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「………こえええええ」
漣はわざと声を間延びさせて笑った。
福島駅、新幹線改札のそばの待合室には、大型のテレビと発着モニターの他に、郷土品展示コーナーがあり、そこに所狭しとこけしが並んでいた。
「鳴子こけし……なんて読むんんだ…?なきここけし?」
尚も呟きながらガラスケースを見つめる。
『鳴子こけしの最大の特色は、首を回すと「キュッキュッ」と音が鳴ること。
肩が張り、中央に向かって細くなり、裾に向かって再び広がった安定感のあるシルエットが特徴です。
山村の子供たちのおもちゃとして愛されてきたこけしは、時代の流れとともに土産品として売られるようになり、大人の趣味観賞用として発展していきました』
視線を上げると、ガラスケース脇に展示品とは別に、お土産用として小さな鳴子こけしが並んでいた。
その上にキーホルダーもぶら下がっている。
『ちゃんと音が鳴ります!』
POPを見ながら、試しに一つを手に取って首を鳴らしてみる。
キュッキュッ。
「はは」
漣は笑いながら、こけしの顔を覗き込んだ。
切れ長の眼。
無表情なのに、どこか優しい顔。
まるで久次みたいだ。
漣は通学鞄を背負い直すと、財布を取り出してレジに並んだ。
待合室のソファはなかなか豪華で、幅の広いひじ掛けはそのまま物置きにも使えた。
漣は自動販売機でカフェラテを買い、そこに置くとため息をついた。
もうすぐ8時だ。
母親が若林を連れて迎えに来る。
身体が気だるい。
昨夜、何度も何度も体位も体勢も変えながら、愛された怠さが心地よい。
久次の我慢している切なそうな顔も、小さく声が混じる息遣いも、垂れた汗でさえ、全てが愛おしかった。
漣は待合室のソファに身体を沈めた。
思い出すだけで体中が切なくなる。
下半身が熱くなる。
この記憶があるだけで……
この思い出があるだけで……
きっと自分は、この先誰に抱かれても、彼を想うことができる。
眼を瞑れば久次がいる。
この世で一番好きな男がそこにいる。
でも……
瞼に、チョークを持って黒板の前に立つ久次が映る。
(学校で会えなくなるのは寂しいな……)
漣は背もたれに頭を凭れ、駅の無機質な天井を見上げた。
久次は「お前のおかげだ」と言ってくれたが、そうではない。
もしあの日、アトリエで久次に出会わなかったら。
自分がもっと上手に誤魔化していたら。
自分が彼を頼らなかったら。
彼はきっと今も教師だったし、これからも教師だった。
合唱部の顧問も続けて、いよいよ実力がついてきた合唱部を毎年全国に導いて。
生徒たちとあの第二音楽室で、ステップを踏みながら、笑って音楽を続けていけたのに。
(……俺が奪ったんだ)
漣は目を閉じた。
もう十分だ。
十分すぎるほど久次は動いてくれた。
彼は辛い過去を乗り越えてきた分、幸せにならなければいけない。
愛を運命にもぎ取られた分、今度は有り余るほど注がれなければならない。
(……俺じゃ、無理だ)
漣はふっと笑った。
さようなら。クジ先生。
いや、
◆◆◆◆
「……もう先生じゃないぞ」
久次は背もたれの側に立ち、シートに頭を付けたまま目を瞑っている彼を逆さまに覗き込んだ。
「クジ先生……!?」
逆さまに見開いた眼が、ますます大きくなっていく。
「焦らせやがって」
久次は長くため息をつくと、瑞野の後ろの席に座った。
「な、なんでここに……?」
「なんでってお前が消えたからだろうが!」
「探しに来てくれたの?」
瑞野が振り返りながら目を丸くしている。
その指にはなぜかこけしのキーホルダーが握られている。
「ふっ」
久次はそれを見て思わず吹き出した。