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「ダメだ!」
俺の考えを最初に否定したのは意外なことに、父親ではなくレンジさんだった。
「分かっているのか、イツキくん。自分が何をしようとしてるのか」
「……うん。分かってるよ」
レンジさんの言葉に、俺は頷いた。
そして、続けた。
「でも、僕の作戦通りにすればモンスターは絶対に戻ってくる」
「戻ってはくるだろうさ。でもね、それは君が囮になるってことだ。俺はそれを許可できない」
そういってハンドルを握りしめるレンジさん。
だが、父親は黙ったまま俺の言ったことを吟味ぎんみしているようだった。
「……イツキ。それは、パパたちが戻ってくる“魔”に勝つと思ってるからこそ、そう言ったんだろう?」
「うん、そうだよ。そうじゃないと、僕はこんなこと言わない」
俺がそう言うと、父親は深く息を吐き出した。
その顔には、深い思考が張り巡らされているのが手に取るように分かった。
何も俺の作戦が難しいから彼らは反対しているわけじゃない。
むしろ作戦自体はとても単純な部類だ。
何しろ、俺が『廻術カイジュツ』も『絲術シジュツ』も使わずに魔力を外に出すだけなのだから。
俺はこの歳になるまでずっと不思議だったことがある。
それは、どうして俺はモンスターに襲・わ・れ・な・か・っ・た・のだろう、という不思議だ。
何しろ、モンスターはより多くの魔力を求めてやってくる。
だとすれば『第七階位』の俺はもっとモンスターに狙われてもおかしくない。
神在月かみありづき家のアカネさんはそう思ったからこそ俺に破魔札を渡してくれたのだから。
だが、そんな俺が5歳になってから数ヶ月経つが、これまでモンスターに襲われた経験は今日を含めて3回。
たったそれだけしかないのは、理由が必ずあるはずだ。
そう思い、色々考えた俺がたどり着いたのは、『廻術カイジュツ』によって魔力を体内でコントロールしていたから、外に魔力が漏れず結果としてバレなかったんじゃないか、という仮説だった。
どんなモンスターでも外に漏れていないものを感知できるやつはいない。
だが、それを逆手に取って魔力をエネルギーに任せて外に出せば……どんなモンスターでも俺を目指してやってくるんじゃないかと、そう思ったわけだ。
もちろん、俺だって何も考えずにそんなことを言っているわけじゃない。
死ぬのは嫌だ。
モンスターに狙われるのだって嫌だ。
でも、俺は前と比べてちょっとだけ強くなっている。
真正面から戦わなければ死なない程度に、強くなっていると思っている。
だから、狙われても……少しの間くらいは大丈夫だろう。
そう思って提案したのだ。
「……レンジ」
だが、そんなレンジさんに父親は笑って返した。
「子供にここまで言われているんだ。俺たちが応えないと、大人失格だと思わないか?」
「宗一郎? 何を言ってるんだ??」
「イツキの言う通りにしよう」
その瞬間、レンジさんは思わず父親に振り返った。
「ば……ッ! 馬鹿言え! お前、子供を囮にするつもりか!?」
「そんなわけ無いだろう。イツキの行う『魔力解放』は一瞬だ。いま、都心に向かって進んでいる『第五階位』の“魔”に気づかせるだけで良いのだ。歩みを遅くするだけでも、良いのだ」
「……それは」
レンジさんも一理あると思ったのか、そこまで言って黙り込んだ。
「そうすれば被害は抑えられる。お前だってそんなことくらい分かっているだろう、レンジ」
「……分かった。一瞬だけだ」
そして、渋々頷いた。
「イツキ。頼めるか?」
「うん。出来るよ」
助手席から後ろを振り返って尋ねてきた父親に、俺はうなずき返すと手を天井に向けた。
思えば数年前は、魔力を外に出すのにとても苦労していた。
魔力を身体の外に出すたった1つだけの方法だと思っていた魔力排泄法が実は邪流も邪流だった時は、流石に衝撃を隠せなかったのをよく覚えている。
「ちょっとだけ、出すよ」
でも、それも……昔の話だ。
俺は2人に聞こえるように言うと、手元から魔力をわずかに漏らした。
次の瞬間、ごう……っ! と、空気が揺れた。
ずん、と地震でも起きたかのような衝撃が車内を叩きつけた。
道路際の木々が、どうどうと唸った。
舞っていた木の葉が車を中心にして、全て吹き飛んだ。
それは全て、俺の魔力のエネルギーによるものだ。
「……やっぱりイツキはとんでもない魔力だな」
「『第七階位』になれば、魔力を外に出すだけで暴力だな……」
たった一瞬だけ魔力を外に出しただけなのに、大層な言われ方をして俺は思わず閉口。なんで黙ったかというと、恥ずかしかったからだ。
