「じ、じゃあ早速授業をやっていきたいと思います! お願いします!」
白雪先生が思いっきり頭を下げた。
俺は運動着を着たまま、とりあえず最前列の白い椅子に座っている。
まずは『共鳴魔法』がどういうものかの説明をしてくれるらしい。
白雪先生は教卓の上においたノートを見ながら、口を開いた。
「イツキくんは『共鳴魔法』が、どういうものか知っていますか?」
なんでノート? と思って首を傾げたのだが、白雪先生はノートに授業の進め方をメモしているんだ。
今どきそこがアナログな人は珍しいな。
俺はそんなことを考えながらもう片方の思考の端っこで、聞かれたことに答える。
「『生成り』になった人を戻せる魔法……?」
ぶっちゃけそれくらいしか知らない。
だが首を傾げた俺に、白雪先生は拍手を送ってきた。
「せ、正解! 花丸あげます!」
俺の問いかけに、白雪先生はぱっと顔をあげて答える。
先生、それ本当に花丸ですか。もしかして、インターネットで調べて出てきた『とにかく褒めよう』を参考にしてませんか。
なんて考えるのは流石に思考が歪みすぎだろうか。
「でも、そ、それだけじゃないんです。イツキくんは『類感呪術』、『感染呪術』という言葉を聞いたことがありますか?」
「呪術……? 魔法じゃなくてですか?」
先生に逆に聞かれて答えに詰まった。
急になんの話だろうと思ったが、聞かれている以上は答えなければならない。
呪術っていうと、呪いか。
呪いのイメージなんて、俺は藁人形くらいしかパッと出てこないが。
「はい。呪術です。元は文化人類学者のジェームズ・フレイザーというスコットランドの方が言った概念なのですが、いわゆる『共感呪術』というくくりになります」
「先生! 質問です!」
急に早口になりだした白雪先生にあわててストップをかけた。
危ない。このままだと生徒が俺しかいないのに、授業についていけなくなるところだった。
ストップのかかったことに意外そうに目を丸くしている白雪先生に、俺は尋ねる。
「その『共感呪術』って、何ですか?」
「え、えーっと。『共感呪術』はですね……」
白雪先生はノートに視線を戻すと、パラパラとめくる。
そして、3ページ目で手をとめると顔を輝かせた。
分かりやすい人だ。
「ちゃんとしたことは『金枝篇』という本に書いてあるのですが……か、簡単に言うと、さっきのフレイザーさんが作った呪術の定義なんです。例えば、イツキくんが呪いと聞いたら何を思い浮かべますか?」
「藁人形……」
今どきの小学生がそういうのかはさておいて、俺の中で呪いと聞いて最初に出てくる発想はそれだ。
だから俺がそういうと、先生は手を打った。
「良い例ですね! 藁人形は呪いたい人の髪の毛を人形に入れて、釘を打ちますよね。あれは人に似ているものを攻撃すれば、人にダメージが行く……。似たものは、同じ性質を持つという類感の呪いを利用しているんです」
「な、なるほど……」
分かったような、分かっていないような。
そんな俺に、白雪先生は続けた。
「感染の呪いも似たような感じです。昔の日本では旅立ちの際に本人の髪の毛をもらって安全を祈願するということが行われてましたが、これが『感染呪術』。呪術をかける相手の身体の一部を使うのです」
急に分からなくなった。
なので俺が首を傾げていると、先生が慌てて話を変えた。
「『共鳴』は、これらの概念を使った魔法なんです。た、例えばですよ? 見てください! これ!」
そう言って先生がカバンの中から取り出したのは、1つのリンゴ。
片方は模型で、片方は普通のリンゴだ。
「リンゴ……。ですか?」
「は、はい。これをですね」
そういうと、白雪先生は右と左の手元に『導糸シルベイト』をそれぞれ生み出すと、リンゴに絡めつけて……糸を繋いだ。
「イツキくんは『真眼』を持ってると聞きました。いま、この2つに『パス』が繋がったのが、見えますか?」
「……はい。いま、先生が『導糸シルベイト』をつなげているのが、見えます」
「ありがとうございます」
そういうと、先生は『導糸シルベイト』を切り離した。
その瞬間、わずかに『導糸シルベイト』が虹に輝く。
「いま、この二つは『共鳴』しています。だから、こっちのリンゴを壊してやれば」
そういって、白雪先生は模型のリンゴに『導糸シルベイト』を絡めつけると、『形質変化:刃』によって切り裂いた。
次の瞬間、音も立てずに斬れたリンゴの模型。
だが、斬れているのはそれだけじゃない。その横に置かれていた普通のリンゴも、先生は『導糸シルベイト』なんて使っていないのに模型と同じ斬り口で斬れていた。
「え、えぇ!? 凄い!」
「これが『共鳴』の基礎です」
俺は思わず前のめりになって、声をあげた。
それにとても安心した顔で返してくる白雪先生。
その顔は『上手くいって良かった』と言わんばかりだ。
いや、でもこれは凄いぞ。
『共鳴』していれば『導糸シルベイト』を伸ばさなくても、つまりは直接攻撃しなくてもモンスターを祓えるんじゃないのか。だとすれば、今みたいに前に出て魔法の撃ち合いをしなくても済む。それはつまり死ぬ確率が減るのだ!
