溢れていた。
これで葉月が満足するなら……それでいいか。
それに前髪が邪魔だと思ってたし。
「じゃあよろしく頼むよ、葉月」
「うん、任せて~!」
場所を変えて、一階の美容室にやってくる。
俺は鏡の前に座り、みんなに見守られていた。
……なんだこの緊張感は。
「じゃあ切るね~」
「あぁ」
葉月が俺の髪を一束取り、はさみを当てる。
そしてゆったりと、髪を切る以上のものを込めるように手を動かした。
――ジョキッ。
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