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真依を抱き上げると、一つの箪笥をバンバンと叩いた。
「これ!」
「了解した」
一度、真依を下ろしてからそのボックスを引き出して見ると、カメラが入ってそうな緑の鞄と、充電器のコードが3本絡まった状態で入っていた。
ボックスを床に置くと、真依もしゃがんで覗き込む。
「あったー!」
「あったな。ありがとな、真依」
両手で頭を撫で回すと、嬉しいそうにする真依。
直ぐ止めずに撫で続けていると、流石にやり過ぎたのか嫌々と手を払ってきた。
「お兄ちゃんっ!」
「アハハ!」
頬を膨らませて拗ねる真依に、俺は一言謝って両手を伸ばす。
「真依、おいで。一緒に見よう」
引き出しから出した緑の鞄の隣り座ると、「うん!」と頷いて近寄って来た真依を膝の上に座らせた。
覆いかぶさるように前のめりになって緑の鞄を近くに引き寄せれば、真依も自然と前のめりになって「きゃー!」と叫び声を上げる。
「何か入ってるかなー」
静かになった真依。
気になって名前を呼ぶと覗き込んだ俺と、口角を上げて瞳を輝かせていた真依と目があって、想像してなかった様子に笑ってしまう。
「お兄ちゃん! はやく!」
「はいよ。開けるぞー」
身体をふらふらと動かす真依。
真依にはコレが宝箱にでも見えてんのか?
めっちゃワクワクしてんな。
真依の急かす言葉に俺は微笑ましく思いながらロックに手を伸ばす。
カチカチと音を立ててワンタッチバックルの留め具を外すと、蓋みたいになってるカバーを翻した。
「わぁー!」
「どれどれ──。ん?」
ふと蓋の部分の裏側に写真が何枚か挟まっているのに気づいた俺は首を傾げる。
写真……だよな、なんだろう。
編みのポケットからソレを取り出すと、裏返っていた写真を見た。
「あ、お父さんだー!」
その写真には親父とお母さん、俺に春良が楽しそうに写り込んでいて。最後の一枚には、家の前に立っている寄り添う両親の姿が納められていた。
まだ若い頃の写真で、きっとこの家を建てた頃の写真だろう。
……こんな写真があったのか。
この顔。久しぶりにお母さんを見た気がする。
「…………」
「ねぇねぇ、これだぁれ? お兄ちゃんのお母さん?」
「……あぁ。そうだよ」
俺の実のお母さんだ。
「かわいい! じゃぁこれは?」
「これは俺、こっちは春良だな」
「かわいい!」
「ありがとな」
そう言ってとうとう堪えられなくなった俺は、バタンと後ろに倒れた。つられて真依も倒れ込む。
「わぁっ!?」
「あぁー……」
やべぇなコレ、涙目なったわ。
唐突過ぎてビビった。
「お兄ちゃん?」
「真依、ちょっとタンマな」
急に黙った俺の様子に真依が不思議そうな声を出して起き上がった。
そんな真依の頭に手をおいて、ボフッと身体に埋める。
「なッ!? にぁ゛ーっ!!」
「ハハッ! 真依、少し我慢してな」
「あ゙ーッ!」
こんな顔、見せられねぇからなぁ。
真依には悪いけど、もう少し埋れててもらおう。
「むうぅぅ!」
「ヨシヨシ」
怒ったような声に、俺は乗っけていた手で頭を撫でると真依はその手を捕まえた。
─────無理か……。
「じゃぁ。真依、1から10まで数を数えられるか?」
「かぞえられるよ!」
「じゃぁ数え終わるまで、顔上げちゃダメな」
「えー! 分かった!」
そう言って真依は身体の上でうつ伏せになと、「いーち」と数えだした。
ふぅ、助かったな。
──にしたって、こんな風に泣くのは久しぶりだな。
目が赤くなってないと良いけど、下に戻る前に洗面所で洗って行かないとな。
「はーち、きゅう、じゅう……!」
バッと顔を上げた真依の頭を撫でると、俺は笑みを向けて真依を抱えながら起き上がった。
それから「ちょっと待っててな」と言って立ち上がると、近くのテーブルに置いてあったティッシュで鼻をかむ。
そんな俺の行動に何を思ったのか、真依が不安げな顔で近寄って来た。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「どうもしないよ。充電器探すの続けようか」
俺が笑って頭を撫でると、真依は笑って頷いた。
「うん!」
「よし、どこにあるかなぁー」
さっき座っていた所に戻ると、鞄の中を覗き込む。中には黒い物体が色々入っていた。
「これは一眼レフカメラだな」
「いちが……ふれ……かめら……」
この手のカメラって、結構ずっしりしてるよな。
これはまだ真依には重たいな。なんて思いながら俺は鞄に戻すと、今度は四角いものを取り出して見た。
「これは、バッテリーか」
「ばってり?」
「このカメラの電池みたいなものだな」
「でんち……!」
真依に渡すと、うんうんと言って観察している。
十分に見たのか俺の手に戻して来る真依。バッテリーをもとに戻すと次を取り出た。
「これはレンズ」
「レンズ!」
「ここの部分な。覗き込んで、撮りたいものの標準を合わせるんだ」
まぁ言っても分からないだろうけど。
そんなこと考えていると、真依は顎に手を添えて「ほうほう」と呟いていた。
探偵みたいに頷く姿は微笑ましい。
ほうほうって、本当に分かってるのか?