俺は発見に興奮覚めやらず、思わず白雪先生に聞いた。
「先生! 『共鳴』すごくないですか? これがあれば、モンスターと人形を『共鳴』させて、安全な場所から人形を壊せば無事にモンスターを祓えますよ!」
「う、うーん。それは確かにイツキくんの言う通りなんだけど、『共鳴』はそこまで万能でも無いんです」
「……?」
うん?
「そもそも“魔”が人型じゃないことがあります。こうなると、人形を使った『共鳴魔法』は発動しません。そ、それに、人型だとしても魔法を得意とする“魔”だと、『共鳴』を上書きされて消されちゃったりするんですよね」
「上書き……」
「そ、そうです。自分にかかった『共鳴』を一般の人に移しちゃったりして、それに私たちが気づかず魔法を使ったら一般の人が大変なことになりますし……」
確かにそれはそうだ。
そうなのだが……自分の魔法なら、どのタイミングで上書きされるかとか、『共鳴』が移ったとか分からないのだろうか?
不思議に思った俺は、それを聞いてみることにした。
「どのタイミングでモンスターから人に『共鳴』が移ったかとか分からないんですか?」
「訓練すれば分かりますけど、その訓練をしている時間があったら普通に『属性変化』や『形質変化』を練習したほうが強い祓魔師になれます。『共鳴』って、そういう魔法なんです」
申し訳無さそうにしている先生に言われて、俺は唸った。
ふ、不憫ふびんだ。
いやまぁ、不人気魔法だし『共鳴』を使っている祓魔師がほとんどいないことから、使い勝手がそこまで良いものじゃないんだろうとは思っていたが、流石にここまでとは。
息を飲んでいる俺に、先生は更に重ねた。
「『共鳴』を使った治癒魔法は高い知識を必要としないというメリットもありますが、その分魔力を使うので、あまりメリットがメリットにならなかったりするんです。不人気魔法ですよね……あはは……」
それは笑ってる場合だろうか、先生。
「あっ、で、でも! 良いところもちゃんとありますよ! モンスターに触れ続けて『生成り』になってしまった子供を助けるためには『共鳴』魔法しかありません。さ、さっきイツキくんに見せたのは『共鳴』を攻撃に使った方法でしたが、優しい使い方をすれば人を助けられるんです」
「……なるほど」
慌てて『共鳴』の良いところを説明した白雪先生に、俺は頷いた。
確かにそれは先生のいう通りだ。
俺は自分が死ぬのが嫌だし、それと同じように知り合いが死ぬのも嫌だ。
それが殉職率の高い祓魔師だとしても……いや、祓魔師だからこそ、誰にも死んでほしくない。
現世での俺のモットーは『やられる前にやれ』だが、攻撃ばかりを磨いても解決できない状況は存在する。
だから俺は、ここに来たのだ。
死なないためにではなく、死なせないために。
「こ、こんな不人気で不便なのが『共鳴』魔法ですけど……それでもイツキくんは3日間授業を受けますか?」
それはきっと、俺の覚悟を問われてて、
「はい! お願いします!」
俺は思いっきり、頷いた。
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