静まり返った夜に小銭の擦れ合う音が響く。賽銭箱に1歩近づいた瞬間、突然耳元で囁かれた。
「十円は良くないよ」
まさか話しかけられるなんて思ってもおらず夜中だというのに大声を上げてしまった。その様子を満足そうに見て笑うあいつに腹が立つ。
「いきなり現れるのやめてって言ったよね?」
「反応がおもしろいから」
お面で隠れた顔だが、どんな顔をしているのか容易く想像できた。はぁとため息をつき落ちた小銭を拾う。
「なんで十円はだめなの?」
「十円は遠円、縁が遠さがるって言われてるんだよ」
ちなみに五円玉はご縁がありますようにって意味と付け加え、 俺は財布から五円玉を取り出した。
初めて狐に出会ってから俺は度々この神社に訪れていた。 理由は分からないが何故かすごく居心地が良かった。この神社がというよりかは狐と一緒にいることがだろう。 はじめこそ互いに緊張していたし警戒していた。
けど
「ねぇ、次はいつ来てくれるの」
「明日は来れるよ、部活がなくなった」
「やった」
「誰か驚かしたりしたらダメやからな?」
「うん、いい子で待ってる」
今ではすっかり打ち解けた。冷静に考えて可笑しいよなと今でも思う。都市伝説になっている彼と話せて、笑いあえて、普通のニンゲンのように接することができるなんて。やっぱり可笑しい気がする。こんなことって有り得ない気がする。何か理由があるんじゃ……だってこんな……
「聞いてる?」
不機嫌そうな声色に焦り適当になってしまった相づちを打つ。
「絶対聞いてなかった」
お面を付けていて俺の顔なんて見えないはずなのにこの洞察力。素直に凄いと思った。
「ねぇ、なに考えてたの」
俺の膝に両手を置き顔を近づけてくる。
「近…」
軽くつっこみ質問に答える。
「狐のこと考えてた。」
「俺?」
不思議そうに小首を傾げているのが少し可愛い。
「そう。なんか普通のニンゲンみたいに接することが出来るのって普通にあることなのかなって」
「今更だけど色々思っちゃった。」
そうだ、この際なんだし
「君のことちょっと教えてよ」
「……っ、俺のこと…?」
「うん、あ、そういえば俺勝手に君のこと狐って呼んでるけど名前とかって」
「ないね、俺に名前はない」
少し寂しそうな悲しそうな雰囲気が漂う。
「神様が内緒って」
「…どうして内緒なの?」
「未練を自分で無くすためにもね」
俺の膝に置かれた両手が離れ、彼は空を仰ぎゆっくり話し始めた。
「普通、お化けって霊感がないと見えないってのはわかる?」
俺が1番疑問を感じていたところから話してくれた。実際俺に霊感なんて全くなかった。あの時の友達もそう。なのにどうしてこんなにくっきり、はっきりと狐の姿が見えるのか。
「未練の強いお化けは霊感のない人間の目でも見えちゃうんだよ」
未練……
「…ていうことは」
「うん、俺にはかなりの未練がある」
分かってはいた。相手はニンゲンでは無い
幽霊だってことが。だからもちろん未練があるのも納得がいくはず。なのに何故か実感が湧かなかった。
「その未練ってなんなの」
「分からない」
さーっと風が吹き狐の赤色の浴衣が揺れる。
「分からないからこの世に、この神社に今でも…」
「神様に名前教えてもらったら何か思い出すんじゃ」
「意味がないって言ってた。俺自身で名前を見つけないと未練は無くならないんだって」
未練があるから狐はここにずっと…。
「自分の未練を分かって、それを解消しないかぎり 成仏できない 」
「俺は俺自身のことが1番分からない。名前もお参りする理由も」
「黄さんとこんな関係になった理由も」
あれ、なんだこの違和感。
「黄さん…」
「俺、狐に」
名前言ってないんやけど
「えっ。うそ」
沈黙が続く。ほんの数秒間がかなり長い時間のように感じる。不思議な気持ち。なんだか
「…ねぇ、もう1回呼んで」
狐の体温のない手を握って、顔を近づけた。
ぴくっと体を揺らして少し震えた声で。
「レ、黄さ…ん…」
やっぱり不思議な感覚。不思議な気持ち。こういうのってなんて言い表せばいいのだろう。生きている心地がしないようなふわふわとした何とも言えない気持ちが心を満たした。
「今日から俺の事そう呼んでや」
「うん…でもちょっと変な感じ」
慣れないのか。隣に座っていたのに俺の背中に隠れてしまった。
「今だけここにいさせて」
「落ち着いたらまた戻っておいで」
うん。とたったの一言が俺の耳に届く。その声はなんだか嬉しそうな、幼児があやされて喜んでいるような声なきがした。
「あ、俺はなんて呼んだら」
「今まで通り狐でいい。名前を思い出すまでは」
ていうことは、ほんとの名前を思い出したら俺はその名前を呼んでいいってことなのだろうか。
「…うん、わかった。」
「俺、ずっとずっと前から自分の未練を早く解消して成仏したかった」
「でも、今はその気持ちも薄れてるかもしれない」
後ろから無いはずの体温を感じる。
「黄さんに出会えたから。」
コメント
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転生とかだったらもうガチで死ぬ😇 ガチ(2回目)好き