それからクリーナーや説明書を取り出しては戻していく。
しばらくして一通り見終わった頃、俺は部品が揃っていることに関心を抱いていた。
親父のヤツ、結構ガチでやってたんだな。驚きだわ。
カバーをして留め具を合わせると鞄を戻す。その時、小さい鞄もあったことに気づいた。
「……マジかよ」
「それなぁに?」
「なんだろうなぁー」
いや、この重みからしてカメラ入ってるよな?
どんだけ揃えてんだよ。
だんだん呆れが生じてくると、中を開いてカメラを取り出す。
「カメラ!」
「……これは、ビデオカメラか」
そういや運動会の時にお母さんが良く回してたな。あとお遊戯会の時とか。
「懐かしいな……」
これは俺も手に取って遊んでた気がするな。
何撮ったんだっけ?
「今度、凜人にも見せるか」
凜人は小学校の頃からの幼馴染みで、良く遊んでいたから映り込んでるかもしれない。
ボソリと凜人の名前を囁くと、真依が反応して姿勢を正した。続けてガバッと振り向く。
「──リンちゃん!?」
「あ、あぁ。凜人が撮れてるかもしれないなって……」
「……!! まいもとるー!」
「えー、あー……。まぁ、大丈夫か」
俺が触ってたくらいだしな。
いや、にしたって、凜人の名前に反応するって……。
どうしてあんな奴に惹かれるんだか……。
「これも充電しないとな」
「たのしみ!」
凜人は確かに頭も良くて、女子に対しての態度も良いが、その代わりに遊びが酷いもので、アイツの女関係には関わりたくはない。
とは言え経験値が高い分、距離感の掴みは感心するほどだ。
アイツの性格は今は良いか。
親父に報告することが増えたな。
「真依。他に何か入ってるか?」
「んー。はいってる!」
「じゃぁ、それお兄ちゃんに頂戴」
「わかったぁ!」
真依は立ち上がって一歩離れた所にしゃがみ込むと、1本のコードを掴んで立ち上がった。
同時に掴んでいたコードがスルスルスルと出てきて先端が現れる。
「はい!」
「ありがとな」
──これは一体、何のコードだ?
コンセントに差し込む部分と、丸い形の差込口になっているコードはそれなりの太さがあって、何かに差し込む構造になっているのは分かった。
「真依、他にはあるか?」
「あのね、コレとコレ!」
そう言って今度は二つの黒い塊を取り出してくる真依。
ありがとうと言ってそれをもらうと、一つの方が充電器の台になってて、差込口に合う穴があった。
もう一つの方はバッテリーだ。しかも、さっき見た一眼レフカメラのバッテリーと同じものだった。
多分だが、これだけあとから仕舞おうとしたのだろう。
「これにコードを挿してカメラを……」
持っていたカメラを充電器の台に合わせるとカチッと音を立ててハマった。
「──お」
完全にこれだな。よし、これで充電出来る。
「真依、見つかったぞ」
「ホント!?」
「あぁ、真依のおかげだ。ありがとうな」
手を伸べると抱きついて来た真依を片腕で抱きしめて、前髪に触れるだけのキスをする。
「えへへ!」
照れて笑う真依に充電器にハマったカメラを預けると、俺はビデオカメラとその充電器ぽい物を鞄から出した。
バッテリーを緑の方の鞄に仕舞ってから取り出した物を戻して引き出しを箪笥にしまう。
「さて、凜人と道弘でも呼ぶか」
「おうちであそぶ!?」
「あぁ。あ、ついでに泊まらせるか?」
「うん! おとまりする!!」
興奮して跳ねる真依に俺は笑いながら部屋から出るよう促した。
それからリビングへ行くと、紀子さんは瑠輝を抱えながら椅子に座っていた。
真依と俺が戻って来ると、メモ紙に何か書いていた手を止めるて聞いてくる。
「おかえりなさい。充電器は見つかった?」
「見つかった」
「あのね。まいが見つけたんだよ!」
そう言って持っていたカメラを見せると、紀子さんは頭を撫でて真依を褒めた。
「あら、すごいわね。じゃぁ充電しておかないとね。」
「うん!」
「コンセントの指し方は分かる?」
「うん! 分かるよ」
真依はテレビの所へ行くとテレビ台についている差し込み口に挿していた。
「あぁー。それで突然なんだけどさ、凜人と道弘呼んでいい?
