5.俺らだけの世界じゃ…
「凪誠士郎さんの同行者の潔世一さんでお間違いないですか?」
「合ってます…、あの凪は…?」
真っ白な白衣を身に纏った男の医者は凪の名前を出すと少し気まづそうな顔をした。
でもはっきりと力強く俺の目を見ながらこういった。
「凪さんは、奇跡的に脈が残っています。専用のマスクからチューブを通して肺に酸素を送り込ませ、命を無理矢理繋げている状態です。」
俺の見開かれた目を見ると医者はさらにきまづそうに目を伏せる。
それでも話は止めなかった。
「脈は小さく、呼吸の仕方も生まれたての胎児のように弱い…いつ亡くなられてもおかしくない状態に陥っています…。」
泣けもしなかった。驚きが頭の中を駆け巡って止まってくれなかった。
何も言えない俺に凪の部屋番号だけを伝えると少し頭を下げて医者は立ち去った。
後から駆けつけた玲王と共に言われた部屋へと向かう。
必死に俺の背中をさすりながら慰めるような言葉をかけてくれる玲王の声も震えていた。
当たり前だ。俺なんかよりもずっとそばにいて大切に思っていたんだから。
今日は玲王と凪が付き合って8ヶ月の記念日だったんだから。
なのに玲王は俺なんかを慰めようとしている。
その優しさを無理矢理にでも引き剥がすべきだったと思う。
「凪、こんな姿になっちまって…」
玲王は目の縁に涙を溜めて凪にかけられている布団に顔を伏せた。
そのまま少しだけ嗚咽を出しながら動かなかった。
凪の細い手を何度も握っていた。
「なぁ、凛。もしもさこのまま凪が元に戻らなかったら玲王はどうするんだろ…。」
ソファに腰をかけながら隣に座る凛にそう呟いてみた。
凛はテレビから俺はと視線を変えて静かにキスだけした。
「そんなこと考えんな」
そう言って立ち上がり「風呂」とだけいってリビングを出て行った。
たしかに凛の言う通りだ。
今1番辛いのは玲王のはずで、そんな不吉な話絶対しちゃダメだ。
分かってるよ。凛の優しさだって。
間違ってるのは俺だって。でも辛い。
俺には凛がいるのに、玲王には凪しかいないのに。俺だけが幸せみたいになる。
「…ダメだ…俺。」
俺が凛を振ったのはこの日から2日後。
玲王が手紙を残して行方不明になった日だ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!