しかし、俺が魔力を出したのは無駄にはならなかったらしく、父親がフロントボードに置いていた紙の地図の上にいた霊符がゆっくりと進路を変えはじめた。霊符は『第五階位』のモンスターがいる場所を指している。
それはつまり都心から狙いを俺に切り替えたことを意味する。
それを片目で見たレンジさんはブレーキを踏んで車を停止させた。
「宗一郎。ここで迎え撃つぞ」
「やれやれ。同じ日に二戦もやることになるとはな」
「いつも通りだろ」
……やっぱりこれが日常茶飯事なんですか。
俺が将来を思ってちょっと嫌な気持ちになったその瞬間だった。
木の枝が俺に向かって伸びてきたのは。
「……ッ!」
反射的に俺は『形質変化:硬』によって、壁を作り出すと木の枝を弾いた。
これは間違いなく『属性変化:木』による直接攻撃。
そして、人間に使って魔法を使うのは、
『あぁ、そう。今の、防ぐんだ』
モンスターに決まっている。
いつの間にそこにやってきたのか。
右目が爛々らんらんと黄金に輝く青年がそこに立っていた。
だが、異形なのは何も目だけじゃない。
腕が、おかしい。
4本もあるのだ。
明らかに人間じゃないそれを持ってるのは、
『とんでもない魔力持ちがいるだろ。出て来なよ。仲良くしようよ』
モンスターだ。
「イツキ! 車の中から出るんじゃないぞ!」
「アヤ。イツキくんから離れないように!!」
それを前にした2人の反応は早かった。
父親は扉を蹴破るようにして飛び出すと、右足と右腕を強化して居合の構えのまま突進。
レンジさんはその様子を見ながら『導糸シルベイト』を展開して、モンスターに向かって魔法を発動。
『あぁ、そう。答えてくれないんだ。寂しいや』
ギィン!!!
しかし、モンスターは父親の居合を右腕で食い止めた。
レンジさんの放った魔法は地面から伸びた木々によって弾かれる。
『じゃあ、良いよ。1人1人絞っていけば、見つかるだろうし』
青年がそう言った瞬間、黄金の右目が煌めいた。
その瞬間、ぶわっ! と、空・気・が・膨・れ・上・が・っ・た・。
次の瞬間、バラバラになった木々が動き出す。
地面に落ちた葉っぱがのそりと立ち上がる。
たまたま近くにいた虫たちが巨大化していく。
「……“魔”を、作って」
アヤちゃんが、車の中で小さく漏らした。
あぁ、そうだ。間違いない。
こいつが、今回の親玉だ。
俺は息を吐き出すと、無数の『導糸シルベイト』を伸ばした。
刹那、森の中に響いたのは多重の破裂音。
それは生み出されたばかりのモンスターが一斉に破裂した音にほかならない。
「宗一郎!」
「……あぁ」
2人が、一瞬だけ俺を見た。
俺も2人に頷く。
――雑魚は、俺・が・倒・す・。
その意思表示だったのだが、どうやら上手く伝わったみたいで2人はモンスターに向き直った。
だが、俺を見たのは何も2人だけではなかった。
その青年の姿をしたモンスターも、俺を見ていた。
『あぁ、そう。そういうことするんだ』
次の瞬間、モンスターが両腕を叩いた。
パァン、と拍手にしては嫌に乾いた音が響いて――父親とレンジさんの姿・が・消・え・た・。
「パパっ!? レンジさん!!?」
『えっ、あぁ、そう。これには驚くんだ』
一瞬にして、2人をどこかに消してしまった青年が目を丸くする。
『ただの「転移魔法」なんだけどな』
困ったように頭をかくと、そのまま俺を指差した。
『さっきの魔力、お前だろう? あぁ、別に答えなくていい。分かるから』
隣にいたアヤちゃんが震える手で俺の手を握りしめるのが分かった。
……『転移魔法』。
名前からどんなことをしたのかは分かるけど、どうすればできるかはさっぱり分からない。
それだけじゃない。
父親もレンジさんもいない。
『転移魔法』でどこまで飛ばされたのかも分からない。
俺がおびき出し、父親たちがそれを倒すという作戦がたった一手で崩された。壊されて、しまった。どくん、と心臓が強く脈打つ。
死。
久しぶりにその概念が俺の心臓を捉えた。
ぎゅう、と強く握って呼吸が浅くなるのが分かった。
「……イツキくん」
「……ッ!」
俺はその声に、意識がはっと現実に引き戻されるのが分かった。
そうだ。死にたくないのは俺だけじゃないはずだ。
そして、ここにいるのは俺だけじゃないのだ。
「大丈夫だよ。アヤちゃん」
俺は車の扉を開きながら、そう言った。
アヤちゃんは戦えない。
レンジさんも父親もいないのなら、
「俺・が・祓・う・か・ら・」
それ以外に、選択肢などない。
『あぁ、そう? それは無理だと思うけど』
深夜、山の中。
――人知れず、『第五階位バケモノ』との戦いが始まった。