ついでに泊まらせてぇんだけど……」
「ふふ、急ねー。大丈夫よ。呼んであげて」
「ありがと」
「──その代わり、少し手伝ってもらってもいいかしら?
夕飯の買い出しに行かなきゃなの」
「あぁ手伝う。ちょっと待っててくれ着替えてくるから」
「ありがとう」
俺は一度部屋に戻ると、ジーパンと黒シャツに着替えてから携帯と財布を肩掛け鞄に突っ込んだ。
下に行く前に洗面台で少し髪を弄ったあと下へ向かう。
泣いた後の目は特に腫れてはなく、問題なさそうだった。
リビングに来ると紀子さんたちの姿がなくて、取り敢えずさっきまでいた寝室へと行ってみる。
どうやら予想は的中したみたいで、寝室の扉が開いていた。
部屋の中からは声も聞こえて来る。
「紀子さん、入っていい?」
聞きながら中を覗くと、真依と瑠輝を着替えさせているようだ。
「あら、秋良くん終わったのね。入って大丈夫よ。
ごめんねー。真依がまた女の子に目覚めちゃって……」
凜人の影響だな……。
「おい、真依。凜人の為に可愛いくしなくていいんだぞ。いつでも可愛いんだから」
「やだ、するの」
ムッスーと少し拗ねたような顔で大人しく髪を弄られる真依に紀子さんは器用にサイドを三つ編みにしていた。
「まったく……。どうしてアイツなんだか」
そうぼやきつつ、瑠輝の相手をしてやるとごろんと瑠輝が倒れた。
無防備な姿に脇に手を入れてこしょこしょと擽ってみると、酸欠になりそうなほど笑う瑠輝に俺は休み休みやる。
「凜人くんは優しそうでカッコイイからね」
「アイツの本性はそんなんじゃねぇのに」
凜人に惚れ込むより、よっぽど道弘の方が良い。
アイツは喧嘩が強いし、真依のことを何より優先してくれるはずだ。
なりより女の影がないのだから、浮気でもして真依を悲しませることもないだろう。
最初に比べて見れば、真依に好かれて以降、女の影はチラリとしか見当たらなくなったが、女たらしと云う性分は治まりそうもない。
話し掛けてくる女に対して誑かすような、猫かぶりをして惚れされる光景は未だに見かける。
そもそも二人は、幼女に対して本気にはならないだろうが……。
「それでもちゃんと真依を見ててくれるならありがたいわ」
そう言った紀子さんは三つ編みした髪を少しほぐすと、後ろで一つに結び、その上からシュシュを結いていた。
「──よし、出来たわよ」
「ありがとう! お母さん!」
へぇー。ふんわりしてて可愛いな。
相変わらず紀子さんの手際はとても良く、結ぶのが上手だ。しかも結き方もたくさん知ってるしぱぱっと熟してしまう姿は目を奪われる。
「お兄ちゃん! かわいい!?」
その場でくるりと回ってみせる真依に、俺は笑顔で可愛いよと答える。
今来てるのはワンピースで、黄色がかったベージュ色の生地に、胸から裾まで切れた所から細かな花柄の紺色の生地が見えていて。
切れ目になってる胸の所にはピンク色の花のコサージュが付いていた。
シュシュは紺色で合わせているらしい。
ワンピースもシュシュも、この前のショッピングで買ったモノだ。
その格好が凜人の為だと思うと、複雑な感情を抱く。
真依には分かってもらえないよな……。
そんなことを思っていると紀子さんは鞄を手にしていた。
瑠輝の格好も真依同様、この前のショッピングで買ったやつで、迷彩柄のパンツに白のTシャツを着ている。
「じゃぁ買い物行こっか」
なんだかんだで支度を終えた俺たちは、紀子さんを先頭に家から出て、いつもスーパーへと向かった。